第614話 『あの日のフォクス村 その5』
フォクス村の中でも大きくて目立つ木。その木に私は、縄で吊し上げられた。
まだ幼かった時の地獄のような記憶が掘り起こされる。
このままあの時のように、水も食べ物もろくに与えられず吊り下げられ、石で身体を砕かれる。帝国兵の鳴りやまない、笑い声に罵声。それにずっとさらされるのだと思うと、恐怖で気が狂いそうになった。
あの時と同じであれば、私は死ぬことはない。そのギリギリ手前まではいくけど、そこで陛下やモニカ様がやってきて帝国兵を撃退し、私を救ってくださるから。
……だけど……だけど、この地獄のような拷問を私はもう一度耐える自信がない。
あの苦痛をこれからもう一度、味会わなくてはならなくなると考えるだけでも気がおかしくなりそうだった。
嫌!! もう、二度とあんな苦痛を味わいたくない!!
「助けて!! 誰かーー!! 誰か助けて!!」
私は木に吊り下げられながらも、身体を揺らして大声で助けを求めて叫んだ。でも周囲には、フォクス村の人達はいない。皆、何処かへ連れていかれたか家の中へ姿を隠している。
木の下にいるのは、ドルガンド帝国の兵士達だけ。その兵士達も私が泣き叫んでいる姿を見て、ニタニタと笑って面白がっている。
人はこうまでして、他人に対して残酷になれるのだろうか。怒り、悲しみ、絶望、そんな訳の解らないどうしようもない感情がこみあげてくる。
ああ、そうだ。私は……
バシイッ
「きゃああっ!! い、痛い!!」
「フッヒッヒッヒ」
「ほら、もっとうまく狙えよ。いいか、こういうのは点の高い所を狙うんだよ」
「え? 何処だよ。点の高い所って」
「そうだな。顔面もいいが、やっぱ膝だろう」
「膝だと? 顔面の方が高得点だろ?」
「馬鹿。膝って言っても、この石を上手く届かせて当てる。上手く膝のサラを割れば…高得点獲得って訳よ」
「膝のサラか。ヒャッヒャッヒャ。確かにそりゃ痛そうだ。確かに高得点」
兵士達は、恐ろしい会話をしている。そしてそれぞれが私を打ち抜くつもりで、手頃な投げやすい石を楽し気に探し始めた。嫌、もうあの痛みにさらされるのは嫌!!
私が助けられるのはまだ随分と先。その間に一度、妹が助けにきてくれるけど……それもまだ先だし、妹は私が痛みと恐怖、それにずっと吊るされていたからだけど失禁してしまっている無様な姿を見て、愛想をつかして去ってしまう。
「ウホホホ!! 見つけた、見つけた。こりゃ手頃な石だ。これなら完璧に当てられるぞ」
「賭けるか?」
「おっ! いいね、それじゃこの一投目で当てるのに、銀貨5枚を賭けるぜ。へへ」
なんとか……なんとか脱出しないと、いっそ殺して欲しいと願う程の苦痛を延々と与えられる。身体をよじって縄をほどこうとしてみたけど、藻掻けば藻掻くほど無理なのだと絶望する。
ハイドリヒの部下、リヒャルトは欠伸をするとハーガンを含む他の仲間に言った。
「あーー、眠くなってきたな。悪いけど、俺はちょっと抜けて仮眠をとるわ」
「おいおい、これからが面白いってのに」
「ガキ虐めよりも、俺は睡眠をとるぜ。でないと、間もなくここは戦闘になるかもしれんからな。既にクラインベルトのセシル王が、こっちに向かって進発中って情報だからな。休んでおくに越したことはない。そのガキ虐めんのは、また後の楽しみにとっとくぜ。だからやり過ぎて殺すなよ」
「ええーー、真面目かーー!! それじゃ俺達だけで遊ぶか」
ハーガンはそう言いながら、唐突に思い切り振りかぶってこちらに石を投げてきた。それが私の足に当たった。
バシイッ
「い、痛い!! やめて、こんなことやめて!!」
「よっしゃー、ヒット!!」
「まてよ、膝に当たってねーぞ。膝のサラを割って、やっと当たったっていうんだよ」
「なんだと、ケチつけるってのか?」
吊るされる木からは、村の様子が見渡せた。ある建物からは、この村で休んでいたクラインベルト王国の兵士が帝国兵に見つかって表の通りに連れ出されている。
王国兵は両手を後ろで縛られて、路上に座らされ帝国兵に何か怒鳴りつけられていた。怒鳴っている偉そうな帝国兵の隣には、更に偉そうな銀髪の青年、ハイン・ハイドリヒが立っていた。
ハイドリヒは一人の王国兵の前に行くと、おもむろに剣を抜いて彼の片目を指した。ここまで聞こえてきそうな程の王国兵の悲鳴。私にどうにかする力があれば、すぐにでも行って助けてあげたいけれど……私自身もどうにもならない。
「さてと、それじゃそろそろ顔面も狙っちゃおうかな。可愛い顔をしているが、どちらにしても下等種族だしな。他の奴らが惑わされないようにするために、このガキの顔を潰すっていうのも俺達帝国兵の大切な任務だよな」
「ああ、確かにそうだぜ」
木の下に集まる兵士達。今度は上手く石を投げて、私の顔を潰すと言っている。確かそうだった。あの時、私の顔は飛んでくる石でボコボコにされていた。
ぞっとして、慌てて藻掻いた。縄はきつく縛られていて外れない。だけどこれから残酷な拷問が始まると解っているのに、じっとなんてしていられない。
「暴れるなって、獣人のクソガキめ!!」
「きゃああっ!!」
ハーガンは、石を手に取るとそれを私に向かってまた投げつける為に、思い切り振りかぶった。あの時、私はそれで目を瞑って堪えるしかなかった。だけど何か――ほんの僅かでも何かが変わる、そんな気がして私は、石を振りかぶるハーガンの方を見て目をそらさなかった。
ハーガンは、そんな私に怒りを覚えたのか眉間に皺がより、明らかに力いっぱいに石を投げようとした。
だけどハーガンが石を投げるよりも早く、何者かの投げた石がハーガンに命中し、彼の額を割った。
私が願った通り、私が経験した過去とは違う展開が起き始めていた。




