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第611話 『あの日のフォクス村 その2』



「レマとか言ったな。それでお前の知る事、全てか?」


「は、はひ!! はい、そうでございます!! ハイン・ハイドリヒ様!!」



 レマは、そう言って這い蹲ったまま、また自分の額を地面に擦り付けた。それこそが、最大服従のつもりだった。だけどハイン・ハイドリヒというドルガンド帝国の青年軍人は、険しい顔を一瞬すると今度は私に喋りかけてきた。



「それでは、そこの九尾……ではないか。なにせ、尻尾は4本しかないのだからな。4本尻尾の狐。貴様、自分の名を名乗ってみろ」


「な、名前なら今、そ、そこにいるレマという人が全てお話したはずですが……」



 身体だけでなく、声も震えていた。そして身体が動かない。金縛りとかそういう類のものではないのだ。


 ただただ、このハイドリヒという青年を私は恐れている。心が恐怖で満たされ、溢れる。深層心理の底から、この青年を恐ろしいと感じているのが解っていた。だから身体が動かない。


 ルーニ様が誘拐された時に、私は陛下やゲラルド様に呼び出された。理由は、例え知らなかったとしても、同じ同僚の王宮メイドのシャノンにまんまと騙されてルーニ様の誘拐に加担してしまった事。


 陛下は穏やかな感じだったけれども、それは表面上でそう見せているだけで実際は、実の娘が誘拐されて内心は荒れていたに違いなかった。ゲラルド様は、憤怒を露わにされていた。


 私は恐ろしくて恐ろしくて、今のハイン・ハイドリヒに対するレマと同じようになっていた。今にも吐きそうで、口から内臓が溢れ出そうだった。陛下とゲラルド様の前で恐怖で竦み、失禁までしてしまう始末だった。


 ……だけど……だけど、この青年ハイン・ハイドリヒの恐怖はまた別のもの。陛下とゲラルド様に詰め寄られた時は、圧倒的な圧のようなもので押し潰されるような感じだったけれど、この男から感じる恐怖は……


 ハイドリヒは、部下に何かを命令すると数人の部下がレマを取りさえた。泣き叫んで、助けて欲しいと懇願するレマ。しかしドルガンドの帝国兵は、少しの表情も変えずにレマの腹に剣を突き刺した。


 レマは涙を流しながらも目をカッと見開いて、ハイドリヒ……そして私の顔を見た。私の身体に悪寒のようなものが走る。


 レマの腹に突き刺した剣が抜かれると、そのまま躊躇うことなく首を跳ねた。レマの首が転がる。そして転がったレマは、やはり私の顔を見ていた。


 私は恐怖でその場にへたりこみ、歯をガチガチと鳴らした。ハイドリヒが再び私の方を振り返り、問う。



「4本尻尾の狐。もう一度だけ聞くぞ。貴様の名前はなんだ?」


「わわわ、わた、私の名前は、テテテ、テトラ・ナインテールです……」



 恐怖で歯がガチガチと音を立ててしまって、上手く喋れない。



「ふむ、テトラ・ナインテール。そこに転がっている女と照らし合わせると、相違ないようだな。ではテトラ。そこの無様な女は、なぜ死んだと思う?」



 なぜ死んだ? なぜ、レマは死んだのか? それはあなたが血も凍るような冷酷残忍な人だから……でもそんな事を口に出せば、私もきっと殺される。


 しかもただ殺されるだけではない。レマはいきなり首を刎ねられずに、まず腹を刺された。それから首。


 つまり最初のは、レマを殺す為というよりはそのハイドリヒが言う、ミスを後悔させる為のもの。苦痛。だけどそのレマのミスが私には、解らなかった。


 ハイドリヒの顔を見ると、じっと私を見つめている。何か答えないと、また怒らせる事になる。



「わ、私のような愚かな者には、到底考えもつきません。で、でもレマは何か閣下のお気に触れるような事を……言われたのではないでしょうか」



 そう言った。怖くてどうしようもないけど、そう言ってハイドリヒの顔色を伺う。するとハイドリヒは手を叩いて喜んだ。



「はっはっはっは! 九尾だというのに尻尾は4本、この村の中でも九尾である妹と比べられ蔑まれ、罵られている割には、なかなか利口ではないか。そうだ、その通りだ」



 まるで私を狙っていた矢が放たれ、私の顔すれすれでかすめて飛んでいく――そんな気分だった。



「このレマという女は、二つのミスを犯した」



 相槌を打とうとしたけど、それはしなかった。行動、そして発言一つミスする事で、この男に殺されそうだと思ったからだ。



「まず一つは、私の名を呼んだ事。その点貴様は、利口だ。私の事を閣下と呼んだ。だがこの女は下賤な身であると同時に、下等民族の癖に高貴なる私の名を口にした。それはもう、想像を絶する吐気を催す気分になったよ。そしてもう一つ、それはお前のせいだ」



 え? 私のせい?



「私の質問には、正直に迷うことなく答えろ。だが言葉使いにはしっかりと気をつけるんだ。言葉とは、剣と同じく人を容易に傷つける事もできるものだ。つまりお前が言葉という武器を使い、私に痛みを与えるような行為をした場合は、それ相応の償いをしてもらう」


「そ、そんな。そんな私のせいで……」


「そうだ、なかなか利口な貴様の事だ。解るだろ? 見せしめだよ。それが一番効率的なんだ。見せしめをすれば、相手はすぐさま脳をフル回転させ学習し、物分かりが良くなる。貴様ら下等民族に、時間をかけるのは合理的ではないのだ。これで理解したな、テトラ。さあ、いつまでもそこで休んでないで立ち上がれ」



 ハイドリヒの口調は淡々としたものだったが、私は直ぐに立ち上がった。



「そう、それでいいんだ。それじゃ、テトラ。貴様の妹、本物の九尾のもとに案内してもらおうか。直にこのフォクス村には、別のドルガンド帝国の部隊もやってくる。それまでに、私はその九尾に会いたいのだよ。さあ、案内したまえ」



 ハイドリヒは私にそう言うと、口角を少し上げて微笑んでいるように見せた。でも目は一切、笑ってはいなかった。私を見るその目もレマと同じように、同じ人間を見ているような目ではなかった。

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