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第61話 『元気の源』 (▼セシリアpart)






 小鳥の鳴き声。朝、起きると魚の焼けるいい匂いがした。ん? 魚?


 もぞもぞと包まっている毛布から顔を出すと、可愛らしい狐の耳が生えたメイドさんが、ひょっこりと私の顔を覗き込んできた。



「…………ん……なに?」


「セシリアさん! おはようございます!! 朝ごはん! 用意してますよ!」



 私は、焚火の方へ眼をやった。魚を刺さした串が、焚火の周りに何本か突き立てられている。魚は、焚火の炎でこんがりと焼けて美味しそうな匂いが辺りに漂う。もしかして、昨日水浴びしに行った川でテトラが捕まえてきたのかしら。


 私の脳裏に、一生懸命に魚を獲ろうと頑張って、川で飛び跳ねたり潜ったりして頑張る可愛い狐の絵が浮かんだ。テトラは昨日までとは違った、とても穏やかな口調で聞いてきた。



「よく寝れましたか?」


「…………朝から、元気いっぱいね。魚を……取ったの?」


「はい!」



 私は、朝は凄く弱い…………眠気に負けそうになる。そんな私に、テトラは満面の笑みを浴びせてくる。



「川で魚を見つけてですね! 追い込んで、追い込んで!  こうやって、端まで追い込んで! やあ! って頑張って、手掴みで獲ったんですよ!」



 はしゃぎながら、身振り手振りで説明するテトラ。魚を獲って来た事を、私に褒めてほしいのかもしれない…………それにしても本当に昨日までとは、まるで大違い。テトラが輝いて見える。


 私はそんな事を思いながらも、毛布から這い出した。まだ眠気がとれないけど、それはいつものこと。なんとか焚火の前まで移動して座ると、お茶を差し出された。



「……え? なに?  もしかして、私にお茶をいれてくれたのかしら?」


「はい! 早起きをしてしまって――――折角なのでその辺りを散策していたら、お茶にできる薬草を見つけたんです。それで…………昨晩、セシリアさんに美味しい紅茶をご馳走になったから、私もそのお返しに、お茶を作ってみようかなって……」

 

「……そう。献身的なのね。じゃあ、頂くわ」



 ――――ごくり。



 テトラから手渡されて飲んだお茶は、香ばしくて凄く美味しかった。そして昨日からの出来事で、体全体に蓄積していた疲労のようなものが、薄っすらと溶けて消えていくように感じた。



「これ、美味しいわね。凄く、美味しいしなんだか、身体が癒されるわ。きっと、薬草を使用しているお茶だから、そういう効果があるのかもしれないわね。ありがとう、テトラ」



 テトラは、照れながらも嬉しそうな顔をした。狐の耳が少し動いている。


 更にテトラは、お茶作りの経緯を喋り始めた。



「以前、アテナ様がお城の外にある森を、お散歩されたいとおっしゃられた事がありまして…………それで一緒にお共をさせて頂いたのですが、その際にアテナ様は、この薬草を見つけて採取されておりました。アテナ様はこの薬草の事を、以前に本で読んだ事があるらしく、私にお茶にもなると教えてくださいました…………それでアテナ様と一緒に、試しにこの薬草を採取して、お茶を作った思い出があるんです」

 

「そうだったの。それで、その時の事を思い出してお茶を入れてくれたのね。…………いい思いでね」



 話をしているテトラの表情を見れば、この思い出がテトラにとってどれだけ大切な思い出だったのか、想像する事ができる。テトラとアテナ様の思い出。



「じゃあ、そろそろこの美味しそうに焼けた魚を食べて、情報を入手しに昨日の酒場へ行きましょうか」


「はいっ!! なんとしても、情報を手に入れてルーニ様をお救いしましょう!」



 テトラの様子が明らかな程に変化していた。あんなにネガティブだったのに、今はしっかりと前を向いている。それは、これからルーニ様を救出する為に有利になる事なので、それはそれでいいと思った。でも、正直そうなった理由は気になる。私は酒場へ向かう道中、テトラにその元気の源を聞いてみた。



「昨日までとは、ずいぶん違う感じになったみたいだけれど……何かいいことでもあったの? 

 例えば、今までの自分を変えるような……」


「はいっ! ありました! セシリアさんが、昨晩寝る前に私の話を聞いてくれました。そしてこんな私の事を、たくましいって言ってくれました。きっと話したら、軽蔑されると思っていたので…………私の事をたった一人でもそういうふうに思ってくれる人がいるんだなって、私すごく嬉しくて…………」


「…………」


「私の過去の話…………あんな話、他の誰にも話せませんし…………今まで話したくもありませんでした。でも、セシリアさんと一緒に行動しているうちに、なんだかセシリアさんには、自分の事を少しでも知ってほしくなってしまって…………上手く言えませんけど……思いきって話して、気持ちがすっとしたのかもしれません」



 この子は、ずっと以前に身体も心も散々に痛めつけられ、それからずっと暗闇の奥底で蹲っていたのだろう。だけど、そんな絶望の渦の中で、僅かな光を見つけて彷徨いだした。そして、今、やっとその渦から抜き出そうとしている。陛下は、そんなテトラの逞しさを見抜いて、ルーニ様の捜索を命じたのかもしれない。



「そう。それなら、良かった。これからも、何か聞いて欲しい事があれば、遠慮なく話してくれていいわ」


「はい。また話したい事があれば、お願いします」


「じゃあ今から、昨日行ったあの酒場へ向かいましょう。フフフ。さながら第2ラウンドってとこかしらね。あなたと一緒で、私も今日は一味違うわよ」


「え? それって…………」


「フフフ。さあ、急ぎましょう」



 ――――私達は、昨日追い返された酒場に着いた。店の真ん前に立っている。昨日の出来事が脳裏に浮かぶ。


 店の前で、酒瓶片手に寝転がっていた男が私達を見て、飛び起きた。凝視する。そして、慌てて店に入っていた。あの男は、昨日テトラの腕を掴んだ男…………



「じゃあ、酒場に乗り込むわよ」


「まま……待ってください!!」


「なに?」


「昨日の感じから、店に乗り込んだら、まず確実に荒事になると思います」


「そうね」


「だから…………だからここは、まず私に任せてもらえないでしょうか?」



 私は、テトラのその真剣な目を見つめた。テトラの額から、汗が伝って下に落ちる。身体も震えている。この子は、今、この場から一目散に逃げ出したい気持ちを押し殺してそのセリフを口にしている。だが、目の奥に激しく燃え上がる炎が見える。強い決意と覚悟。これまでの絶望に対して、ふさぎ込んでいた少女が変化を望んでいる。それなら…………



「そう。じゃあ、お願い。もしも、少しでも駄目だと思ったら、大声で叫んで。そしたら、私が助けてあげるから」



 それを聞いて、テトラは、驚いた顔をした。



「だ……駄目ですよ!! セシリアさんは、戦えないでしょ? ですから、もし、そうなったら叫びますから、そしたらセシリアさんは、お城へ走って、誰か助けを呼んできてください」


「解ったわ。でも、あなたが店に入る前に一つだけ確認しておきたいのだけれど?」


「な……なんでしょうか?」


「本当に、本当にあなた一人で大丈夫なのね?」


「はい! 昨晩、セシリアさんにお話を聞いてもらってから、まだ完全じゃありませんけど、気持ちの整理が少しはできた気がします。でも、気がするだけで、一時的に気持ちが高揚しているだけなのかもしれません。すぐに、今までの臆病な私に戻るかもしれません。でも………でも今は、私がそうしたいんです」



 やはり、テトラからは、強い決意を感じた。ここまで、言うのならもう止められないだろう。



「そう。解った。もう何も言わない。好きにすればいいわ。でも、本当に駄目になったら叫んでね。これでも私。強いのよ!」



 テトラは、苦笑した。



「あら? 本当よ」


「じゃあ、もしも私が助けてって、叫んだらどうやって助けるんですか? きっと、戦いは避けられませんよ?」



 私は、テトラに微笑んでみせたあと、キメ顔でこう言った。



「店ごと、爆破するわ」



 テトラは、やはり苦笑いした。疑っている。でも、別にいいわ。



 テトラは酒場の方を振り向くと、両手で自分の顔を挟みこむように、パンッと思い切り叩いた。頬が赤く腫れる。そして、単身、闘志を燃やして店の中へ入って行った。

 







――――――――――――――――――――――――――――――――

〚下記備考欄〛


〇酒瓶片手に転がっていた男 種別:ヒューマン

酒飲みでギャンブル好き。金があればギャンブルの毎日で、しかも負けてばっかりでどうしようもない。憐れむ仲間が彼にたまに酒を与えるが、それをもらうとスラムの酒場の周りで酒瓶片手に転がって、近くを通る者に金を恵んでくれとせがむ。


〇薬茶 種別:アイテム

アテナの趣味。テトラも昔、アテナについて一緒に城近くの森で薬草を採取し、お茶を作った事がある。それで様々なお茶になる薬草をブレンドしては、最良のものに近づけていった。



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