第609話 『デジャブ』
私には、ここで起きる次の展開が解っていた。なぜなら、以前にも同じような経験をした事があるから。あの時はボーゲンがいて、私を助けてくれた。
グルウウウウ!!
やっぱり!! やっぱりウルフが穴の中に飛び込んできた。
3匹のウルフは、穴の中に着地するなり私めがけて襲い掛かってきた。鋭い牙。避けようとしてもこんな穴の中じゃ自由に動けない。
「きゃ、きゃあああ!!」
ウルフは私の喉に喰らいついてこようとしている。噛みつかれたら、一貫の終わり。
慌てて、両腕を前に突き出して身を守ろうとした。だけどそうすると、当然ウルフは私の腕に噛みついてくる。1匹が腕に噛みつくと、残りの2匹が左右の足にそれぞれ噛みついた。痛みが走る。
「ううう!! い、痛い!! このままじゃ!!」
もっと広い所で戦えたら……それで武器はあればウルフ3匹位なら倒せるのに――キャンプから持ってきたはずの涯角槍が無くなっている。素手で戦うとしても戦い方が解らない。
ガルウウウウウ!!
私の腕と両足に噛みついたウルフは、更に牙を突き立てた。痛みが更に激しくなってきて、もう無我夢中で足に噛みついていた1匹を蹴飛ばした。
ギャンッ!!
今だ!! もう一匹も振り払おうとしたけど、まだ左足に噛みついているウルフは意地でも離れない。だからそのままウルフごと自分の足を、穴の壁に蹴りつけた。すると蹴りつけられたウルフは、足から離れた。
今だ! ここで仕留めるしかない。
私は腕に噛みついているウルフの首をもう一方の手で鷲掴みにすると、喰いつかれている腕ごとまた壁にぶつけ、連続して地面に思い切り叩きつけた。腕に噛みついていたウルフの喉が砕ける感触を感じた。
ガルウウウウウ……
仲間を殺された怒りなのか、残る2匹が私を睨みつけじりじりと近づいてくる。
一方的に襲い掛かってきたのはウルフ達なのに、どうしてこんな仇を見るように睨みつけられて、私の息の根を止めようとしているのか――考えると訳が解らなくなる。ただでさえ、身体は気だるく頭の中もボヤっとしてなんだか変なのに――
2匹のウルフが、大勢を低くした。一斉に跳びかかってくる気配。
どうしよう!! セシリアは何処かへ行ってしまったし、ここがどこだか解らないし武器もない。せめて武器があれば……武器が……
!!!!
もしやと思って、しゃがみ込んだ。すると自分達と同じく、姿勢を低くし飛び込んくると感じたウルフは一瞬怯む。
その隙をついて、私はメイド服の長いスカートをまくり上げて太腿の辺りに手を伸ばした。ナイフ。護身用の為に、太腿にナイフホルスターを巻き付けていたけど、それがあったのだ。もちろん中身もある。
「や、やああああ!!」
すかさずホルスターからナイフを抜くと、それを目前のウルフに向けて飛び込んだ。ナイフを、ウルフの首の辺りに突き刺す。更にそのナイフを引き抜いて、もう1匹のウルフに向けて斬りつける。
「やああああ!! やああああ!!」
もう無我夢中だった。このままじゃこの穴の中で殺される。それは嫌。それにあの時と同じなら、このウルフの次にまた危機がやってくる。
何度もナイフでウルフを斬りつけ、気が付くと穴の中は3匹のウルフの鮮血と飛び散った臓物で、地獄絵図になっていた。
顔に飛び散った血を拭い、穴の外――上を見上げると、大きな影が上から穴の中を覗き込んでいた。
梟の頭に、熊の身体を持つ魔物――アウルベアー。でもボーゲンが救ってくれたあの時、倒したアウルベアーとは何か違う気がした。なぜか、とても恐ろしい。上手くは説明できないけれど、見た目はアウルベアーだけど中身は何か別の……
ホウ、ホウ、ホオオオオオ!!
真上から穴の中を覗き込んでいたアウルベアーが倒れこんでくる。
「ええ!? やっぱり!!」
アウルベアーの巨体に潰される、そう思った。落ちてくるアウルベアーを避けようと、慌てて穴内の壁に張り付く。すると、運よく潰される事は免れた。
ズズーーーーン……
今度は、ボーゲンはいない。さっきまで草原で一緒にいたセシリアもいない。このチャンスを生かさないと!!
ウルフをどうにかできても、この狭い穴の中でろくな武器も持たずにアウルベアーを倒すのは不可能だ。そう悟った私は、目の前で起き上がろうとするアウルベアーの背後に回り、ナイフで攻撃した。
無我夢中で、何度も何度もナイフを突き立てる。アウルベアーも抵抗するけど、動きがぎこちない。もしかしたら、受け身も取らずに落下してきたので少しダメージがあるのかも。だったら、尚更チャンスは今しかない。
私は戦鬼が乗り移ったかのように何度もナイフで、アウルベアーの頭部と首元を集中して刺した。
気が付くと、アウルベアーは蹲って動かなくなっていた。ようやく我を取り戻した私は、血だらけになったナイフを払って血を落として、太腿に装着しているホルスターに直した。
頭上を見上げる。
顔に飛び散った血をもう一度拭うと、力を解放した。私の尻尾――4本あるうちの3本が光り出す。
「ううう! っやああああ!!」
思い切り地面を蹴りこんで跳躍し、途中穴内の壁を破壊するつもりで何度か蹴りこんで、所々で穴の壁に足を引っ掻けると、ギリギリの所で穴の外に顔を出した。
地面に手をついた所で、尻尾の力も消えたのでそこからは自力でよじ登る。
なんとか脱出はできた……そう思った所で、また予想もしないものが私の目に飛び込んできた。
薄暗い深紅の森にきたはずなのに……穴を出ると、周囲には家や畑など人口物があった。目にしたお城も忽然と消えている。しかも私はこの場所を知っている。
ここは、私の生まれ育った村――フォクス村だった。




