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第608話 『メルヘンの世界』



 い……息ができない……



「ぷ……ぷはああっ!!」



 顔の上に乗っていた何かフワフワの肌触りのいい物体を、手で押しのけた。



「く、苦しかった!! はあ、はあ、はあ」



 慌てて起き上がると、目の前には丸くてフワフワの兎がいてこちらを見つめていた。赤い目の可愛い兎。だけど通常のものよりも、一回り大きい感じもする。



「あ、あなたが私の顔の上に乗っていたんですか!?」



 鼻をヒクヒクとさせて、じっとこちらを見ている。普通、兎は話をしない。だけど幼い頃から出来損ないのレッテルを貼られていた私には友達もいなく、唯一の姉妹である妹も、まともには相手にしてくれなかった。だからいつも私の話し相手は、森の動物や虫達。

 

 つまり私が今この目の前にいる兎に話しかけているのも、人が見たら奇妙な事かもしれないけれど私にとってはごく自然な事。



「それで、兎さん。あなたはどうして私の顔の上に乗っていたんですか?」


 ブブッ……



 鼻をヒクヒクさせながら少し鳴いて、じっと私を見ている。モフモフしていて可愛い。息が苦しくて無理やり顔からのかせたけど、再び触りたくなって兎の方へそっと手を伸ばした。魅力的な、フワフワ。


 そこで、はっとする。慌てて立ち上がり周囲を見回した。

 

 わ、私……さっきまで草原地帯でセシリアと一緒に転がって、夜空を見上げていたはずなのに……ここは何処!?


 白とピンクの世界、確かに周りに草原が広がっているけど……なんていうか、可愛い絵本の世界のような……草なんかも、とても色鮮やかで形も丸みがあって可愛い。例えるなら、メルヘンの世界?



「いったい私はどうしてこんな所に……あ、あれは?」


 草原の向こうに川があってその向こうに、森。森には大きなお城が立っていた。お城もなんというか、やっぱり凄くメルヘンな感じ。



「こ、ここは何処だろう……」



 そう言えば草原にいた時、私の隣にはセシリアがいた。確かに、私はセシリアと一緒にいたのだ。


 なんだかこの世界もおかしいけれど、私の記憶もなんだかはっきりしない。なんとなく虚ろで、気だるい感じがする。本当にいったい何が起きたんだろう。



「セシリアー!! セシリアーー!! テトラです!! 近くにいますか!?」



 大声をあげて、セシリアの名前を呼んでみた。だけど、反応はない。


 仕方がなく、私の顔に乗っていた兎に手を伸ばす。兎は逃げず、抱き上げる事ができた。フワフワでとても気持ちのいい毛並み。



 ブウ……


「いったいここは何処なんでしょうか。と、とりあえずもとのローザとアローが待つキャンプまで戻らないと……」



 だけど、どちらに向かって進めばいいのかも解らない。目に見えるのは、絵に描かれたような草が生い茂る草原と、川の向こうに見える森とお城……


 なぜこんな所にお城がとも思うけれど、そこに向かっていいのかどうかも解らない。


 あれこれと悩んでいると、抱いていた兎は腕からすっと抜けて川の方へと走り出した。



「え? あっ、待って! ひ、一人にしないでください!!」



 必死になって兎を追いかける。いつもよりも、なんだか身体が重く感じる。例えるなら、まるで水中を駆けているような感覚。



「ま、待って!! 待ってください!!」



 川の近くまで行くと、橋がかかっていた。白くて可愛い橋。その橋を兎は渡って行く。兎を見失ってはいけないと、私も追いかけて橋を渡り終える。すると川からバシャアっという大きな水の跳ねるような音がした。



「なな、何ですか!?」



 びっくりして慌てて川の方を振り向く。すると何か大きな蛇のようなものの尻尾が見えた。身がすくむ。でも、それは直ぐに水の中へと消えていった。


 私は急に恐ろしくなって、身体中に変な汗をかき始めた。危険を感じて、背負っている涯角槍(がいかくそう)に手を伸ばす。だけど感触がない。あれ? そんな?


 改めて確認してみると、背負っていたはずの涯角槍(がいかくそう)が消えていた。どうしよう、いったい何処で無くしたんだろう……ちゃんと背負っていたはずなのに。


 キャンプを離れる時に、用心の為にってテントの横に立てかけていた涯角槍(がいかくそう)に手を伸ばして背負い、セシリアと一緒に薪集めに出たのを覚えている。



 ブウ、ブウ!



 考えても解らない。兎の鳴き声がまた耳に入ってくる。そういえば、その兎を追いかけていたんだと思い出して振り返る。すると、森に入っていく兎の姿が見えた。


 どうしよう、本当にどうしよう。冷や汗でビショビショになっていた。身体も思うように動かないし、このまま私……



「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってください!!」



 仕方なく兎の後を追って私も森に入る。


 外は夜なのに、明るくてとってもメルヘンな世界。でも森の中はとても不気味で、薄暗くて木も木の葉(このは)も草も地面の土も、赤だった。真っ赤っかの森の中。その赤は、綺麗な花の色というよりは、血の色。


 私は急いで兎の後を追う。少し離れた場所の木の陰に、あの兎の姿を目でとらえた。刹那、視界に闇。遮られる。



「う……あいたたた……」



 私は森の中、深い穴の中に落ちていた。



 アオオオオオーーーーーンン



 穴に落ちてどうしようかと混乱していると、次に何処かから狼とも思えるものの鳴き声が聞こえてきた。近くに狼がいる……



「え? でも、これって……」



 身体は重く、気だるくて意識もだるい。その中で過去にあった……というか、遭遇した記憶が蘇ってきた。気配がどんどんとこの穴に近づいてくる。


 私は知っている。きっと、間もなくこの穴にウルフが飛び込んでくる。そしてその後には、アウルベアーが……


 デジャブ……というのとは違う。でも私には、ここで起きる次の展開がはっきりと解っていた。

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