第603話 『馬 その2』
馬の群れがいる方へアローは、飛んで行った。しかしブーメランのように、直ぐに慌てて戻ってくるアロー。走る馬の後方から、いくつもの何かが空へ打ち上げられていた。
しかもその打ち上げられてくる無数の何かは、確実に飛行するアローを狙っている。
「アロー!! 逃げてください!!」
「これはまずいぞ! 何かが馬の群れを追いかけているんだ。我々以外の何者かがな。アローはそいつらに見つかってしまったようだ」
必死でこちらに逃げてくるアロー。私とローザもアローの方へ駆ける。
バシィイイッ!!
何かがアローに直撃した。
「アロー!!」
「急ぐぞテトラ!! アローは、すぐそこだ!!」
アローは、直ぐ目と鼻の先まで逃げてきていた。私はアローの落下位置を予測して、その下に素早く移動しアローを受け止めた。
「あいててて……」
「アロー!! 大丈夫!?」
「これは申し訳ない、助けてくれてありがとう、レディー。まさかいきなり、地上から石が飛んでくるなんて思いもしなかった。お陰で防御魔法を発動する間もなく、ご覧の通り見事にニ発もらってしまったよ」
二発!? さっき直撃したのは、二発目だったって事!? だからアローは、咄嗟に一旦私達のいる方へ逃げて体勢を整えようとしたんだ。
しかも、石が飛んできているってどういう事だんだろう。アローが飛行していたのは、結構上空だったはず。そんな所まで投石できるなんて一体……
「はあ、はあ、はあ! やっと追いついたわ。ア、アローはどうしたのかしら? 何があったの?」
後方から駆け付けたセシリアに、アローの身に起きた事を話した。
「馬を追っていて、アローに様子を見てきてもらおうとして先行してもらったんです。そしたら何処かから、無数の石がアローめがけて飛んできて……」
「無数の石ですって……もしかして魔物かしら」
「ま、魔物!? でもアローはあんなに空高くを飛行していたのに、そんなアローに石を当てる事のできる魔物なんているんでしょうか?」
「いると思うわよ。ほら、あそこ。目の前に」
セシリアのいきなりの言葉に、私とローザは草原地帯の先を見渡した。確かに何かがこちらに向かって駆けてくる。手には棍棒や斧などの武器。何十匹もいる。
「ゴ、ゴブリン!? あれはゴブリンでしょうか、セシリア!!」
「そうよ。もしかして、テトラにはあれが天使にでも見えるの?」
「見えません! ででで、でもどうしてゴブリンがアローを……どうやって」
私とセシリアの前に、ローザが進み出た。剣を抜く。
「あれはゴブリンバッターだな」
「ゴ、ゴブリンバッター? ゴブリンバッターっていったい……」
「ゴブリンバッターは、ゴブリンバッターだ。あの長めの棍棒を持っている体格のいいゴブリンがそうだ」
ローザはそう言って、剣で向かって来るゴブリンをあれがそうだとばかりに指した。
「ど、どど、どんどんこっちへ迫ってきますよ。どうしますか? 応戦しますか、それとも」
「そんなのは、決まっているだろう。害悪な魔物ならば、駆逐するのみ!」
ローザがそう言い放た時、こちらに向かって来るゴブリン達のうち何匹かがその場で足を止めた。さっきローザがゴブリンバッターだと言って、指したゴブリン達。
足を止めたゴブリンバッター達は、その場で拳大の大きさの石を一斉に宙に放り上げる。そして両手で棍棒をぎゅっと握ると、落下してくる石めがけて思い切り振りぬいた。
ガンッ!! ガガガガン!!
棍棒に叩かれた無数の石が、物凄い勢いでこちらに向かって飛んでくる。真っすぐ。
完全にではないにしても、咄嗟に防御魔法か何かで防御して事なきを得たんだろうけど、よくアローはこんな強力な石を二度も喰らってこの程度で済んだなと思った。
「ローザ!!」
「心配するな。ゴブリンバッターは、以前にも討伐した事がある。私に任せろ!!」
ローザは私とセシリアを守るように前に出て、剣を握り構えるとこちらに向かって凄い勢いで飛んでくる石を次々と斬って潰した。
ゴブリンバッター達はローザの剣裁きを見て、驚きを隠せずその場で唖然としている。しかし通常のゴブリン達は私達の直ぐ目前まで迫ってきていた。
私は両手に乗せていたアローを慌ててセシリアに預け、背負っている涯角槍を手に取って構える。
「セシリア、アローをお願いします。ローザ、私も一緒に戦います!」
「解ったわ。じゃあ、私は後方に下がって隠れているからテトラとローザも気を付けて」
「はい!」
「フッ、任せておけ!」
セシリアとのやり取りを聞いて、ローザが軽く笑う。そして直ぐに目前のゴブリン達に視線を移した。
「貴様らゴブリン共が束になった所で、このクラインベルト王国、『青い薔薇の騎士団』団長を務めるこのローザ・ディフェインを倒す事などできぬわ!! 有害や魔物は、全て駆除してやる!! 覚悟しろ! ソードスラッシュ!!」
横一線。ローザの剣が一瞬にして、複数のゴブリンを斬り倒した。
ギャギャーーー!!
怯えと動揺を見せるゴブリン。だけど、引き下がらずに襲い掛かってくる。私もローザの隣に並ぶと、涯角槍を突き出して、迫りくるゴブリン達を貫いた。そこから跳躍し、体格の大きなゴブリンの脳天を割る。ゴブリンバッター。
私とローザ、二人で次々と迫りくるゴブリン達を全てその場に打ち倒した。だけどローザは、剣を鞘に納めずに草原地帯の先の方――先ほどゴブリン達が現れた方角を見て立っていた。
「やりましたね、ローザ!」
「まだだ」
「え?」
「まだやってはいない。あそこに、ゴブリン共の親玉がいるぞ」
ローザの目線と向けた剣の切っ先の先、草原地帯の向こうには何十匹もの数のゴブリンと、その中央には依然に見かけたゴブリンの親玉がいた。
そのゴブリンの親玉は、以前にミリスを攫ったゴブリンキングだった。




