第602話 『馬 その1』
馬は無かった。だから徒歩でお猿さん達が生息していた森から、更に北東にある交易都市リベラルに向かう。
ここがクラインベルト王国なら、途中で行商人の馬車などを見つけて乗せてもらえるかもしれなかったけれど……今や『闇夜の群狼』だけでなく、それに乗じて暴れまわるその他の賊達も跋扈するこの国には、そういった馬車は極めて数少なく見つける事が困難になっていた。
今この国で行商人の馬車が行きかっていたりすれば、たちまち盗賊達の餌食となるだろう。
セシリアとローザ、アローとひたすらにリベラルを目指して歩く。でもアローは私の肩にとまったり頭に乗ったりしているだけなので、一人楽していて少しずるいなと思った。
ボタンインコが珍しいのか、それとも皆も私と同じくアローに対してそう思っているのか、セシリアとローザは、チラチラとアローを見ていた。セシリアについては、観察している風もある。
そんな空気を感じ取ったのか、アローが話し始める。
「徒歩だと、まだまだ交易都市リベラルまでは距離がありますね。ですから頑張りましょうね、レディー達。もしも僕がボタンインコではなく、ロック鳥やアルゲンタヴィスのような巨大な鳥であったのなら、レディー達を快適にリベラルまで送り届ける事ができたのですがね。とても残念です」
アローの流暢な言葉にローザは、また驚いているようだった。セシリアは、じっと変わらずアローを観察している。
やっぱり普通の鳥が人の言葉を真似る事はあっても、ここまで自分の意思で喋る事ができるというのは凄い事なんだと思った。
ローザがアローに言った。
「レディー達を快適にリベラルまで送り届ける事ができた……っていう事は、お前はリベラルまでの道を知っているという事か? そういうつもりでいていいって事だな」
「赤い髪のレディー。お前って言われるのを僕はあまり好まない。できるなら、アローと。そしてその言葉に親しみを込めてくれると、喜ばしいですが」
「それはすまんな、アロー。私もローザでかまわん。それで、どうなんだ?」
「ローザ。良い名前ですね。まるで薔薇のように美しいあなたにピッタリのお名前だ。ローザのご両親はこの世にあなたが生を受けた時から、あなたが気高く美しい女性になると悟っておられたのですね」
そう言えばアローってそういう感じだったなーって思い出す。ローザの顔を見ると、アローに唐突に名前を褒められて恥ずかしくなったのか、プイっとアローから赤くなった顔を背けた。照れている。
ローザって厳格で真面目なイメージが強い人だと思っていたけれど、こういう風に照れるんだ。
「知っていますか、薔薇の花言葉。愛や恋、それに情熱などの多くの意味がありまして……」
「褒めてくれてどうもありがとう! だが私はあまり褒められ慣れていないのでな。その辺にしてもらって、今度は私の質問に答えてもらおう」
「ええ、もちろんいいですとも」
「このまま私達は、この道を歩いて行ってリベラルに着けるのか? アローは、そこまでの道順をちゃんと知っているのか?」
赤くなった顔を隠すように、アローから顔を背けたままローザは質問を繰り返した。
「ふむ。そうですね。端的に言ってしまえば、大丈夫です。交易都市リベラルまでのルートは、この僕の頭の中にきちんと記憶されています。ですが徒歩で行くとなると、少々距離がありますからね。やはり足が欲しい所ですね」
足……単純に考えると馬。そんなの急に言われても、馬がその辺を走っているはずもないし。
そう口走ろうとした所で、少し遠くの方――草原地帯を何匹もの馬が駆けているのが見えた。セシリアが言った。
「なら、アロー。この近くに村とかないかしら」
「村……ですか?」
「そうよ。村があれば、そこで馬を貸してもらえるかもしれないでしょ?」
「なるほど。確かに……少し道は逸れますが無い事も無い……」
皆気づいていない。遠くで馬が走っているのに!!
私は慌てて口をパクパクさせながら、セシリアとローザとアローが、リベラルへの道を話し合っている中へ入った。セシリアがまるで面白い物でも見るかのように私を見つめる。
「あら、どうしたのテトラ? 池の鯉のモノマネかしら? 凄く上手だわ。パンの欠片を、上手くキャッチできるからしら」
「ち、ちちち違いますよ!! 皆、あれ見てください、馬です!! 草原地帯に馬が走ってますよ!! あれを捕まえれば、リベラルまでの馬が手に入るんじゃないですか!?」
…………!!
「皆、走れ!! 走ってどうにかあの馬を捕まえるぞ!!」
「は、はい!!」
馬を見るなり、ローザが叫んで走り出した。私達もローザの後に続く!!
道を逸れて草原地帯に入り込むと、凄い勢いで走っている馬の群れを追いかけた。猛烈な勢いで突き進んでいる。走ったからといって、私達の足で果たして馬に追いつけるのだろうか。
既にセシリアの息があがって脱落した。私とローザだけが馬を追っている。
「はあ、はあ、はあ……ま、待て、馬!! ま、まずいな。このままじゃ引き離される!!」
「せ、折角馬を見つけたのに!! はあ、はあ」
とりあえず逃がしてはならない。そう思った私は、頭の上に乗って高みの見物をしているアローに言った。
「アロー!! お願い、あの馬の群れ!!」
「ふう、仕方がない。ちょっと行ってこよう」
アローはそう言うと、羽を羽ばたかせて空へ舞い上がり、馬の群れが走る方へと飛んで行った。




