第600話 『モーニング その3』
やっぱりクロエがなぜ私と同じパスキア王国へ来たがったのか、どうしても聞きたくなって聞いてしまった。幸い、まだルシエル達はまだ現れていないし、話しづらい事であっても、今なら話しやすいはず。
珈琲に手を伸ばして一口飲むと、クロエに聞いてみる。
「……連れて行くのはいいよ。クロエとは仲良くなったし、もう友達だと思っているから」
「わ、わたしもです。アテナさんには、なんてお礼を申し上げれば……」
「普通に喋ってくれていいよ。もう私の正体バレちゃったけど、一応いらない面倒事を回避する為にお忍びで冒険者をしているし――今の私は何処にでもいる一介の冒険者だから」
前々からちょっと思っていたけど、私の冒険者ギルドの登録名。それもちょっと変更しないとなって思っていた。
このヨルメニア大陸は広大だ。世界だって、何処までも広がっている。だから私と同じ、同姓同名の人だってそりゃいるでしょって軽く考えちゃって、そのままアテナ・クラインベルトで登録しちゃっていた。
うん、今にして思えば迂闊だった。軽率だったねー。今では凄く反省している。
登録した時、冒険者ギルドの受付嬢は私がふざけているのかって驚いていたけど、私が冒険者登録した時はゲラルドがついてきたから……受付嬢とのやり取りを見ていて、内々に処理してくれた。
だけど……やっぱり、少し名前の事は考えないといけないかもしれない。アテナって名前は私のお母様が名付けてくれた素敵な名前だし、私も凄く気にいっている名前だから変えたくない。問題はファミリーネームの方。だってクラインベルトってもう王国の名前なんだもんね。
って、クロエの話だったね。アハハハ……
「クロエが私達と一緒にパスキア王国に行きたいというのなら勿論かまわない。だけど理由位は教えて欲しいな」
「ええ、当然だと思います。実はわたし……お父さんを探したいと思っています」
「お父さん? お父さんってクロエの目の治療法を探しに行くといって出て行った……」
頷くクロエ。
「ええ、そうです。解っています。わたしは両目が見えません。お母さんは、お父さんが出て行った事で気を病んでいきましたが、そのうちわたしの介護や生活苦もあってもっとそうなって……それでフランクさんと知り会ってわたしを売り飛ばそうとして……」
売り飛ばそうとしたのではない。売り飛ばしたのだ。だけど少しでもマシに思う事で、クロエは気持ちを保っているのだと思った。
それにいくら気が病んでいたとはいえ、自分の実の母に裏切られたという事実は受け止められない。クロエ位に幼ければ尚更だ。だから少しでも母親の事を、無意識にかばっているのかもしれないとも思った。
「お母さんが、何度もわたしに言っていました。お父さんは、わたしの目の治療法を探すという言葉を理由にして、妻と娘――家族を捨てたのだと。わたしは信じていました。信じていましたけど人の心とは弱いものだと実感しました。お父さんは返らず、手紙すらこない毎日。月日が経つにつれてわたし自身も、ああ捨てられたんだって思ってしまっていました。だけど……」
「だけど?」
「わたしはアテナさんやグーレス。皆さんに出会って思いました。お父さんに捨てられてしまっていたとしてもいい。最悪はもう経験しましたし、こんな何の役にも立たないわたしにも、こんな素敵な最高の友達ができたから。だけど、お父さんに会って直接話をしたい。お母さんの事を伝えたい。お父さんがわたし達の事を重荷に思って捨てたのなら、それも受け入れる。でも今は、叶うならもう一度お父さんと会って話をしたい」
「それで、パスキア王国に? じゃあパスキア王国に、クロエのお父さんはいるっていう事?」
普通はそう思う。だけど、クロエは首を横に振った。
「解りません。お父さんの行方は解らないんです。言ったように、出て行った後に一度も手紙をくれた事もありませんし。でもわたしは、お父さんを探したい。何処から探せばいいか解らないし、手がかりもない。わたしは、あの自分の家の自室からほとんど外には出た事もないし」
「だから、あえてパスキア王国なのね。ううん、正確には隣国のパスキア王国からって感じかな」
「……はい。駄目でしょうか?」
なるほど、そういう事ね。
宛はない。だけどだからと言って、お父さんを探すのならじっとしていても探せない。自分の足で歩いて聞いて探さないと、見つかるものもその可能性すらない。
だからクロエはその一歩を、大きく踏み出したと言っている。行く当てはないけど、最初を決めないと前には進まない。だから私がパスキア王国に行くと聞いて、そこをお父さんを探す第一歩にしようと決めたのだ。
「また甘えてしまって申し訳ないですし、ご迷惑もおかけしますが、アテナさん達と一緒なら心強いですし……グーレスやルキアとも一緒にいれるから。それともう一つ理由があって……わたしのお父さんは、わたしの目を治す事のできる魔法があるかもって言っていました。泉でキャンプした時に、マリンさんがわたしにこの世界を見せてくれた魔法は衝撃的でした。アテナさん達と行動すれば、マリンさんにもっとわたしの目を治す何かてがかりを教えてもらえるかもって思って」
やっとクロエの真意が理解できた。この子は、今は目が不自由かもしれない。だけど今はしっかりと自分の進むべき道が見えている。それに上を向いている。生きて行こうと上を向いている。それなら私は――
カランカランッ
「あら、いらっしゃいませ」
店にお客さんが入ってきた。振り返るとそこには、見慣れた顔が並んでいた。ルシエル、ルキア、マリン、ノエル。ルシエルが手を挙げて言った。
「おーーう!! 話終わったかーー? いよいよパスキア王国直行だな。それでその子はどうするんだ?」
「うん、そう言えばルシエルはまだこの子の事、よく知らなかったね。この子はクロエ・モレット。これからこの子も私達のパーティーに加えて、これからパスキア王国を目指すから」
「おおお、そうなのか!! クロエ・モレットってーのか、オレの名はルシエル・アルディノアだ。じゃあこれからよろしくな!」
「クロエ・モレットです。パ、パスキア王国までよろしくお願いします」
こうして、パスキア王国への旅にクロエ・モレットも加わることになった。
マリンはパスキアでの用事が済んだら、またテトラとセシリアを追いかけると言っていたし、クロエもとりあえずお父さんを探してパスキア王国へって事だから、全て予定通りに事が進めばそのうち私とルシエルとルキアとカルビ。あとノエルの5人に戻るかもしれない。
だけどパスキア王国までは、大所帯の一味になるから、馬車でもあった方がいいのかな……なんてもう次に行動する事を考えていた。
読者 様
当作品を読んで頂きましてありがとうございます。
そして、ブクマ・評価・ご感想・誤字報告などして頂きました読者様には
重ねてお礼申し上げます。
励みになっております。
気が付けば早いもので、当作品も600話になってしまいました。
まさか、ここまでになるとは……と自分自身驚いております。
ですがここまでこれたのも、皆様のお陰であります。感謝、感謝でございます。
そしてアテナ達の物語は、まだまだ続きます。
よろしければ、この先もどうぞお付き合いくださいませ。
m(*´ω`*)m




