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第60話 『暗い過去』







 ――――暗闇が広がる森の中、私たちのいる焚火の周りだけが暖かな炎で照らし出されていた。それはまるで、その灯に守られているかのような感じがした。


 私は、自分の幼かった頃の話を、セシリアさんに話し始めた。


 


 私は、フォクスという村に産まれた。フォクスの村は、クラインベルト王国の最北西にあり、国境付近に位置していた。村の9割ほどの住人が獣人の村で、村民は木こりや畑、狩りなどを生業とする、わりと穏やかな村だった。


 しかし、戦争が起きた。クラインベルト王国と、ドルガンド帝国の戦争。国境付近には、王国の兵士が国を守る為に行き来し、その付近にあるフォクスの村は、兵士でとても賑わった。


 兵士たちは、村で補給などしてお金をおとすので、村長や村の皆はとても喜んだが、同時に戦争に巻き込まれるのではという、不安も感じていた。


 私は、その時まだ幼かった。私の一族は絶大な魔力を持つ九尾を輩出する一族だったが、それは千年に一度と言われていた。最後の9尾の誕生からおよそ千年後。私が産まれたが、尻尾は4本だった。その後、九尾の妹が産まれ、私は徐々に両親に相手にされなくなった。それは、村の皆からもだった。ニセモノだと言われた。



 ――――孤独な幼少時代だった。



 そして、クラインベルト王国とドルガンド帝国の戦争が激しくなり、ついに私のいる村は、その戦乱に飲み込まれた。


 クラインベルト王国軍が押され始め、その前線部隊が敗走し、この国境付近にあるフォクスの村にドルガンド帝国軍が攻め込んできた。


 帝国はこの村が、王国軍の補給場所になっていた事を知っていた。まず見せしめに村長は殺され、抵抗するものも殺された。その中には、私の両親もいた。


 妹は九尾の力を使い、最後まで帝国軍に抵抗をしていた。幼いながらも、九尾の力は絶大で多くの帝国軍を倒した。だけど、帝国の軍事力と数には勝てず、妹も何処かへ逃走して行方不明となった。


 私は、幼かった。村から逃げる力もなかった。でも子供だから、流石に殺されないと思っていた。


 だけど、それは甘い考えだった。


 帝国軍は、逆らう物や、隠れていた王国の負傷兵を見つけては拷問し、家や家畜……人間を殺し焼き尽くす毎日を送る。そして、そういう者がいなくなって本当に弱いものだけが残ったら、帝国軍は今度は私達、弱い者に矛先を向けた。


 腕や足を切り落とされたり、嬲り殺されたり、木に縛られ矢の的にされたり…………敵国だからといって無抵抗な者に対して、こんなにも惨忍になれるのだろうか。まさに地獄絵図だった。


 私もいたぶられた。最初は、帝国軍の雑用や食事の用意など世話をさせられていたが、そのうち理由もなく蹴られたり殴られたりして、挙句の果てに縄で縛られて木に吊るされたりした。


 村は帝国軍に占領され、帝国軍だらけになっていた。私が吊るされる木の下にも、何人もの帝国軍が歩いて通った。そして、その中には吊るされている私に気づいて、面白がってどうする事もできない私に石を投げつけてくるものもいた。


 飛んできた石は、幼かった私の腕や足を砕いた。顔もボコボコに腫れあがっていた。私は何度も死ぬと思った。時々、暗闇が見えて怖くなった。


 そして、また大勢の帝国軍が木のそばを通って私に気づいた。帝国軍は、笑いながら私に石を投げつけてきた。ずっと長い間吊るされて限界だったこともあったが、恐怖も合わさり私は失禁した。


 帝国軍は、そんな私を見て腹を抱えて大笑いしていた。汚いとか、惨めだとか言っていた。暫くして、私は失禁すれば帝国軍は、笑って喜んでくれて、石を投げてこないことに気づいた。


 私は気に入られ、1日に3回ほど下におろされ、水だけ飲まされるようになった。死んでしまわないように。面白いおもちゃが、壊れてしまわないように。



 …………私は、完全に希望を抱く事をやめた。



 それから3日程たって、自分の吊るされている木の下に、少女の人影が見えた。目がかすんでよく見えなかったけど、目をこらして頑張って見てみると、それが自分の妹だと解った。


 きっと、私を助けにきてくれたんだって思った。希望を捨てたはずの私に光がさした。


 妹は私に気づいて、私を吊るしているロープを切ろうとした。その時だった。帝国軍が何人かまた、こっちへきた。妹は、一度近くの家の陰に隠れた。そのまま、こちらの様子を伺っている。助けるタイミングを見計らっているのだと思った。


 やがて、帝国軍は私の真下辺りまで来ると楽しそうに仲間と笑い合って、その辺の石を拾って私に向かって投げつけだした。私は、もう限界を疾うに越えていた。殺される。死にたくない。許して。もう許して下さい。


 私は、もう恐怖するだけで失禁してしまうようになっていた。自尊心何て粉々に打ち砕かれてしまっていた。でも、石を投げる帝国軍達のウケをとった。喜ばせた。帝国軍たちは、一頻り大笑いをして満足すると去って行った。…………なんとか、命を繋ぎ止める事ができた。


 これで、妹に助けてもらえる。そう思って妹が隠れていた方を見ると、妹の姿はもうなかった。


 …………暫くして私は、妹が消えたその理由に気づいた。私が醜態を晒してまで帝国軍にへりくだるその姿を見て、幻滅してその場を去ったのだ。


 …………私は、自分自身がクズだと思った。こんなひどい事をした帝国軍人より自分を殺したかった。でも、死ぬ勇気もない。クズだから。


 それから間もなく国王率いる王国軍がやってきて、村に居座る帝国軍を撃退した。


 私を最初に見つけて助けてくれたのは、綺麗な青い髪の少女…………モニカ様だった。虚ろな意識の中、モニカ様が助けてくれた。暖かい毛布でそんな救いようのない私をくるんでくれた事を、今も覚えている。


 そのあと、住むところを失った私や村の生き残っている者は、国王陛下の計らいで王都に住める事になった。






 …………それが、これまでの私。



「それから王国の、メイドになったのね」


「はい…………話を聞いて、幻滅したでしょ? 私の事を、気持ち悪いと思うでしょ?」



 私は苦笑いしながら言った。セシリアさんは、毛布に包まったまま変わらず私を見つめる。



「そう? そうあなたが思ってほしいのなら、私は別にかまわないけど。率直な感想を言うと、私はあなたの事をたくましいって思ったわ」


「た……たくましい?」


「だってそうでしょ。そんな状況下で少女がそんな悲惨な目にあったのなら、きっと耐えられないと思うわ。私だってまだ幼い時期に、そんな絶望的な環境へ放り込まれたら、きっと何もかも諦めて死を受け入れてしまっているかもしれない。でも、あなたの場合は、絶望に抗った。あたなの持てる全てを総動員して、生き延びたのでしょ? それは、あなたの持つ生きる強さよ」


「生きる強さだなんて……私はただただ、死ぬのが怖くて……」


「形はどうであれ、あなたはそんな誰もが根をあげるような過酷な状況を、たった一人で立派に生き抜いたの。それは事実よ」


「私が……生き抜いた……立派に?」


「そうよ。胸を張ればいいと思うわ。私は今、あなたの話を聞いて少しあなたの事を見直したわ。正直、最初はどうかな? って思っていたのだけれど。でも今の話を聞いて――――あなたは本当は強い人なんじゃないかって思い始めたわ」


「そんなことを言って頂けるなんて……セシリアさん……私……うう…………」



 そう言われたからなのか。涙と気持ちが同時に溢れてきて、こぼれ落ちる。胸の奥が熱い。



「私! 絶対、ルーニ様を見つけ出して守ります! この命にかえて!」



 そういうと、セシリアさんは、少し微笑んだ。



「今、言った事、決して忘れないでね。明日、またあの酒場にまたいくけど、期待しているわよ」



 私は毛布の中で拳をギュッと握りしめた。



「は……はい! それと…………」


「なに?」


「ルーニ様を見つけるのに、お金はあった方がいいはずです。セシリアさんの言っていた事ですが、私も賛成です。これからも、野宿してお金を節約しませんか? それに、もっとセシリアさんとお話したいです。こういうキャンプみたいな事をするのも意外と楽しいですし、そういう場所って凄く話もしやすいなって……」


「フフ……」


「ななな……なんですか?」


「そう言えば少し前に、行方不明だったアテナ様が、王都に帰られた時の事を思い出して……」


「ええ!! ア……アテナ様が!!」


「ええ。しかも、王宮の中庭でテントを張ってお肉を焼いたのよ。私もその場にいたけど、凄い美味しそうなお肉の焼けるニオイがして、中庭中に充満していたわ。私は陛下もいらっしゃったので、我慢してなんとか堪えていたのだけれど、その光景を目の当たりにして、笑い転げそうになって大変だったわ。そのあとも少しの間、暫くぶりにお会いできたアテナ様が心配で、陰からこっそりと見守っていたのだけれど、陛下とルーニ様もそこへ加わって一緒にお肉を食べて…………王宮内の中庭でキャンプですって。フフフ」



 アテナ様のそんなエピソードを思い出して、楽し気に笑うセシリアさんは物凄く新鮮に見えた。



「凄いですね!! アテナ様は! 私も何度もお会いしましたが、とてもお優しい方でした」


「フフ……じゃあ明日こそは、あのクソテンダー……失礼、言い間違えたわ。バーテンダーから、有力情報を引きずり出して、さっさと私たちのキャンプ用品を買いに行きましょ。ルーニ様を探し出すには、ちょっとした旅をする事になるかもしれない。……きっとこれから必要になるわ」


「はい!」



 セシリアさんは、私の事をたくましいと言ってくれた。強いと言ってくれた。


 私は、今もまだ自分自身の事を信じられないでいる。でも、私の事をそう評価してくれているセシリアさんの事は、強く信じようと思った。

 







――――――――――――――――――――――――――――――――

〚下記備考欄〛


〇クラインベルト王国 種別:ロケーション

テトラとセシリアの現在いる王国。緑が多く豊かな国だが、魔物も比例して多い。


〇ドルガンド帝国 種別:ロケーション

クラインベルト王国よりも北西にある帝国。周囲各国に軍事進攻をし、征服しようともくろんでいる国。かつて、クラインベルト王国も攻められた歴史がある。


〇中庭キャンプ事件

アテナがクラインベルト王宮へ連れ戻された時に、すねて王宮の中庭で焚火をして肉を焼きだした事件。衛兵やメイドなど城内にいる者達がそれに気づいて大騒ぎしたが、最終的にはそこで国王陛下も一緒にキャンプしたという信じられない、おったまげエピソード。


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