第596話 『ブレッドの街、それから…… その2』
ガチャッ
「よう、皆。アテナももうお戻りか」
「バーン!」
エスカルテの街のギルマス、バーン・グラッド。どうやら心配してくれていたみたい。私達の泊まる宿に顔を出してくれた。
「さっきここへ来る途中で、ものものしいクラインベルトの軍隊とすれ違ったぜ。ゴロツキ達をふんじばって連れていたが……あれは鹿角騎士団だろ。まさか王都からシカノス・カナヤーを呼び寄せるとはな。あの騎士団長は、俺も知ってるからな、見て直ぐにあっ! ってなったぜ。七転八倒が口癖だったかな」
「正確には、七難八苦ね! 駄目だったかしら?」
「いや、英断だな。ゲース・ボステッドの悪趣味は、このまま野放しにはしておけなかった。だがゲースは、いくらゲス野郎でも子爵でこの周辺一帯の領主でもある。単なる冒険者ギルドの一関係者でしかない俺じゃ、まず手を出せないしな。その点、王国騎士団ならまあ動ける訳だ。しかも王女殿下のご命令ならば、尚更だ」
私はバーンににこりと笑って見せる。すると、バーンはちょっとたじろぐ仕草を見せた。むーー、私が何かお願いしようとしているのを感づかれたかな。
クロエが家に帰りたくないって選択をしても、そうでなくてもエスカルテの街とブレッドの街は、それ程離れていない。バーンに今後のクロエの様子を見てもらえるように頼もうとしただけなのに。
ルシエルが言った。
「それで、鰐の話なんだけどよ。バーンは、トニオ・グラシアーノの屋敷に俺達と乗り込んだだろ? あの後、鰐の仮面は回収できたのか?」
バーンは、首を横に振る。
「いや、見失った。見失うだけでなく、被害も相当なものだ。俺の仲間もあの鰐に殺された。だから再度このブレッドの街の冒険者ギルドに協力してもらって、仮面の行方を探ったんだがな。結果、仮面を持ち去ったバリオニクスも見つからなかった。とりあえず捜索は続けるつもりだが、一度エスカルテの街へ戻らなければならないしな。もう完全に手詰まりかもなー。まいったぜ」
――――ロビーにいる全員、溜息を吐いた。
「それじゃ、アテナの無事の確認もできた事だし、俺は行くわ」
「ちょっと待ってバーン。一つ聞いていい?」
「なんだ?」
「冒険者ギルドが呪いのアイテムだから回収すると言ったあの鰐の仮面、本当に呪いのアイテムなの? あの鰐の魔物の正体が何かも知らないの?」
「いや、俺には解らん。ギルドに呪いのアイテムだといきなり聞かされて、仲間と回収にこの街へやってきた。するとどうだ、仲間はその仮面に取りつかれた男、トニオ・グラシアーノに殺されちまった。しかも喰い殺されたんだ。呪いの仮面を被ったトニオは、鰐の化物にもその姿を変えた。あの仮面をギルドがなぜ回収しろと俺に言ってきたのか、その危険性を知って理解はしたが、あれが果たして本当に呪いのアイテムかどうかってのは……正直怪しいと思っている。どちらかというと、トニオは呪いに侵されているというよりは、何かにとりつかれているといった感じだったしな」
カルビを探しに出た日。あの日に仮面を被ったトニオに、私とマリンは会った。確かにあの時、トニオ・グラシアーノからは禍々しい何かを感じた。呪いというより、取り付かれている……もしくは乗っ取られていると言った方が確かにしっくりとくる。
あれ? そう言えばコナリーさん達との泉でのキャンプ。クロエと一緒に泉を見ていたその時に、いきなり現れたバリオニクスに襲われて……
はっとした私は、マリンの顔を見る。するとマリンは、眠たげな眼で私の目を見つめ返した。
「マ、マリン! あの時のバリオニクス!!」
「おい、何か思い出したのかアテナ?」
クロエの事ですっかり忘れていたけど、私達はあのキャンプをした泉で、バリオニクスに襲われたのだ。
襲ってきたバリオニクスは仮面なんて持っていなかったけど……言われてみればあのバリオニクスは、その鰐の仮面に操られたトニオ・グラシアーノが召喚したバリオニクスだったのかもしれない。ううん、このクランベルト王国には、バリオニクスなんて魔物は生息していないのだから、まずそう考えて間違えない。
その事を、バーンに話して聞かせる。
「……その時、バリオニクスは鰐の仮面を持ってはいなかったんだな?」
「うん。持っていなかった風に見えた。しかも泉の主、水蛇に食べられちゃった」
「た、食べられちゃった……だと? この街のすぐ近くの泉には精霊がいるのか。驚いたな……しかしこれで完全に仮面の行方は解らなくなってしまった。こうなれば俺は一度エスカルテの街に戻って、上の方へそう報告するしかない」
「そう、解った。私達も何か解ったバーンに知らせる。だからクロエの事……」
「ああ、心配すんな。エスカルテの街か、このブレッドの街に残るのだとクロエが言うのなら、俺がちゃんと責任をもって面倒を見てやる。だから心配するな。お前はお前の仕事を考えてろ。パスキア王国に行って王子と会うんだろ? くっくっく」
私とパスキア王国の王子の縁談の話。バーンは、それを想像してイヤらしく笑っている。腹が立ったので、私を笑ったバーンの腕を抓ってやろうかとしたら、バーンは慌てて「おやすみー」と言って宿を出て行った。まったくもーー。
「それじゃもう遅いし、一件落着したって事で話はここまでにして今日は寝ようか」
クロエがそろそろシャワーを終えているはず。カルビがいるから大丈夫だけど、服も用意してあげないとだしね。
「きゃっ! な、なに!?」
何事かと思ったら、ルシエルが脇の下を突ついてきていた。
「な、なにするの? ルシエル」
「あのーー、これからノエルと一緒にちょっと飲みに行ってきてもいいかなーっつって思って? だから、一応ボスに確認をだなー」
「ダーーメ! 明日はもう出発何だし、色々あったんだから今日はもう休みなさい!!」
「なんだよ、ケチーケチー!!」
口を尖らせて文句をいうルシエルの背中を押して、私は宿の二階にある自分の部屋へと向かった。
ルキアとマリンももう半分寝かかっていたので、ノエルが急かしてなんとか自分の部屋へ連れて行ってくれた。




