第595話 『ブレッドの街、それから…… その1』
宿に着いて中へ入ると、ルシエルとルキアがフロントで待っていた。マリンの姿もある。
「アテナー!! まったくもう、心配したぞー!」
「クロエは、大丈夫でしたか?」
「うん、大丈夫よ。色々あってクロエは一度、ここへ連れてきたの。はい、クロエ。これは私の部屋の鍵だから、先に私の部屋に行ってシャワーを浴びてきて。そしたら、あなたのその身体の傷を治療するから」
「で、でも……」
「クロエ、あなたは今、自分で思っているよりも血や泥などで汚れているよ。そのままにしておいても、傷口からバイ菌が入るかもだし、話は後で聞くからとりあえず私の言ったとおりにして」
「……は、はい」
クロエは、渋々と言った感じで頷いた。私はカルビに合図を送った。
「カルビ、クロエをお願い。私の部屋まで連れて行って、彼女がシャワーを浴びるのを手伝ってあげて」
ワウッ!
カルビがクロエに寄り添う。するとクロエの表情に笑顔が少し灯った。
クロエがシャワーを浴びに、2階へ上がると私はまずミャオとシェリーの容態を聞いた。二人とも、特にもう大丈夫だとルシエルが言った。
「ミャオもシェリーも、あの鰐の化物と戦ってえらい目にあったからな。でも、もう大丈夫だ。マリンが回復魔法で二人を癒してくれたし、今は落ち着いて2階の自分達の借りている部屋で休んでいる。きっと明日には、元気モリモリ旅立てるんじゃないか。クウと、ルンも二人についてるぞ」
「そう……」
「それで何があったんだよ、俺達にも説明してくれ」
ルシエルの言葉に頷くと、私はロビーにあるソファーに座る。ノエルも隣に座り、対面してルシエルとルキアが座った。
フロント近くの椅子には、マリンが何か飲み物を片手にゆっくりとお茶しているようだけど、しっかりと私達の会話には耳を傾けているようだった。
私は、何があったのかを話した。
クロエをコナリーさんとのキャンプに誘った事。クロエの好ましくない家庭環境と、両親の話。母親にフランクというゴロツキが取り付いてて、クロエをゲース・ボステッド子爵に売った事。その子爵が、少女を拷問にかけて楽しむという、身の毛もよだつような性癖を持つ領主だった事。
クロエとの間にあった事と、鰐の悪魔についての件も話を続けた。鰐の化物、あれは私とマリンだけでなく、ルシエルとノエルも出会っていた。
もともとはミャオがこの街に持ち込んだ曰く付きの品、その中にあった鰐の仮面にあの鰐の化物が封じ込められていたようで、それを手に入したトニオ・グラシアーノは、鰐に操られ街の闇を彷徨っていた。
仮面の事を知ったバーンは、仲間を連れて直ぐに仮面回収の為にエスカルテの街から馬を飛ばしてこのブレッドの街にやってきた。
そしてトニオ・グラシアーノからミャオを通して仮面の回収をしようとしたけれど失敗に終わった。トニオ・グラシアーノは真面に見えたという。いや、鰐の化物がトニオ・グラシアーノを操り真面に見せていたのかもしれない。
あのクロエと初めて出会った雨降りの日、カルビを探して夜のブレッドの街を歩いていた私は、鰐の仮面を被ったアサシンのような男と戦闘になった。マリンも現れて一緒に戦ってはくれたけど、結局仮面の男は取り逃がしてしまった。
あれが、鰐に操られたトニオ・グラシアーノだったのだ。
ルシエルが、ポリポリと頭を掻いた。
「しかしアレだな。あの鰐の魔物とは、アテナやマリンも会って戦っていただなんてな。なんとも驚きだな。久々にミャオ達に会うから、ちょろっとミャオの用事にくっついてきただけなのに、鰐やら悪代官やら大変な事件だらけになっちまったよな」
ルシエルの悪代官という言葉に、隣に座るルキアが突っ込む。
「ルシエル。悪代官ではなくて、悪の領主ですよ。それに子爵だったって言ってたじゃないですか。ルシエルは、ちゃんとアテナの話を聞いてましたか?」
「うるさーーい! この猫娘め! オレに逆らうな、ちゃんと解った上で言ったんだよ! そうだ、真面目な話が続いていたから和まそうと、ウケをとろうとしてやったんだよ! このーー、この猫娘に思い知らせてやるわ! コチョコチョコチョコチョ」
「や、やめてくださいルシエル!! こちょばかさないでください!! アハ、アハハ、やめてええ!!」
ルシエルがルキアをくすぐると、ルキアはビュンっとしなやかに逃げ出してマリンの方へ行って、隣の椅子に座った。そんな二人のやり取りを見ているノエルは、溜息を吐く。
「それでクロエと鰐の魔物……どうすんだよ。考えはあるのか?」
「それは解らない。とりあえず、あんな事があったんだもん。クロエは、今晩ゆっくりと寝かせて朝になったらもう一度、どうするか話をする」
「あんな金の為に娘を売っちまう母親のいる家に、また戻すって事はないよな」
「それは、私が決める事じゃないよ。私は、手を差し出して全力で助け出すだけ。どうするかは、クロエ次第。クロエがやっぱり家に帰りたいって言ったら、私には引き留められない。いくら母親がお金やお酒、フランクに騙されてクロエをゲースに売り渡したからと言っても、血を分けた実の親子なんだし。親子の問題に他人が顔を突っ込みすぎるのは、良くないと思う」
そう言うと、ノエルは腕を組んでまた溜息を吐いた。それに対して、ルシエルはケロっとした顔をしている。
「めんどくせー。無理やり連れてきてしまえばいいんじゃねーか? 駄目なのか?」
「駄目に決まってるでしょ! それは人攫いって言うのよ。とりあえず、クロエ次第かな。クロエが帰りたくないって言えば……エスカルテの街か王都にでも生活できる場所を用意するし。エスカルテならミャオやクウ達にバーン、王都なら訳を話せばきっとお父様がクロエの事を見てくれる。フランクもゲースと同じく今頃、鹿角騎士団によって逮捕されているだろうし、クロエがどちらを選んでも危険はないと思う」
私の言葉にルキアもノエルも、目を落としてうーーんと唸った。でも正解なんて、今は誰にも解らない。
私達が正解だと思って何かをしたとしても、それがクロエにとって正しいのかどうかなんて彼女自身にしか解らないのだから。
皆で唸り続けていると、ルシエルがポンと手を叩いて言った。
「そういや鰐の方はどうなんだ? 結局、あの鰐の化物どうなったんだろうな? 討ち漏らしたろ、な?」
「ちょっと討ち漏らしたって、言い方!」
鰐……そう言えば、クロエの事件と鰐の事件。鰐の方はまだ解決していないんじゃ……




