第594話 『与えられた絶望と勇気』その3
「誰だ、貴様―――!!」
「え? 単なる冒険者だけど?」
フランクはじたばたと起き上がると、仲間達に直ぐに合図して私を取り囲んだ。全部で15人か。
路地の方からノエルが姿を見せると、こっちを見て何か言いたげな表情をした。
助けがいるかって事かな? 私はノエルに、ここは任せてと首を横に振って見せた。するとノエルはその場で腕を組んで息を吐き出した。フフフ、ありがとう、ノエル……
フランクは私の顔を見ると、やっと思い出したようだった。
「ああ、思い出したぞ。クロエが一人で街に出歩いた時に、家まで送り届けてくれた上玉の女か。こいつはいい。こいつもクロエ同様に捕えて売っちまうか。いや、その前にこの女は俺が……」
チェルシーの視線を感じるフランク。
「……俺が高く売れるかどうか、まず査定してみないとな……ハハハ」
フランクもどうやらゲースに劣らず、救いようのないゲス男のようだった。溜息が漏れる。
「それじゃあ、お前ら!! その青い髪の女を捕らえろ!! かなりのべっぴんだからな。あまり傷つけるなよ」
「うへへへ、解ったぜ!!」
「よし、俺が捕まえてやる! 逃げられるもんなら逃げてみな、お嬢ちゃん」
「オイドンのスピードから、逃れられたもんはおらんぜおー!」
周りを囲んでいる男達は全部、何処にでもいるようなゴロツキ。比較的治安のいいと評判の良いこのブレッドの街では、ゴロツキはレアキャラだけど……だからと言って、特別他のゴロツキと何も違いはない。
最初に私の身体を触ろうとしてきた男の手をかわすと、そのまま腕を掴んで捩り上げて投げた。悲鳴。更にもう一人周りを囲んでいる男達の中の一人の胸倉を掴んで、背負い投げる。
「ぎゃああ! ぐへえっ!!」
「な、なんだこの女!? 奇妙な技を使いやがる!!」
「な、何もんだ、てめーー!!」
「ふーーー、だから今さっき言ったでしょ? 冒険者だって。ただ、一つ付け加えると、冒険者は冒険者でもAランク冒険者だけどねー」
Aランクと聞いてざわつくフランクの仲間達。しかしフランクは違った。仲間に檄を飛ばす。
「ヒビんじゃねーよ、てめーら! 女の身体を見ろ、ヒョロヒョロだ!! ベテラン冒険者だと言ってもひ弱な年端も行かぬ女だ!! 武器を使って全員で一気にかかれば簡単に抑え込めるさ。多勢に無勢って奴だ!」
「た、確かに……この人数なら、こんな女一瞬で……」
「いけ、全員でかかれ!! そしたら後でこの女をお前らにもまわしてやる!!」
「うそ、マジかーー、!? ヒャッハーー!! それなら俄然やる気が湧いてきたぜえええ!!」
なんて単純な人達なんだろう。これなら簡単に片づけられる。
「うおおおお!!」
男達は、剣やナイフを抜いた。それで一斉に襲い掛かってくる。私は自分の腰に吊っている二振りの剣『ツインブレイド』を抜くまでもなく、男達の攻撃を避けて反撃する。
腕を掴んでは、肘を落として相手の腕を挫く。剣を振ってくる相手には、その攻撃を避けながらも一気に接近して、低空のタックルで相手を転がし馬乗りになって顔面に容赦なく肘を落とした。
背負い投げ、払い腰、大外刈りなど次々と投技を繰り出す。組技の練習をしているかのように、相手をブンブンと投げ飛ばしていると、あっという間に決着がついた。フランク以外のゴロツキは、全員地面に転がって動かなくなった。
「ななな、何者なんだ!! 貴様!! こんな事をできるなんて普通じゃねええ!!」
「だーかーらー、冒険者だって言っているでしょ? あなた、街の外に出たことある? 普段魔物の討伐や旅人の護衛などしている冒険者っていうのは、だいたいこんなものよ。そんな事よりも、フランク。観念する?」
「か、観念するってどういう事だ?」
「ゲース・ボステッド子爵は、もうクラインベルト王国の鹿角騎士団によって逮捕されたわ。今、多くの少女達を拷問して命を奪った彼の残虐なる行為が行われていた屋敷にも、騎士団による調査が行われている。だから後に、彼にはその罪に相当する刑が下される。あなたも共犯でしょ? 今のうちに大人しく騎士団に出頭して、今までゲースと共に何を行ってきたかそれを自供しなさい」
「ふ、ふざけるな!! さては、お前だな!! お前がゲースさんの屋敷や趣味の事を、王国騎士団にタレ込みやがったなああ!! そうか、そういう事かああああ!!」
フランクは激情し、剣を抜くと私目掛けて襲い掛かってきた。一直線――これで決着はついた。
「し、死ねええええ!!」
「ア、アテナさん!! 逃げてえ!!」
クロエの私を心配してくれている声。大丈夫だよ、クロエ――私は全部解っているから。
「せいやっ!」
フランクが横払いにしてきた剣を跳んでかわすと、そのまま剣を持っている方の腕を両手で掴んで彼に飛びついた。両足でフランクの首を絞めあげると同時に、地面に転がす。
――三角絞め。
地面に着いてからもフランクの片腕を絞り上げ、同時に首も両足の腿で締め上げる。するとフランクは間もなくして白目を向きいて、気絶した。
「フランクーー!!」
横たわるフランクに駆け寄るチェルシー。娘の事よりも、このとんでもない悪党の方を心配するなんて……私は「大丈夫、気を失っているだけだから」とチェルシーに言おうとしたが、それを止めてクロエの手を握った。
「もう終わったよ、クロエ。後は王国の騎士団がここにやってきて全ていいようにしてくれる。そういう風に頼んでおいたから」
「わたしは……」
「それはクロエ、あなたが決めて。フランクは、この後王国騎士団に逮捕される。他の仲間達も一緒。でもチェルシー、あなたのお母さんについては最近病んでいた。そこをフランクという悪人に利用されたって事を既に騎士団には話しているから、情状酌量の余地はあるはずよ。だからあなたは、お母さんのもとに戻って、やり直してもいいとは思う。だけど自分で決めなければならない」
そう言うとクロエは、俯いた。
とりあえず、決着もついたし移動しよう。私とノエルそしてカルビは、クロエを連れて自分達の泊まっている宿へと移動した。




