第591話 『ブレッドの街の事件……その後』 (▼アテナpart)
このブレッドの街で起きた事件――一応は、解決した……って事でいいのかな。
少女達を攫って来ては拷問するという、鬼畜とも思える事に手を染めていたゲース・ボステッドは逮捕と共に子爵という爵位を剥奪。
数々の犯した罪の調査及び、その後の事は鹿角騎士団のシカノス・カナヤーに任せて私とノエルとカルビは、無事でいてくれたクロエをブレッドの街にある彼女の家に送り届ける為に向かった。
街に着くと、それなりの騒ぎになっていた。
ゲース・ボステッドの件ではなく、鰐の悪魔の件。何があったかをルシエルやマリン、バーンやミャオから詳しく聞いたけどとんでもないものがいると思った。
ミャオがエスカルテの街の商人仲間、リッチー・リッチモンドから買い取った曰く付き商品――その中に、鰐の悪魔を封じ込めた仮面があったようだ。
商品は全てミャオとクウが、このブレッドの街の商人トニオ・グラシアーノに売り渡した。それで商品を先に引き渡した後に、あの鰐の仮面はトニオ・グラシアーノの心に直接呼びかけて、短時間で彼を洗脳し身体を乗っ取ったのだという。
あの雨の降る中、カルビを探しに出た時に私とマリンが遭遇して戦った鰐の仮面を被ったアサシンは、なんとトニオ・グラシアーノ本人だったのだ。
それからの彼はますます取り付かれたようになり、トニオ・グラシアーノらしさを失っていった。
バーンとバーンから仮面の回収を頼まれたミャオは、トニオ・グラシアーノの屋敷に訪れた。ミャオがトニオ・グラシアーノに仮面の返却を迫ると、彼はそれを拒んでその本性を露わにしたのだという。
トニオ・グラシアーノの身体は一気に膨れ上がって鰐の化物の姿になった。ミャオ達は、殺されまいと命からがら屋敷から脱出する事ができたが、その時に助けに来たバーンの仲間の冒険者と、それに協力したこの街の冒険者が犠牲になった。
殺され方は、それは悲惨なものだったという。鰐の悪魔は追い詰められるとバリオニクスという鰐の魔物を召喚した。そしてトニオ・グラシアーノの身体から逃げ出して再び仮面に戻ると、その召喚したバリオニクスを使って何処かへ逃げた。
その後、そのバリオニクスとその仮面がどうなったのか? バリオニクスの特徴をミャオやバーンからも聞いたけど、私がコナリーさん達と泉でキャンプをしていた時に、クロエを襲おうとした鰐の魔物。あれがそうだと解った。
あの時は水の下級精霊であり、あの湖の主である水蛇にクロエは助けてもらった。水蛇がバリオニクスをひと呑みにしようとして……それからあのバリオニクスがどうなったのかは、誰もしらない。もしかして、食べられてしまった?
バーンと冒険者ギルドの関係者が、ブレッドの街と私達がキャンプしていた湖を含め、街の周辺も調査して回っているみたいだけど、あれから鰐の悪魔もバリオニクスも忽然とその姿を消してしまった。
バーンは、引き続き仮面の捜索も含めてもう少しこのブレッドの街に残り調査を進めるとの事だった。なので私は、ルシエルやミャオ達が待つ宿に帰る前に、ノエルとカルビと共にクロエの家に寄った。
こちらもこちらで、いくつか問題が残っている。ゲースの件は、シカノスに任せたしこれで一軒絵落着としても問題ないだろうけど……いくら生活が厳しくて夫が家を飛び出し精神的にまいっていたとしても、実の娘をあの拷問が趣味の最低な子爵に売り渡す母親をそのままにしてはおけない。
クロエの家に入り浸っている、フランクという男も気になる。
「大丈夫? クロエ」
「え、ええ。大丈夫です」
目が見えないクロエは、自分の力のみで自宅に戻る事ができない。カルビは自ら首にリードをつけてそれをクロエに握らせて、家までの道を誘導していた。
「そろそろ家につくよ、クロエ」
「…………」
「ゲースの言っていた事。お母さんとは、話をしなければならない」
「……アテナさんは、このクラインベルト王国の王女様なのですか?」
!!
バレてたか……っていうか、ゲースや鹿角騎士団のシカノスとのやり取りなど、聞かれちゃったから当然と言えば当然か。なははは……
「うん、そうだよ。今は趣味がキャンプの普通の冒険者として行動しているけどね」
「……それなら、アテナさんのお力で私を何処かへ連れて行ってくれませんか? 王女様ならそんなの簡単ですよね?」
「え? それはまあ……」
でも、なんで? とは聞けない。クロエは母親に売り飛ばされた。しかもあんな恐ろしい男に。それに家にはフランクというクロエの母親をたぶらかしたという男もいる。そんな家、普通に考えたら帰りたくもないだろう。
「お願いです! 今はわたし、お金も何も持っていません。ですが、いつか必ず絶対に御恩をお返しします。ですからわたしを何処かへ……あの家でない何処かへ連れて行ってください! 目の見せないわたしには、自分一人ではできない事もあります。だけど……あそこには帰りたくない!!」
うーーーん。気持ちは痛い程解る。
「とりあえずクロエ。あなたは私の友達だから、あなたが助けを求めてくれば、私は喜んであなたを助けるわ。でもお母さんには、一度会うべきだと思う。家を出るにしても、今までの生活を続けるにしてもそれは、あなたが考えて自由に選択すればいいと思うけどね。クロエの人生なんだからね」
「…………」
「私もノエルも、もちろんカルビだってクロエの力に全力でなるから。だからお母さんに会いたくなくても一度会って、ちゃんと話をした方がいいよ。ね、ノエル」
「ああ、そうだな。好きにすればいい」
「ちょ……もう少し上手く言えないの? ノエル」
「あたしはこんなんだ。どうにもならない。だけどアテナが今言ったように、クロエ・モレット。お前がどうしたいか言えば、あたしも全力で力になってやる。だがあたしのできる事なんて、せいぜい岩を割ったりゴロツキをぶん殴ったりって程度だがな。はははは」
ノエルは、本心でそう言っている。だけどそれがジョークに聞こえたのかクロエの口元が少し緩んだ。そこでクロエの家に到着した。
家の前にはクロエの母親の他に、フランクという男とその仲間と思われるガラの悪い数人の男達がクロエの帰りを待っていた。




