第590話 『ゲース・ボステッド その3』
アテナは二振りの剣を抜くと、襲い掛かってくるゲースの子分達を片っ端から斬り伏せた。あたしも参戦しようとすると、アテナは目で合図をしてきた。
雑魚はいいから、ノエルはそっちを相手して――
「ええい、斬り殺して構わん!! 一気に全員でかかって潰してしまえ!!」
潰すも何も、アテナの動きは素早すぎる。その上に、洞察力も凄まじい。ゲースの子分達の動きなど全てお見通しなのだ。アテナにかかったらこの場にいる全員を倒すのも、すぐ方がつくだろう。
ならあたしは、あたしの相手を倒すのみ。
ゲースに先生と呼ばれていた用心棒の男が、あたしの目の前に立ち塞がる。あたしはバトルアックスを手に取ると、それを思いきり振って床に突き刺した。素手で構える。
「貴様……この俺相手に素手で勝負するというのか? 舐めくさりやがって!!」
「よく解ったな、ベロベロになめている。お前なんぞ、あたしにとっちゃ他の雑魚と変わらん」
「このガキ!! 後悔させてやる!! 素手なら素手でいいが、その腕を斬り飛ばしてやるからな!!」
男は剣を振ってきた。狙いは、男が言ったように腕。腕を斬り落とすと言ったから、そのまま腕を狙って来るのだろう――その言葉を鵜呑みにするあたしではないが、剣はそのまま振り下ろされたのでそれに対応して避ける。その拍子に、剣の側面に素早く小さなパンチを放った。
パキンッ!
剣が折れて刃が回転し、床に突き刺さる。
「はああ⁉ け、剣を折られただと⁉ そんな馬鹿な!!」
「あんまりいい剣じゃないな。カルシウムが足りないんじゃないか?」
「でえええ!! なめやがって、なめやがって!! お前みたいな小娘なんぞに!!」
男が腰に吊り下げていた剣は計三本。男は二本目を抜くと、それを懲りずに振ってきた。あたしは逃げずに男と正面から向かい合うと、先程と同じく男が振ってきた剣をかわして、そのついでにまたパンチを放って叩き折った。
信じられないといった男の目。残る一本を抜こうとした所で距離を詰め、先に男の剣の柄を握ると引き抜いて思いきり床目掛けて振り下ろした。最後の剣もパキンといい音を立てて折れた。
「ひ、ひい! ばけもの!!」
「これでもあたしは、女子だ。化物なんて呼ばれるのは心外だな。それと一つ忠告してやろう。こけおどしが目的なのか知らんが、安物の剣を何本も持つよりも匠の剣を一本持っていた方が遥かにいいぞ。ましてや用心棒なんて仕事をしているならな。心を入れかえる度量があるのなら、一度ノクタームエルドにあるドワーフの王国へ行ってみろ」
「ぶげっ!!」
男の腹に拳をめり込ませる。ゲースが頼りにしていた用心棒は、くの字に身体を折り曲げるとそのまま跪いて丸くなり動かなくなった。
アテナの方に目をやると、あたしが用心棒の相手をしてやっている間に、ゲースの子分全てを倒していた。残るはゲース・ボステッド一人。
「フフフ、耳が痛いわね」
「おいおい、あんたは二刀流だろ。それにツインブレイドは安物なんて剣じゃないぞ。ジジイも大業物だと言っていたぞ」
ジジイ。あたしの爺さん、ドワーフ王国最高の鍛冶職人のデルガルド・ジュエルズの事だ。アテナはクスリと笑うとクロエの無事を確認したところで、ゲースに剣を突き付けた。
「ひいいいい!! お許しください、お許しください殿下!!」
「それは私の仕事じゃないわ。私はここにいる友人を助けに来ただけだから。ゲース・ボステッド子爵。あなたの身柄はここで拘束されて、後程この屋敷も隅々まで調査した上でちゃんと法で裁かれるわ」
「そ、そんなあ。ワタシは、ただ自分の与えられた領地で……」
ゲースが言い訳をしようとした所で、アテナが怒って怒鳴った。アテナが怒鳴るなんて見たことがなかったから、迂闊にもちょっと驚いてしまった。
言っておくが決してビビってはないぞ。す、少し驚いただけだ。
「それ以上口を開くな、ゲース!! これ以上、お前なんかの吐き気もする下らない趣味の為に、殺される少女達の絶望と悲しみを増やすわけにはいかない!! まもなく騎士団が到着するわ! 神妙にしなさい!!」
アテナが心から怒って言っている事をやっと気づいたゲースは、力なくぐったりと俯いて観念した。するとアテナが言ったように直ぐに屋敷の扉が開いて、屋敷の中に何百人という数の王国騎士団が雪崩れ込んできた。こうなってしまっては、もうゲースにはどうする事もできない。
騎士団団長と思われる男が、こちらに歩いてくるとアテナに跪いた。
「鹿角騎士団団長、シカノス・カナヤー惨状仕りましてございます。殿下」
「シカノス、助けに来てくれてありがとう。それじゃ早速、後の事を頼めるかな? この屋敷の主、ゲース・ボステッドは、少女を誘拐してはこの屋敷の地下で拷問の末、殺害していた。よってゲースから爵位を剥奪し、罪人として処罰します。ゲースとゲース以下この場にいる者を逮捕し、屋敷は隅々まで調査して犯罪にかかわるものは全て洗い出して。その後の事は、王都にいる近衛隊長ゲラルド・イーニッヒに」
「御意!! 全てこの鹿角騎士団シカノス・カナヤーにお任せあれ!!」
こうしてみていると、やっぱりアテナは一国の王女なんだなと思う。
アテナはクロエ・モレットの手を握ると、カルビも連れてこっちへ歩いてきた。
「ノエルもありがとう。クロエを助けてくれて」
「ああ? ああ、気にするな…………だしな」
「え? なんて?」
「なんでもない! ほら、戻ろうぜ! 皆、きっと心配しているぞ」
「うん、それじゃブレッドの街に帰ろう」
ワウッ
仲間だしな……って所を小声で言ってしまったので、アテナは聞き取れなかったようだ。
まあ、でも別にいいか! わざわざ言葉にする事でもないような気もするしな。ゲースの屋敷を出ると、物凄い数の騎士と、その騎士達が騎乗していた馬がいた。




