第59話 『野宿』
――――――クラインベルト王国。王都近郊の小さな森。
焚火を、しようとしていた。
集めてきた薪に、マッチで火を点けようとしたが、なかなか薪は燃え上がらなかった。私は、助けをもとめるような視線をセシリアさんに送った。セシリアさんは、自身の黒く綺麗な長い髪をクシでといているようだったが、その視線に気づいてくれた。
「あなたそれ…………あなたが頑張って集めてきた薪だけど…………枯れ木じゃないと、火が点きにくいのよ。まさかだとは、思うのだけれど………」
私は、はっとした。
「すすす……すいません! そうでした!! すぐに、枯れ木だけを分けて火を点けます!!」
セシリアさんは、溜息を吐くと、自分のザックの中から本を取り出した。今から、読むのだろうか?
「ちょっとどいてもらえる?」
「え? あ、はい!」
セシリアさんは、私が準備した薪から、手際よく枯れ木を選別して、焚火にするためにそれを組んだ。そして、その周りをその辺に落ちている石で囲む。
「凄い! セシリアさん、これ焚火ですね! まるで私達、冒険者みたいですね」
セシリアさんは、さっき取り出した本をおもむろに開いて、数ページ破り取った。その行動に驚いた私をよそに、セシリアさんは、その破った部分をクシャクシャにして、組んだ枯れ木の間に詰め込んだ。
「マッチを貸してくれる?」
「は……はい」
セシリアさんは、その詰め込んだ破いた紙に火をつけた。火は、すぐに燃え上がり焚火は、メラメラと炎を揺らめかせた。暗い森の中、私たちがいる場所のみが、暖かい炎の光で照らし出される。こうなると、先程まで恐ろしかった虫の声も、少し心地よく聞こえる。
「ようやく、落ち着きましたね」
「ええ。そうね」
セシリアさんは、先ほど川に行ったときに鍋に水を汲んでいた。その鍋を焚火にのせた。そして、ザックから何か麻袋を取り出した。
「紅茶よ。あなたも飲む?」
「お城から持ってきたんですか! ありがとうございます! 私も頂いていいですか…………」
セシリアさんの入れてくれた紅茶は、凄く美味しかった。
いきなり陛下に呼ばれ訓練室で騎士と真剣勝負をさせられ、ルーニ様の事を聞かされ、ゲラルド様に怒られ、王都内の酒場を巡って…………凄い一日だった。
セシリアさんが入れてくれた、暖かく美味しい紅茶を一口飲むと、そんな大変な事の連続だった1日を過ごした私を、癒してくれるような味がした。
「お腹減っているでしょ?」
「え? いえ。でも、私、何も食べ物を持っていませんので……」
グーーーーーーーッ
言った途端、私のお腹の虫が鳴いた。恥ずかしくてうつむいた。
「あら? お腹の方が、何か食べさせてって返事したわね」
「ううう…………」
セシリアさんは、そういうと、ザックから一つの包みを出して、私の前に置いて広げた。サンドイッチだ。
「はああ! これは!!」
「食べていいわよ。半分ね。私と半分こだから。お城を出るときに、厨房を借りて作ってきたの。急ぎで作れるものだから、サンドイッチなのだけれど……お口にあうかしら? 食べられるでしょ?」
セシリアさんの手作りのサンドイッチ。凄く美味しそうだった。ハムにトマトにレタスにチーズ。定番だけど、卵は潰したものじゃなくて、卵焼きにしたものがパンに挟まっている。私は、こっちの方が大好きだった。
「本当に頂いていいんですか?」
「食べないなら、私一人で食べるけど……」
「いえ! たたた……食べます!! 頂きます!」
モシャモシャ…………美味しい!! 朝から、何も食べてなかったし色々な事がありすぎて…………
「本当に美味しいです!! セシリアさんも……」
そういってふとセシリアさんの顔を見ると、セシリアさんは物凄く優しい顔で私の食べる姿を見つめていた。私は、そんな顔初めて見たので、驚いた顔をしてしまった。すると、すぐにセシリアさんは、いつものセシリアさんの顔に戻ってしまった。
「私、そんなにお腹減ってないから、4分の1ほど残してくれれば、あとは食べていいわよ」
私は、セシリアさんにお礼を言って、図々しくもその行為に甘えてしまった。ほんとに私って駄目だなあ。
食後、私たちは明日に備えて眠る事にした。明日は、またあのスラムの酒場に行く。…………気が重いけど、ルーニ様の為に、行くしかない。
焚火に薪を足して、その周りで横になり、毛布に包まって眠ろうとした。目を閉じて、おやすみなさいと言おうとした所でセシリアさんの声がした。
「まだ、起きてる?」
「はい」
「今日は、大変だったわね」
「はい」
「明日は、もう一度、スラムの酒場に行くけど……頑張ってね……ルーニ様と陛下の為に」
「はい。……でも、私、本当にヘタレだから……」
「へえ。そうなの?」
「はい。今日も、陛下とゲラルド様の前で、失敗をしてしまいましたし……」
「そう? 本当に怖かったら、誰でもそうなるんじゃないかしら? きっと、私だってそうなるわ」
「いえ。セシリアさんみたいな人は、そうなりません。私のような失態はしないです」
「…………」
「私、王宮にお世話になる前は、国境近くのフォクスという村に住んでいました。私の一族は、九尾の一族で、千年に一人の確率で、九尾が誕生するという一族なんです」
「九尾……陛下やゲラルド様もおっしゃっていたけれど」
「はい。九尾は、狐の獣人で、尻尾が9つあって、物凄い魔力を体内にもっているんです。だけど、私の尻尾は4つ。産まれてきた時、両親はがっかりしました。でも、そのあと産まれてきた妹は、9つの尻尾でした。私は、親にも村の皆にもニセモノとして扱われました」
「そう」
「こんな話、聞きたくないですよね? 私の事なんて……」
セシリアさんは、寝返りをうって私の方をむいた。私の目をまっすぐに見つめている。
「話してくれるのなら、私は興味あるわ。強制はしないけど」
セシリアさんの事はまだ、会って1日しかたってないし知らない事だらけだけど、凄く不思議な人だと思った。
そしてこの人なら、私の話を真剣に聞いてくれるんじゃないかと思った。
これまでの私の愚かで悲惨な人生を――――
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〚下記備考欄〛
〇セシリアの持っていた本 種別:アイテム
短編推理小説。セシリアのお気に入りの本。文庫サイズでかさばらないので、セシリアは常に持ち歩いている。読み終えると誰かにあげるか、もしくは本屋で売ってまた新しい本を購入するという事を繰り返しているようだ。
〇麻袋 種別:アイテム
麻の繊維で編んで作った袋。収穫した作物を入れるのに使用したり、土や砂を詰めて土嚢を作ったりすることができるくらいに丈夫で、色々なものを入れる袋として重宝されている。値段も安価で簡単に手に入り、丈夫ともなれば、これはいいものだ。
〇紅茶 種別:アイテム
セシリアの所持いていた紅茶。クラインベルト城から持ってきたもので、紅茶といってもピンからキリまであるが、これは高価なもの。なので凄く美味しい。
〇毛布 種別:アイテム
セシリアがお城に常駐するメイド達が使用している毛布の余っていたものを探して持ち出した。野宿などするのであれば、これがあるのとないのとでは大違い。
〇セシリアの手作りサンドイッチ 種別:食糧
セシリアが城を出る前に作ったサンドイッチ。具は、ハム・卵・レタス・トマト・チーズと定番だが、ハムとチーズはそれなりの値段のもので、卵はコッコバードの卵。ゆで卵にしたものを潰したものではなく、バターを使用しフワッとした卵焼きに仕上げたものを挟んでいる。
〇フォクス村 種別:ロケーション
テトラが生まれ育った村。クラインベルト王国の遥か北方にある村で、ドルガンド帝国領に近い場所にある。その村では獣人が多く暮らしており、九尾の末裔が住んでいる。




