第587話 『ノエルのやり方 その5』
部屋の中を見回すと、吐き気を催しそうになるような拷問道具の数々が置かれていた。
幸いクロエ・モレットの身体を見ると、特に取り返しのつかないような傷は負わされていないようだ。ふう……間に合って良かった。
杖の代わりになりそうな鉄製の棒を見つけると、それを使えとクロエに手渡した。
「助けに来てくださって、ありがとうございます! あ、あたなのお名前は? あなたのお名前を教えて頂けないでしょうか? わたしは、クロエ・モレットと言います」
「ああ、知っている。あたしの名前はノエル・ジュエルズ。目が見えないらしいから先に言っておくが、ハーフドワーフだ。アテナ・クラインベルトに頼まれて、お前を拷問が大好きなゲス野郎から救出しにきた」
「ア、アテナさんが? わたしを助けに?」
「正確にはアテナは、まだあんたが母親に……売り飛ばれて、ゲス野郎の屋敷にいる事を知らない。だが今こうしている間にも、カルビが呼びに行っているからな。直ぐにここへ来るだろう」
「カルビ……アテナさんとグーレスがわたしを助けに……」
ボンテージ姿の少女。同じ女だからというだけじゃないけど、クロエ・モレットの身体を見てもいやらしさのようなものは微塵も感じなかった。
彼女の身体は、とても痩せこけている。あばら骨も浮き出て、ちゃんと栄養をとっているのかって心配になる位に手足も細い。触れば折れてしまいそう……そんな感じだ。
クロエがここへ連れてこられたのは、今日だ。つまりクロエ・モレットは自分の家に居る時から、こんな栄養失調みたいな身体をしていたという事になる。家庭内の事情だろうが、考えると胸が痛くなる。
あたしは、よろよろとするクロエの手を優しく握る。
「さあ、こっちだ。ついてこい」
「わ……わたしの今のかっこ……」
「これで拷問されないで済むっていうなら、そんなの小さな事だろ。気にするな。いちいち小さな事を気にしていても、損をするぞ」
クロエの手を引っ張って、部屋の外に出ようと扉のノブに手をかける。
ガチャガチャガチャ
扉の鍵が閉まっていて出られない。さては、マックか警備隊長かの仕業だな。あたし達を逃がさないように閉じ込めた。ったく……まいった。この部屋には、もともと鍵がかけられていなかったから、盲点になっていた。
「ノ、ノエルさん……部屋の外に出られないのですか?」
「ああ。閉じ込められた。だが、絶望するのはお門違いだぞ。あんたは変わらず、大船に乗った気持ちでいてくれていい。なんて言ったって、このあたしが助けにきてやってんだ。確実に助かるから、その点においては安心していろ」
真面目にそう言ったつもりだった。なのにあたしがそう言うと、クロエは少し微笑んだ。可哀そうな位に痩せ細った身体にげっそりとした顔。なのに笑った彼女の顔は、物凄く可愛い。
きっと、この可愛い表情をする少女がクロエ・モレット本来の姿なのだろう。
「なんだ? なぜ笑う?」
「は、はい。すいません。ノエルさんの話を聞いていると、やっぱりあのアテナさんやルキア、マリンさんの仲間なんだなって思って」
「どういう事だ?」
「上手く言えないですけど、一緒にいると暖かくて物凄く心強く思えます」
この部屋を見れば解る。かなり怖い思いをしていたのだろう。絶望の淵を彷徨っていた所にあたしが現れた。こんなハーフドワーフのあたしですら、天使に見えたかもな。ならなんとしても、期待を裏切らないように努めないとな。
クロエの言葉を鼻で笑うと、もう一度部屋の扉を調べた。ああ、これならいける。
「クロエ、もう少し扉から離れてろ」
「え?」
「こっちだ。こっちに来てちょっと待ってろ」
部屋の端の方へクロエを移動させると、あたしは鍵のかけられた部屋の出入口になっている扉と向かい合った。
距離を少しとると、扉に対して構える。背負うバトルアックスを両手で握ると、扉に向かって走る。勢いをつけたまま跳躍し、全体重をかけてバトルアックスを扉に向かって振り下ろした。
「っしゃーんなろーー!!」
ザゴンッ!!
木製のぶ厚い扉に、深く突き刺さるバトルアックス。片足で扉を抑えると、扉に深々と突き刺さったバトルアックス引き抜いて、そこから連続で休むことなく何度もバトルアックスを扉に振り下ろした。連続する破壊音。
頑丈そうな扉だったが、大きく重量のあるバトルアックスで何度も叩くと破壊されてきた。扉の表面は凹みだし、一撃を加える度にベキベキという音が響く。
ドワーフは、力もあるがスタミナもあり、根気もある。気が短いイメージがあるのに、根気があるっていうのもおかしな話だが、鉱物資源など採掘にはどれもかかせない。
だからこんな扉、ぶっ壊すのなんてあたしには訳が無い。
バキャーーッ!! ガラガラガラ……
「よし、扉は開いた。さあ外へ出るぞクロエ。家へ帰ろう」
思わず家へ帰ろうと言ってしまったが、クロエはその言葉を聞いて一瞬ピクっとした。迂闊だった。クロエの母親は大金に目がくらみ、最愛であるはずの娘をこの屋敷のゲス野郎に売り飛ばしたのだ。
「早くこい、クロエ。アテナやカルビだって、お前を助け出そうともうそこまで来ているぞ。間違えなくな! 大切な友人二人を心配させたくなければ、ほらこっちへ来い」
「アテナさんやグーレス……はい、そうですね。お願いです、ノエルさん! わたしをここから助け出してください。アテナさんや、グーレスに会わせてください」
「は? そんなの当たり前だ。その為にあたしは、ここへ来たんだ」
クロエの手を握り、地下通路を真っ直ぐに駆けた。
通路の途中にある鉄格子、ここも閉じられていたらどうしようかと思ったが幸い鍵は開いていたので、急いでそこを通過し屋敷の1階へと駆けあがった。




