第586話 『ノエルのやり方 その4』
――――ゲース・ボステッドの屋敷。地下通路。
階段をずっと下りて行くと、地下通路に出た。その通路を更に奥へと歩いて行くと、鉄格子が見えてくる。鉄格子は、通路を塞いでいる。あたしは、警備隊長を睨みつけた。
「鍵は何処だ?」
「ななな、ない!! 俺は持ってない!! 牢番がいて、そいつが持っている!!」
「そいつは何処にいる」
「そいつは……」
こうしているのも、時間の問題だ。このあたしの剛力を持って腕力全開でいけば、鉄格子を曲げて向こうへ行けるかもしれない。試してみるか。そう思っていた所で、今歩いてきた通路の先からあたしを呼ぶ声が聞こえてきた。
「おおーーーい! 待て、待ってくれ!」
「マック? なんだお前、あたしについてきたのか? あたしを止めたいなら、問答無用でかかってくればいいが、お前じゃどう転んでもあたしには勝てないぞ。だからあたしの気が変わる前に、さっさと何処かへ行ってしまえ」
「違う! 違うって! あんなにいたゲース様の子分を皆、やっつけちまうんだもん。俺じゃあんたに敵わねえ事は十分に解ってるって。それより、これ!」
マックは、鍵を差し出してきた。それが、目の前にある鉄格子の鍵だという事はすぐに察した。受け取ってマックの目を見つめる。
「……どういうつもりだ?」
「せめてもの罪滅ぼし……って言っても信じられねーだろうから、ほんの気まぐれって言っておくぜ。報酬に目が眩んでゲース様に使えていたが、やっぱり間違っていた」
「……そうか」
「それでこのままじゃ先に進めねーんじゃねーかって、あんたの後をつけて一緒にこの地下へ下りてきた。すると、奇妙な壁を見つけてな。調べたら隠し部屋だった。そこには誰もいなかったが、なんと鍵があった」
そんな部屋が……そこに人がいなかったのは、あたしが外で大暴れしていたので、その騒ぎで離れたのかもしれない。もしそうだとすれば、牢番はあたしが知らない間に倒してしまっているかもしれないな。
マックから鍵を受け取り警備隊長を再び睨みつけると、焦って言い訳をしだした。
「か、隠し部屋の事なんて俺は知らない!! いつもは、この鉄格子の前に牢番がいるんだ!! 本当だ!! だ、だいたいあんたにバレた後で、えらい目にあわされるかもしれないのに、隠し部屋の事を黙ってここに連れてくる訳ないだろ?」
「確かに言われてみればその通りだな。でも鉄格子がある事は言わなかった」
「う……それは……」
「じゃあ念の為に聞いておこう。この鉄格子を抜けて先に進めば、クロエ・モレットはいるのか? 他にあたしに言い忘れている事はないよな? これは親切で言っておくが、知ってる事は今全部話しておいた方が身の為だぞ。あたしを怒らせると、どーなるか……」
警備隊長は、ブンブンっと激しく頭を縦に振って肯定した。
鍵を使って鉄格子の扉を開くと、そこを潜って奥へ進む。通路壁面にはいくつもの灯りがあったが、全体的に薄暗い。その通路には、いくつもの分厚そうな扉が並んでいる。あたしは警備隊長に聞いた。
「どれだ。どの部屋にクロエ・モレットはいる?」
「わ、解らん」
「ふざけているのか?」
腕を振り上げると、警備隊長は慌てて両手を前に突き出して振る。
「本当だ、解らんのだ!! 俺は単なる警備隊長にすぎん!! この場所は、ゲース様が屋敷に連れてきた少女たちを監禁して、拷問を楽しむ場所なんだ!! 牢番でさえ、あの今潜ってきた鉄格子までしか行けないし、ここまで来るのはゲース様と玩具にされる少女だけだ!!」
玩具にされる少女だと? ムカっとして、拳を鳴らす。
「それなら片っ端から扉を開けて、中を確認するまでだ!!」
あたしはそう言い放ち、まず一番近くの扉を開いてその部屋の中を見た。
!!
すると部屋の中には、なんとも悍ましい光景が広がっていた。
部屋の真ん中には寝台があり、そこに少女が縛り付けられている。いや……少女だったと言った方がいい。既にこと切れていて、身体のいたる部分が白骨化している。そしてその身体には、無数のアシッドスライムが取り付いていた。
館の主の拷問趣味、そして白骨化した死体の身体の欠損部分。ここにいるアシッドスライムは拷問で使用されて、そのままここに放置されたものだろうという事が見て取れた。
「おえっ!! うええええええ!!」
「おい、吐くなら向こうで吐け!!」
あたしの後ろから部屋の中を覗き込んだマックは、その絶望が広がる部屋の中の惨状を目の当たりにしてえづいて嘔吐した。
部屋を出ると、通路壁面に掲げられている油の入ったランプを手に取り、白骨化している死体に投げた。死体はみるみる炎に包まれ火は燃え上がり、周囲で蠢くアシッドスライムをも焼いた。
部屋の扉を閉めると、あたしは順々に更に部屋を調べて回った。どの部屋も凄惨で腐臭に包まれている。備え付けられている拷問道具が目に入ると、この屋敷の主に対して殺意が芽生えた。
クロエ・モレット救出のついでに、ゲース・ボスデッドをいっそ殺してしまった方が、世の為になるのではないか。アテナには、ついうっかりやっちまったと言えば納得せざる終えないし、それで解決するだろう。
通路の一番奥、最後の部屋の前に立った時、扉の向こうから何か物音がした。頼むから、生きていてくれ、そうでないと困る! あたしはアテナにお前の事を頼まれているのだから。
祈る思いで扉を開けると、そこにはあたしがカルビと一緒に窓から覗き見た盲目の少女の姿があった。
なんだか気持ち悪いボンテージを着せられて、吐き気のしそうな鉄の椅子に座らされ、身体を拘束されて自由に動けなくされている。身体の所々には傷跡があり出血もしているようだった。
部屋の中をマックが覗こうとしたが、クロエはあられもない姿をしているので、押し出してマックも警備隊長も部屋に入らせないようにした。
少女は、目を見開いているがあたしを正確には捉えていなかった。身体を小刻みに振るわせて怯えた声で、話す。
「……た……助けて……助けて下さい……なんでもしますから……助けて」
怯え切っている。ここまでこんな幼気な少女を追い詰めるなんて、まさにゲスの極み。許せない。クロエに近寄ると、彼女はビクっとして恐れた。だからできるだけ穏やかに優しく声をかける。
「助けるから大人しくしろ。生きたいんだろ? クロエ・モレット」
「……え? 女の子の声……あなたは……」
これでもあたしにしては、かなり優しく言ったつもりだ。っていうか、そんな事をしなくてもあたしはいつも穏やかだし優しい。
クロエの自由を奪っている拘束を全て解くと、部屋にあった大きな布を手に取って彼女に羽織らせた。
「クロエ・モレット。このあたしが来たからには、大船に乗ったつもりでいてもらっていい。あたしが、この身にかえても、お前を絶対に助け出してやる。理由は、圧倒的な意地と誇りを賭けているからだ! さあ、脱出するぞ」
そう言って少しでも安心するようにニコリと笑いかけてやったが、彼女は目が見えていない事を思い出した。




