第585話 『ノエルのやり方 その3』
屋敷の外には、数十人の男達が転がっていた。全部、あたしが殴り飛ばした奴らだ。
「マック。屋敷に入るから、お前が扉を開けろ」
「ヒ、ヒイイ!! 無茶苦茶だ。たった一人で、ここにいる奴ら皆やっちまうなんて」
「お前らが弱すぎるんだよ。無駄にいきがっている暇があったら、鍛練をしろ。ほら、何やってる。さっさと扉を開けろ!」
外にいるゴロツキ共を全て倒し、屋敷の正面扉の前にくるとマックに扉を開けさせた。ギギギと音を立て扉がゆっくりと開くと、あたしは隙間から中を覗き込んだ。
大きな屋敷から想定はできるが……なんとも声をあげてしまいそうになる位の広いエントランス。その中央には大きな階段があり、その前には外にいた奴らよりも、もう少しだけ腕の立ちそうな奴らが数十人立って待ち構えていた。
マックが震えた声で囁いた。
「やめといたほうがいい。直ぐに逃げた方がいいぞ。中にいる奴らはゲース様が特別に雇った、もと冒険者や傭兵だ。流石のあんたでもやられちまうぞ」
「あたしは、敵の言葉に耳はかさない。やりたいようにやる」
屋敷の中に入るなり、一斉に左右から6人が襲い掛かってきた。あたしが屋敷に入ってくるのを見越して、予め正面扉内側の両脇に潜んでいたらしい。
「死ねーー!!」
「この侵入者めえええ!!」
前転して攻撃を回避すると、振り向きざまにバトルアックスを振った。ゴロツキ共は、あたしの攻撃を防ごうとしたがこのバトルアックスは、ドワーフの王国で作られた特別製だ。ゴロツキ共の武器を破壊し、薙ぎ倒す。
「少女のなりをしているが、少しはできるようだな!! 何者だ⁉」
エントランス正面に立つゴロツキ共の中にいる、一番偉そうな男がそう叫んだ。
「お前こそ、少しはできそうじゃないか。って言ってもあたしにしてみれば、他の奴よりってだけで別に大した相手じゃなさそうだがな」
「俺はこの屋敷の警備隊長だ。お前をこの場で何としても取り押さえ、屋敷の主の前に引っ立てる」
「屋敷の主? ゲース・ボステッドという子爵か。少女の拷問が何よりの楽しみだという変態野郎だろ? 一度姿も見たし、知っているぜ。そいつも今、この屋敷にいるんだよな」
あたしの言葉に、屋敷の警備隊長は明らかに動揺を見せた。こいつもゲースの趣味を知っている。しかも警備隊長なら、もっと詳しい事まで知っていそうだ。
「マック、もう行っていいぞ。お前は用済みだ」
「へ?」
青ざめるマック。用済みと言われ、殺されると思ったのだろう。だがあたしは、言葉通りに伝えたつもりだった。マックよりもこの警備隊長の方が、案内に適している。このままクロエ・モレットのいる部屋まで案内してもらえそうだ。
警備隊長は、大声をあげると周囲にいる仲間と共にあたしの方へ武器を向けて駆けてきた。マックの話では、もと冒険者や傭兵と言っていたが、なんの工夫も無く突っ込んでくるこいつらを目にして溜息が漏れる。
あたしはバトルアックスを振り回し、次々と襲い掛かってくるゴロツキ共をぶっ叩いて蹴散らした。気づくと警備隊長一人になっていたので、バトルアックスを背負うと、そのまま突っ込んで素手で警備隊長を殴り飛ばした。
「あが……あががが……」
「さてと、警備隊長さんよ。さっきこの屋敷にクロエ・モレットという盲目の少女がやってきたろ? その子がいる場所まで案内しろ?」
「………」
「黙っているのは自由だが、お前をいたぶってクロエ・モレットの居所を無理やりに吐かせるのもあたしの自由だぞ」
「……知らん……俺は知らんのだ……」
周囲を見回す。屋敷のエントランスであたしを待ち構えていたゴロツキは、警備隊長を残して皆倒れている。そしてピクリとも動かない。気絶していようが死んでいようが、あたしには関係が無い。全員同罪、自業自得だ。
今いるエントランスには、あたしと警備隊長の他にマックがいた。もう行っていい、用済みだと言ったのにまだいる。いて、あたしの方を見ている。
そんなマックと目が合うと、マックは顔を小さく左右に振って見せた。なんの真似だ?
次に警備隊長の目を見ると、マックのリアクションがどういう事なのか理解できた。こいつは、嘘をついているって事か。
あたしは、警備隊長の胸倉を掴むと近くにあった柱に勢いよく叩きつけた。柱の砕ける破壊音と共に、警備隊長が悲鳴をあげる。
「ぎゃああ!! ままま、待て!! わわわ、わかった!」
「何が解ったんだ? ああ、そうか。さっきの衝撃でクロエ・モレットの居場所を思い出したんだな。良かった。それなら、もっと思い出せるように今度は床か壁かにめり込んでみるか。なあ?」
「まてーー!! 待て待て!! もう完全に思い出した!! だからやめてくれ!!」
ニヤリと笑う。
警備隊長をゆっくりと床に下ろすと睨みつけて、早速クロエのいる場所へ案内をさせた。
エントランス正面の階段には上がらずに、階段両脇にある通路を進む。途中、館の使用人に遭遇したがあたしとボロボロになった警備隊長を見ると、慌てて何処かへ逃げ出して行った。
通路をある程度進んだ先にある扉、その向こうに地下へと通じる階段があった。あたしは警備隊長に先に歩かせると、躊躇うことなく階段を下りて行く。
薄気味悪い暗闇に包まれた地下へ下りるというのは、普通なら誰しもが不安を感じるのかもしれない。だが大洞窟が何処までも広がるノクタームエルドで産まれ育ったあたしは、全くそれを感じなかった。




