第584話 『ノエルのやり方 その2』
あたしは、白い歯をにっと見せて微笑むと、番兵を絞めあげて問いかけた。
「質問その3だ。そのゲース・ボステッドという男は何者だ? ここはそいつの屋敷なんだろ?」
「あ、ああ、そうだ。そうだとも。ここはゲース様のお屋敷だ。ゲース様はこのクラインベルト王国の貴族であり、子爵様だ。この辺り一帯の領地を治めておられるお方だよ」
貴族、子爵。あたしの暮らしていたノクタームエルドには、貴族はいない。いるのは王族、国民、そして戦士と職人。そりゃ大臣や外交官など役職はあるが、貴族という者はいなかった。
ドワーフの王国にヴァレスティナ公国から来た、ルイ・スヴァーリという伯爵やドルフス・ラングレン、ポール・パーメントという男爵に会ったが、あれがあたしが初めて目にした貴族だった。
そう言えば、ルイ・スヴァーリ伯爵の娘シャルロッテ・スヴァーリはアテナやルシエル達の友達だった。ドワーフの王国が、ザーシャ帝国に攻められていた際にも、シャルロッテはリザードマン相手に戦ってドワーフ王国の民を守ってくれたという。
そんな気高く慈しみを持つ貴族もいれば、ゲースのようなゲス貴族もいる。あたしは、ゲス貴族は断じて許さない。
だが、ゲースをボコボコにするのは後だ。何よりも先に、クロエ・モレットを救い出す事から優先しなくてはならない。クロエに何かあったら、アテナやカルビが悲しむ。何より、アテナはあたしに任せた。だから、何がなんでも救出する。
「それじゃ最後の質問だ。クロエ・モレットは何処に連れて行かれた」
「お、おそらく……って言うか、間違いなく屋敷の地下にある拷問部屋だと思う。ゲース様は屋敷に連れてきた少女をまず最初に味見するんだ。だから間違いなくそこにいるだろう」
「よし、解った。ご苦労だったな」
番兵の首を掴んでいた手を離す。すると番兵は、ズルズルと壁にもたれかかった状態でへたりこんだ。両手で掴まれていた首を擦ると、何度も咳をして見せた。なんともわざとらしい。これ以上は虐めないでくれというサインか? 番兵の肩を叩く。
「お前、名前は?」
「マックだ」
「よし、マック。あたしをその拷問部屋まで案内しろ」
「ええええーー!! そ、そんな事をすれば俺はゲース様に裏切り者として殺される!!」
「協力しないと、お前は今ここであたしに殺されるぞ」
「ええええ、そんなあああ!! ちゃ、ちゃんと話したじゃないか!! 俺の話した事は、全て本当だぞ!」
「ゲースの悪行を知ってなお、ゲースの子分でいたんだ。多少なりともお前にも罪はある。だからせめて、ここでこのあたしに協力しろ。そうすれば、多少は罪を注げるぞ。だから言う通りにしろ」
マックは、渋々と言った感じで頷いた。
「……けどよ、俺は門の鍵を持たされちゃいないぜ。どうするんだ? よじ登るか?」
壁も門も、結構な高さがある。ふと見ると、あたしが殴り倒した番兵達が周囲に転がっている。
「この中の誰かが、鍵を持っているんじゃないのか?」
「いや、持っていない。基本的に門の鍵は内側にいる番兵が持っているんだ……だが、今は食事で外している。直に戻ってくるぞ。どうする? そうすればもっと屋敷から兵が出てくるぞ。そしたらあんたは、たちまち捕まえられてゲース様の拷問部屋送りだ。もしも今、今までの過ちを悔いて逃げ出したいっていうのなら、この俺があとは上手く誤魔化しておいてやる。どうだ、そうするだろ?」
「兵じゃなくて、単なるゴロツキの集団だろうが。それにまた罪を重ねようとするな!」
ゴンッ
「あいてっ!」
鍵は手に入らない。少しまてば、鍵を持っている奴がやってくるが、きっとこの有様をみれば仲間を呼んでくる。それで門から出てくればいいが、森にいた奴らみたいに敷地内から弓矢で射かけられても面倒だしな。
門は鉄製。だが敷地を囲っている壁は、石だ。
あたしは門の前からその敷地を囲む壁の方へ移動する。そして壁目掛けて構えると、ゆっくりと呼吸をして後に思いきり腕を振りかぶって、渾身のパンチを放った。
「おらあああっ!!」
ドガン!! ガラガラガラガラガラ……
あたしのパンチで石壁の一部分が砕け散る。それでも中に入るには十分な感じの大さにはなった。目を見開いて硬直しているマックの背中を叩くと、彼を押し込んで屋敷のあるゲースの敷地内へと足を踏み入れた。
「待て待て待て!! 無茶苦茶だ!! ここここ、こんな事をして、ただで済むはずがないぞ」
「こんなことをしてタダで済むはずがないだと? それはこっちのセリフだぞ。勘違いをするな」
敷地内に入ると、騒ぎに気付いた者達が、あたしの方へと集まってきた。皆、武装している。だが別に問題はない。
「侵入者だ!! 侵入者だぞ!!」
「あの女だ! あの女が壁を破壊して入ってきたんだ!! 気をつけろ、魔法使いか爆弾を持っているのかもしれない」
「マック、そこで待ってろ。いいか、逃げだしたら地の底までも追っていくからな」
「わわわ、解った、解ったって」
十数人の男達が、武器を手に襲い掛かってきた。全員じゃないし、表情もなんだかへらついている。あたしの少女のような見た目に、舐めてかかってきているのだろう。
「侵入者はこの少女一人だ!! とっ捕まえろ!!」
最初に手を伸ばしてきた男から殴り飛ばし、次に襲い掛かてくる男も蹴り飛ばした。男達は、あたしが予想外に強い事に気づいて、距離をとると一気に周囲を囲んだ。
面白い。いいぜ、かかってきな。
あたしは背に手を伸ばすと、背負っている大きな戦斧、バトルアックスを手にした。
「あまり時間をかけたくないからな。全員で一斉にかかってこいよ。その代わり稽古をつけてやるつもりもないから、手加減抜きで行くからな。それなりに覚悟しろよ!」
威圧すると、何人かの男達が怯む。怯んだ所に楔を打ち込むように突撃すると、片っ端から男達をバトルアックスで薙ぎ倒した。




