第583話 『ノエルのやり方 その1』
森から飛び出すと、クロエ・モレットを攫ったゲース・ボステッドという男の大きな屋敷が目に入った。
あたしは真っ直ぐにその屋敷の方へ歩いて行くと、門の前で立ち止まった。
「女がこっちに歩いてくるぞ」
「おい、こら! お嬢ちゃん、何しにこの屋敷にやってきた? もしかして迷子か?」
番兵。入口だけで8人いる。まあこんなゴロツキ、何人いようがあたしの敵ではないけどな。
「おっ! よく見ると、可愛い顔をしているじゃねえか。これは鴨が葱しょってきた感じだな」
「違いねえ。ふんじばってゲース様のもとに引っ立てりゃ、ご褒美をもらえるぞ!」
なるほど。ゲースという男は少女を拷問するという大層な趣味を持っている。だから少女を見ると、放っておかないという訳か……もしかしたら、この屋敷にはクロエ・モレットの他にも誰か捕らえられている少女がいるかもしれんな。
「よーし、こっちこいガキ!!」
番兵の一人が、あたしの肩を掴んだ。
「あたしはガキじゃない!!」
「は? な、なに!?」
肩を掴んできた番兵の手を振り払うと、そのままくるりと一回転。遠心力をつけると、その番兵の顔面に右ストレートを叩き込んだ。するとその番兵も一回転して、派手に吹き飛ぶ。
「ぐへええ!!」
「きやすく触るんじゃねえ!! それでもぶっ殺されてえ奴はかかってきな!! 喧嘩ならいくらでも、買ってやるぜ」
「な、なんだ⁉ なんだ貴様!! 何者だ!!」
「と、取り押さえろ!!」
全員で8人。最初に飛びかかってきた男を殴りつけると、更に続けて襲い掛かってくる男達を殴り倒した。
一人に背中から羽交い絞めにされたが、あたしのパワーは並じゃない。そのまま背の方に腕を手を伸ばすと、羽交い絞めにしていた奴を掴んで正面に引っ張り込んで殴りつけた。
全員ノックアウトするのに、さほど時間はかからなかった。
倒れている一人の胸倉を掴むと、そのまま持ち上げて屋敷を囲っている塀に押し付けて言った。
「ヒ、ヒイイイ!! や、やめろ?」
「やめろって何を? お前をぶん殴る事か? いいだろう、それじゃ特別にお前に渾身のパンチをお見舞いしてやろう。大サービスだぞ、ちゃんと味わえ」
「ヒイイイアアア!! だから、やめろって言っているだろ!!」
右手で番兵の首を掴んで押さえつけているので、左手で軽く頬をぶってやった。
「いたひ!! ヒヒヒイイイイ!!」
「次はビンタじゃねえぞ。本気でぶん殴る。だからお前の為に言っておいてやる。チャンスは一回だけだ。嘘を言えばその時点でデッドエンドだ。あたしはやると言ったらやる女だ。絶対に自分を曲げないめんどくせー女だからな、そのつもりで答えろ」
何度も頷く番兵。やはりこの屋敷にいるのは、腰抜けの卑怯なゴロツキ共ばかりか。ドワーフ兵やドゥエルガルと比べれば、ミジンコレベルの脅威度しかない相手だな。まあ事の収拾があるから、それでもアテナはここに呼びつける必要があるがな。
「ではその質問1だ。さっきここへ馬車が来ただろ? 誰が乗っていた?」
「へえ?」
左手を思いきり振りかぶった。
「うううう、嘘言ってないだろ? これから答えるんだよ、やめてくれ!! 馬車に乗っていたのは、この屋敷の主、ゲース様とゲース様が以前から気になっていた少女で、クロエ・モレットというブレッドの街に住む目の不自由な少女だ」
気になっていた? どういう事だ?
「それじゃ、質問その2だ。ブレッドの街少女、クロエ・モレットを気に入っているっていうのはどういう事だ? 拷問の為の玩具にでもするのか?」
あたしがゲースの悪趣味の事を知っている事に対して、番兵は驚きの表情を見せる。そして頷いた。
「なるほどな。それで、以前から気になっているってどういう事だ? 以前から目をつけていたと言った。もっと詳しく話せ」
「ああ。街にフランクというゴロツキがいてな。そいつがゲース様に、ゲース様好みの目の見えない幼気な少女がいるから買ってくれって持ちかけたんだ。俺は丁度、その話をしている近くにいたから」
そういう事か。ゲースという男、本当にゲス野郎だな。そんな奴がこのクラインベルト王国にいるのか。
まあノクタームエルドでも、ザーシャ帝国のザーシャや、ドゥエルガルのダグベッドやアビーという悪者もいたからな。あまり、他国の悪口は言えんかも知れん。だがゲースという男のゲスさ加減は、ザーシャやダグベッド共を越えている。
「続いて質問その3だ」
「ま、まだあんのかよ!! いい加減勘弁してくれ!!」
「駄目だ、あたしが聞きたい事を全部答えないと決してこの手は離さないぞ。しつこいがもう一度言うぞ。あたしは、一度言った事を曲げるのは、あまり好かない。だから何がなんでも答えてもらう。なんならあたしもそのゲースとかいう男のように、お前に拷問を試してみてもいい。あたしの腕力を見ただろ? 少しずつ、お前の膝や肘を時間をかけて曲げてはいけない方へ曲げてやろう。どうだ、楽しそうだろ?」
番兵は、悪魔でも見るかのような顔であたしを見た。
確かにあたしは、パワー型のストロングタイプの勇敢なる地底の戦士だったが、ミューリやファムには可愛いとも言われた。
こうした方が、より可愛いからと髪をサイドテールに結ってくれたのもミューリとファム。だから悪魔のような目で見られるのは、心外だった。
あたしは悲しい気持ちで更に番兵の首を絞めあげると、今度は壁にめり込む程に圧しつけて優しく言ってやった。
「質問その3だ。いいな」
「ヒイイイイ!! は、はい! はいはい! 答えます答えます!!」
番兵の言葉にあたしは白い歯を見せて、にっと笑って質問を続けた。




