第582話 『ノエルとカルビ その4』
森の中であたしを狙っているのは、残り5人。
ガルウウウウ!!
「ぎゃああ!!」
「うわあああ!! ウルフだあああ!!」
カルビが1人仕留める――残り4人。
「なんだ? あのデカいウルフの他に、ガキのウルフもいやがるのか!!」
「ちくしょー!! 早く出てこい!! 今なら骨の二、三本で勘弁してやるが、これ以上煩わせるようならもっと後悔する事になるぞ」
素早く男の背後に回ると、跳躍する。その拍子に周囲の草がガサっと音がして男が振り向く。だがあたしは、そんなの関係ないとばかりに男の顔面を鷲掴みにして地面に叩きつけた。
男は悲鳴を上げる間もなく、泡を吹いて仰向けに倒れた。
――残り3人。
「なんだ、またやられたのか!!」
「あのガキ、意外とやるな! 単なるビーストテイマーの冒険者かと思ったが、なかなか戦闘力があるみたいだぞ!! よし、3人で固まれ!! 3対1なら勝負は見えている!!」
ガルウウウ!!
唐突に草むらから飛び出したカルビが、3人で固まろうとしていた1人に狙いを定めて襲い掛かり、喉元に噛みついてまた仕留めた。
カルビ……ドワーフの王国で戦った時は、巨大化していなければ単なるウルフの子供だった。しかし確実に成長している。見た目は可愛くても、もう立派なハンターだ。
「てめーー、もう許さねえ!! 捕まえて、ゲース・ボステッド様の前に引きずり出してやるわ!! ゲース様は少女を拷問するのが大好きだからな!! お前を突き出せば、時間をかけて遊んでくれるだろうぜ!! ヒャヒャヒャ!!」
やはりゴロツキだ。腕も大した事はないし、自分達のボスの正体までこうして勝手にペラペラと教えてくれる。
「おい!! ここだ、マヌケ共め!!」
あたしは、残る二人に向かってそう言い放つと、姿を見せた。ゴロツキ二人は、あたしの顔を確認すると、弓に矢を添えてこちらに向けた。
「まずは足を射って動けなくしてから、なぶってやる!!」
「マヌケ! お前らの腕では、この距離じゃ当たらんだろう!」
「何だと⁉ このガキめ!!」
「オラアアア!!」
腕を思いきり振りかぶって、目の前の木をぶん殴った。
バッキィィ!! ベキベキベキ!!
あたしの打撃で、へし折れた木を両手で持つ。矢。ゴロツキ二人が射かけてきた矢を、へし折った木で盾代わりにして防いで止めた。
「なんだ、意外と矢の才能あったんだな」
「このーー!! 続けて放て、このガキを射殺せ!!」
「射殺すってなんだよ。ゲース様ってのに突き出すんだろ? 言っている事をコロコロと変えていると信用を無くすぞ。ほらよ、今度はこっちの番だ」
ゴロツキ二人に向かってへし折った木を投げる。木はまるで巨大な矢のように轟音を立てて飛ぶと、ゴロツキ二人に直撃して圧し潰した。
「ひいいい!! ぎゃああ!!」
「カルビ!! 全部片付いたぞ!」
ワウッ!!
呼ぶと草むらからひょい現れたカルビと共に、森を突っ走る。見張りもいた事からして、この森を抜ければそのゲース・ボステッドという拷問が大好きな糞野郎のアジトがあるはずだ。
そこで、はっと気づく。
……もしかしてクロエ・モレットは、そのゲースって野郎の玩具にされる為に、母親に売り払われたのか。カルビと一緒に、クロエの家の窓に張り付いて中の様子を見ていたが、そうだとすればクロエを裸にして、いやらしくその身体を眺めていた理由も解る。あれは、品定めだったんだな。
そうだとすれば、クロエ・モレットはこうしている間にもあのゲス野郎に拷問されているかもしれない。急ぐしかねえ。
カルビと共に森を駆けぬけて、表に飛び出した。
すると、そこには大きな屋敷が立っていた。ビンゴだな、ここだ。ここにクロエ・モレットとあのゲス野郎のゲースがいる。
グルウウウウ!!
屋敷の前に止まっている馬車を目にしてカルビが唸り声をあげる。カルビは、あれがクロエ・モレットを連れ去った馬車だという事に気づいている。
カルビが今にも飛び出していきそうだったので、あたしはカルビに抱き着いて、そうさせないようにした。そして、カルビの可愛い三角の耳に顔を近づけて囁いた。
「落ち着け、そして一番確実視な手を考えるんだ。クロエ・モレットは、このアジトに囚われているのは確定だ。あたし一人でも助け出す自信はあるが、アテナにこの事を知らせる義務があたしにはある」
ガルウ!
「解っている。あのクロエ・モレットという盲目の少女にグーレスと呼ばれ、友達になったんだろ? 聞いた。だけどな、人にはそれに適した役割ってのがあるんだよ。この状況でアテナを呼びに行くのはあたしじゃない。時間がかかりすぎる。だからカルビに頼みたい」
グルウウグルウウウ!!
カルビは歯を剥き出して怒っていた。好きにさせれば、このままあの無駄に大きな屋敷に突撃して、門の前にいる番兵に襲い掛かって、そいつらの喉元を喰いちぎりに行きそうだと思った。だがあたしは、カルビに抱き着いたまま離さなかった。
「あたしも熱くなる性格だから人の事は言えねえけどよ、怒りに身を任せるな。本当にクロエ・モレットを救いたいって思っているなら、今から直ぐにアテナのもとへ行って、アテナをここへ連れてこい。あたし一人でもやれる自信はあるが、何が起きるかは解らねえ。だからクロエ・モレットを救う為により確実な行動をとるんだ。解るだろ? お前の怒りとクロエの命、どっちが大切だ?」
そういうと、唸っていたカルビは目をパチクリさせてあたしの顔をペロンと舐めた。うう……なんてことするんだ、こいつ。
ワウッ!
舐められた顔を拭い終えると、もうカルビは遠くに走って行っていた。カルビは、クロエ・モレットの為に大急ぎでアテナを呼びに行ったのだ。
これで後は、アテナが到着するまで好き勝手暴れるだけだ。
万が一あたしに何かあったとしても、保険はかけられている。何があったとしても、アテナなら確実にクロエ・モレットの命を救うだろう。




