第581話 『ノエルとカルビ その3』
追跡していると悟られないように、目標の馬車とは少し距離をとってあとをつけていた。
「カルビ、やるじゃないか。ドワーフの王国で巨大化したお前と戦った時は、正直ヤベエと思ったが……今は仲間で心強く思うぞ」
ガルウッ
カルビは、あたしを背に乗せて疾走し、馬車を追跡しながらもこちらに振り向いて得意げな表情をして見せた。その可愛らしい反応に、口元が緩む。
「しかしメロディ・アルジェントが作った薬……ギブンが持っていたそのメロの薬を奪い取って使い、あの時は巨大化したみたいだが、あれはそもそも自分の持つ身体能力や潜在能力を超向上させるポーションだったんだがな。凄え強化アイテムなんだが、効果は一時的だ。でもお前の中に眠る、潜在能力を引き出す大きなきっかけにはなったようだな」
ガウウ!
「わかってるって。ギブンは、老ドワーフだが敵に回すとかなりやっかいな熟練冒険者だからな。あのままじゃきっと、ルキアに勝ち目は無かった。だからお前は、ルキアを助ける為に……仲間を助ける為に覚醒したんだな。そういうのは……あたしは好きだ。あたしだって、ミューリやファム、ギブンの為ならなんだってしてやる」
ガルガルウウウ!!
「ああ、わかってるって言っているだろ!! お前の言葉は解らねえが、気持ちはしっかりと伝わってくるよ。ミューリやファムやギブンは、あたしのかけがえのない仲間だ。だが今は、アテナ達もあたしの仲間だからな。あたしは仲間の為なら、なんだってしてやる」
ガルウウ!!
カルビが、駆けるスピードをあげた。ブレッドの街を出て森に入る。
森に入ると言っても、森の中には真っ直ぐに道があり、そこを駆けている。きっとこの森を出た先に、追いかけている馬車の目的地があるのだろう。
決して見失わないし、逃がさないぞ。あたしは、アテナに頼まれたんだ。アテナは、あの馬車に乗っているクロエ・モレットの事を凄く気にかけていた。
きっと、アテナは何か悪い予感がしていたんだ。だからあたしにクロエ・モレットの事を頼んだ。頼まれたからには、あたしはそれに応えなければならないんだ。
ガルウウウーー!!
「おいっ!! カルビ!! スピードを上げすぎじゃないか!!」
カルビが更に走る速度をあげた。森を抜けようという所で、何者かに矢を射かけられている。複数の矢。森の中に何者かが潜んでいるんだ。
「うおおおっ!! カルビ、森の中に入れ!! 身を隠すんだ!!」
ガルウ!!
ビュンビュンビュンッ
更に飛んでくる矢。ルシエルに比べれば腕も良くないし、狙いもあまいが確実にあたしを狙ってきている。問答無用で矢を射かけてくるって事は……
「はああっ!!」
草木が生い茂る森の中。カルビから飛び降りると、木の陰に身を隠した。カルビに小さくなれと合図を送ると、カルビはまるで空気の抜けた風船のようにフシュルルルルっと小さくなって、もとの子ウルフの大きさに戻った。
それがあまりにも滑稽で、迂闊にも笑いそうになってしまったけれど自分の太腿を抓って笑いを我慢した。戦闘中だからな。
隠れた木から少し顔を出して、ゆっくりと覗き見る。暫く観察していると、森の中を複数人の男が周りをキョロキョロと見回しながら歩いてくるのが見えた。
あの如何にもゴロツキ……盗賊団のようなナリ。あたしに矢を射かけてきたのは、ゴブリンでもケンタウロスでもない。あいつらだ。
きっと森を抜けた先に奴らのアジトがある。こいつらは、クロエ・モレットを連れ去った奴らの仲間。あいつが自分のアジトを守る為に雇った見張りだ。
いきなり矢を射かけてくるところから、クロエを連れ去ったあいつに、アジトに近づく者は全て殺せとでも言われているのだろうと容易に推測できる。もしくは、巨大化したカルビを目にして、魔物が現れたと思って攻撃してきたか。
「出てこいーー、ビーストテイマーのお嬢ちゃん!! 出てきて俺達に大人しく従えば、命だけは助けてやる!! でも出てこないって言うのなら、矢で両足を狙って動けなくしてから、何度も死にたいと思う程の苦痛を味あわせる事になるぞーー!! だから直ぐに出てこい!!」
どうやら奴らは前者であったようだ。大人しく投稿しても、安全の保障はないしする気もない。それにする理由もないのに、どうしてあたしが投降しなければならないのだと思っているんだ。呆れる。
ハーフドワーフであるからか、年齢の割にあたしの背丈はヒュームの子供程度の大きさしかない。だがこういう状況下においては、それも役に立つ。
あたしは身を低くして、少し前傾になると草場を移動した。その間もゴロツキ共は、その辺で隠れて怯えているだろうあたしを想像して大声で呼びかける。
「出てこい!! 早く出てこないと、その分痛い目を合わせる事になるぞ!! 例えば、両足を矢で射抜いた後に鼻か耳を削いでもいい。ヒッヒッヒッヒ。血がドバドバ出るが、人間ってのは不思議だ。それだけじゃ死なねえ! 永遠に苦しむんだ。だから、俺達が笑っている間に出てきた方がいいぞ」
とんでもない奴らだな。普通の少女なら恐怖して屈服し、あのゴロツキ共の前にその身をさらしてしまうだろう。だがそうすれば未来はない。あの手のゴロツキは、きっと獲物を逃がしはしないし慈悲もない。執拗に痛めつけて、奪えるものを徹底的に奪う。
「出てこいーー!! いい加減に出てこないと、怒り出すぞ!! いいかー、10秒だけ待ってやる」
1、2、3、4、5、6人。全部で見張りは6人か――
素早く移動し、草場から草場に移動する。そしてあたしを探しているゴロツキ共の1人に狙いを絞り、その背後に回った。
男の肩をチョンチョンと触る。
「あん? なんだ?」
男がこちらに振り向くと同時に片手で男の首を掴んで、ギュッと締め上げた。ゴキっという骨の折れる音。手を離すと男はドサリとその場に倒れた。
――――残りは、5人。




