第58話 『黒髪の天使』
――――――クラインベルト王国。王都近郊の小さな森。
その森に到着するころには、辺りはすっかり深い闇に包まれていた。だけど頭上を見上げると、晴れ渡った夜空で、空気は澄んでいた。
森までは、月明りを頼りに歩いていく事ができたが、森に到着しその奥を見渡すと、暗闇が広がっていた。
私は、その闇を見ているだけで、まるでそこへ吸い込まれそうな気がして、不安な気持ちになった。
「だだだ……大丈夫でしょうか? こんな所で野宿なんて……いいい……今にも魔物が、ででで……出てきそうです」
「あなた、強いんですってね? 以前、モニカ様の武術のお相手を、仰せつかっていたと聞いていたのだけれど」
「それはーー……そのーー」
私はうつむいた。
モニカ様は、私によく剣の稽古をして下さった。だから、お相手して頂いていたというのは、本当だ。でも、もしもモニカ様が本気をだせば、私なんて簡単にあしらわれている。それ程、腕の差があった。それでも、私は少しでも、モニカ様のお役に立ちたくて、一人で稽古を続けて多少の武術を身に付けた。
そして、モニカ様が王宮にいらっしゃられる間、一緒に武芸の修練を積み、ついに私は棒や槍などの武器ならそれなりに使えるようになった。それが、どれほどかと言うと、技をお見せしたモニカ様が、褒めてくださった程だ。その時の事は、嬉しくて今でも鮮明に覚えている。
「それじゃ、この辺りで、野宿しましょう」
セシリアさんは、森に入ってすぐ野宿できるような、拓けている場所を見つけた。
闇を見回して耳を傾けると、色々な虫の声。なにか獣の鳴き声のようなものも聞こえた。森の中は暗闇が広がっていて怖かった。セシリアさんが自分の荷物から、ごそごそとマッチとカンテラを取り出した。そして、カンテラに火を付けると、周囲を照らし出す事ができたので、少し気持ちが落ち着いた。
シャラララララ…………
「いやあっ!! 蛇!!」
「そういうのは、いいから。それよりも、薪を集めてきてくれる?」
「え? でも、辺りは真っ暗ですよ。何かの声もきこえますし…………」
「じゃあ、あなたは、あなたより遥かにか弱い私に、こんな夜の森の中を、一人で歩いて、薪を集めてこいっていうのかしら?」
「いえ、そんなことは……」
「そう。じゃあ、さっさと行って、薪を集めて来て」
私は、セシリアさんから、カンテラを受け取ると追い払われるかのように、薪を探しに行った。セシリアさんは、一人森の中…………暗闇の中でも大丈夫なのだろうかと思った。私は怖くて震えが止まらない。だが、振り向くとすぐにセシリアさんの辺りに灯がともった。どうやら、カンテラの他に、蝋燭も用意していたようだ。
それに比べて、私はあまり何も用意はしてきていない。替えのメイド服に、下着など。あとは、毛布。タオルとハンカチ。…………よく、汗をかくから。
そう言えば、セシリアさんは荷物もザックを用意している。私のは、ナップサック。
「私は、ほんとに駄目だなあ。もしかしたら、セシリアさんの足を引っ張る事しかできないのかもしれない」
――――キイキイッ!!
「ひいいいい!! なになになに⁉」
ジャイアントバットだった。夜の森は、薄気味悪く、こういった夜行性の魔物も徘徊している。
それから、30分程時間をかけて、薪を拾った。これ位あれば、大丈夫だろう。
セシリアさんが、待っている野営場所に戻ると、驚いた事に、セシリアさんの姿はなかった。いったい、何処へ行ってしまったのだろうか。まさか、魔物に襲われて…………
――――――キイ! キイ!
――――何かの声!
怖い!!!!
何が起こったのか想像すると、恐ろしくなった。どうしよう! 私、一人になったらどうしよう! 私一人の力じゃ、きっとルーニ様を見つけ出せないし、助け出せない。血の気が引いていくのが解った。もう…………だめ…………顔を覆って、その場で膝から崩れた。
「モニカ様…………」
不安で押しつぶされそうになった。でも、一瞬モニカ様の顔を思い出した。初めてモニカ様と出会った記憶を思い出す…………
「あれ? あなたメイドになったんだ? 狐のメイドって、可愛いわ! あれ、そういえば、あなた尻尾が四本もあったっけ? フサフサして可愛い」
「は……はい! え? モ……モニカ様!!」
「ウフフ。そう言えば、獣人って身体能力がヒュームより格段に凄いって言うけれど、本当かしら? 本当なら、私の剣の練習の相手になって欲しいのだけれど?」
「いえ!! そんな! 滅相もありません!! 剣なんて、触ったこともありません!! それに…………わ……私なんか、ぜんぜん弱虫で……臆病で……」
「ちょっと、凄い汗……はい、このハンカチ使って……」
「あ……そんな! わわわ……私ごときに、もったえない! ありがとうございます!」
「ウフフ。じゃあ、私があなたを強くしてあげる。だから、これから暫く、私と一緒に剣の稽古をしない?」
「そんな……私なんて絶対に強くなりません! きっと、モニカ様は私に失望されます!」
「ああ! 絶対っていったーー。じゃあ、私と賭けをしましょう。あなたが、メチャクチャ強くなる方に賭けるわ。あなたは、弱くなる方に賭けるのね」
「ええええ⁉」
「じゃあ、明日から一緒に練習するからね。心配しないで、メイド長には、私が話をつけておくから。それと、武器はこちらで用意するけど、服装はそのままメイド服で来てね。その方が可愛いし、私や他の兵士とかの目の保養になるから。それと、もう一つ、これは絶対にだけれど、あなたは全力で練習しなきゃだめよ。それじゃないと、賭けは成立しないからね」
「え? え?」
「あなたは、絶対強くなるわ。もしあなたが強くなって、私が賭けに勝ったら、私と友達になってね。お互い立場はあるけれど、そこは割愛してくれればいいし。あっ! それと、私の大切な妹達と弟の力になってあげて欲しい。勿論、あなたの可能な範囲でね。ウフフ。じゃあ、また明日、この時間にここでね!」
「モニカ様…………」
――――それから私が、モニカ様の言われたような、強さを身につける事ができたかどうかは、解らない。私が思う私は、相変わらず弱虫で臆病だ。
だけど、モニカ様の為にも自分の為にも、今は一心不乱にルーニ様を探さなくちゃいけない!!
――――――その為には、セシリアさんには、無事でいてもらわないといけない!!
私は、武器にする為にその辺に落ちていた適当な長い棒を拾って、森の中を走った。セシリアさんを探さなきゃ。魔物に襲われたとしても、死んでいるとは、限らない。
――――がむしゃらにセシリアさんを探して走る。すると、森の中、川に出た。
「あ……セシリア……さん…………」
そこに探し求めていた者の姿があった。セシリアさんは、川で水浴びをしていた。月明かりに照らされる、セシリアさんは、透き通るような白い肌をあらわにして水を浴びをしている…………その姿は、綺麗な黒髪を持つ天使に見えた。
「あら? テトラ。薪は、ちゃんと拾ってきたの?」
「セシリアさん、こんな所で、水浴びなんか……私、とても心配して…………」
「臆病なあなたが、そんなに血相変えて探しにきてくれた所を見えると、相当心配してくれたようね。…………ごめんなさい。今、川からあがるわ。服もそうだけれど、身体中が葡萄酒で、ベタベタでお酒臭かったから、もう我慢できなかったの」
私は、一気に力が抜けてその場にへたり込んだ。
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〚下記備考欄〛
〇蛇 種別:動物
テトラの遭遇した蛇は、毒蛇でも魔物でもない蛇。しかも、ちょい小さ目で強暴でもない。
〇ジャイアントバット 種別:魔物
大型の蝙蝠の魔物。飢えていたり興奮していたりすると、人や動物を襲って吸血する。爪でひっかいて攻撃してくる場合もあるが、それ程脅威ではない。鬱蒼とした森や洞窟を好み、夜行性。そう言えば、蝙蝠の赤ちゃんってバナナが好きなんですね。貪ってんのん、かーーわいいーー。
〇カンテラ 種別:アイテム
ブリキと硝子でできた照明で、中に油を入れそれに火を灯して使用する。中には銅製品や銀製品のものもあるが、銀製品の物に関して言えば、もはや使用を目的としたものでは無く、アンティークでありお宝である。
〇薪 種別:アイテム
森や林を歩けば手に入る。枯れてできるだけ水気のないものが良い。またスギなどの枯れ木であれば油分を多く含んでいるため、いい薪になる。
〇蝋燭 種別:アイテム
蝋で作った灯り。夜中に読書したり、何か作業をしたりする時になど重宝する。カンテラよりも安価なので、あまり裕福ではない生活をしている人達の間では人気。
〇メイド服 種別:服
テトラやセシリアが来ているクラインベルト王国の王宮メイド服。とても可愛らしいデザインで思わず萌え萌えキュンって言ってしまいようになるが、料理に掃除、何かの修理など普段のメイドの仕事に適用できるように動きやすく、丈夫に作られている。スカートの丈も長くロングスカートで、意外と戦闘にも適しているかもしれない。




