第579話 『ノエルとカルビ その1』 (▼ノエルpart)
クロエ・モレットっていうらしい。
ブレッドの街の外れ、トニオ・グラシアーノの屋敷で起きた事件――あたしとルシエルは、ミャオやクウやシェリーを、鰐の化物から助け出す事ができた。だがミャオとシェリーは怪我を負ってしまった。
エスカルテの街のギルドマスター、バーン・グラッドという男が、その鰐の化物をどうにかしようとわざわざこのブレッドの街までやってきて、鰐が封印されているというトニオ・グラシアーノの持つ仮面を回収しようとしている。だがトニオ・グラシアーノは既に仮面に取り付かれていて戦う羽目になった。
結果、鰐にも逃げられて、バーンと共にいた数人の冒険者は、殺されてしまうという悲惨な結果となった。
それからバーン・グラッドは、鰐の化物の捜索でブレッドの街を調べて回っている。既に何人も死者が出ているし当然の事だ。
アテナ達はこの事を知らなかったので、キャンプから戻ってきて驚いていた。そして負傷したミャオとシェリーの様子を見に宿へ直行した。
アテナはこのブレッドの街で知り合って、一緒にキャンプへ連れて行っていた目の不自由な少女、クロエ・モレットをうちまで送りたかったようだけど、ミャオ達の事を聞いて血相を変えた。だからクロエの事は、コナリーというこの街で喫茶店経営をしている老人に頼んだ。
アテナは宿について、ミャオとシェリーが休む部屋に向かう所であたしと会った。そして言ったんだ。
クロエ・モレットについての話と、彼女の事が気になると。なんとなくなくだけど、クロエの母親やその母親といる、如何にも素行の悪そうなフランクという男が気になると。
「ノエル、頼みがあるんだけど。お願いできないかな?」
「言ってみろ」
「このブレッドの街に住む、クロエ・モレットという目の見えない女の子の事が心配なの。ミャオとシェリーの怪我の様子を見て、回復魔法で治療できる所までしたら後を追いかけるから、先に行ってちょっと彼女を見ていてくれないかな?」
「は? そのクロエって子は家に帰ったんだろ? じゃあ別に安心じゃないのか?」
アテナは、複雑な表情をして俯いた。なるほど、何か安心できない事情があるわけか。
「解った。行って見てきてやる」
「ありがとうノエル! 私も後で駆け付けるから!」
「フン」
クロエ・モレットの家の詳しい位置を聞くとあたしは宿を出て、そこへ向かった。すると後ろから足音が近づいてくる。振り向くと、カルビがついてきていた。
「そう言えば、お前もあれか。その盲目の少女と友達だったらしいな。ついてくるか?」
ガルウッ
カルビと一緒にクロエ・モレットの家に急ぐ。近くまでくると、家の外に馬車が停車しているのが見える。その周りには御者と思しき者が一人と……随分とガラの悪いゴロツキのような奴らが数人いる。
「ははは、アテナの直感も大したものだ。これは、何やら只事じゃない予感がするな。アテナの話では、クロエという少女は、このブレッドの街に住むごくごく普通の町娘。少し他と違うと言えば、目が見えないという事だけ……カルビ、お前はクロエの事を知っているんだろ? どうだ、あんなゴロツキ共と友好関係を結んでいるような女の子に見えたか?」
ウーーーー
……ガルウ!!
「やっぱりな。そうだろう。こういう時にファムがいてくれればな。得意の風の探知魔法で、家の中の様子なんかも少し解るんだけどな。とりあえず、見つからないように家に近づいて、クロエがいるのかどうか……奴らが何者なのか状況を掴む必要があるな」
物陰に隠れてクロエの家をじっと見て観察する。1階に窓がある。窓は路地の方に面していて光が漏れ出している。
って事はつまりクロエ・モレットとなんだか行儀の悪そうなお客さんは、1階のあの部屋にいる可能性が高いって訳だ。
――よしっ。
「カルビ、ついてこい。幸いゴロツキ共は、家の正面に集まっているからな。素早く隠れながらクロエの家の方へ移動して、あの窓がある路地に入るぞ。そこから部屋の中が覗き込めるはずだ」
ガルウッ
家の中で何が起こっているのか……経験上あんなゴロツキ共は、悪人に違いないだろうが、一応どういう理由でクロエ・モレットの家にやってきているのか把握しておかなければならない。
「よし、行くぞ。向こうの家まで一気に素早く駆けて、物陰からクロエ・モレットの家に近づく。そして路地の方へ入り込む」
カルビの身体をポンっと触って合図を送ろうとした。しかし、手をカルビの方へ出したのに何もない。変に思って振り返ると、今まで隣にいたのにカルビの姿は消えていた。
「え? どういうことだ? カルビ、どこ行った?」
クロエの家の方へ、目を奪われていたと言っても全く気付かなかった。周囲をキョロキョロと見回してカルビを探す。
――――嘘だろ!?
カルビを見つけた。
カルビは、あたしが色々と思考している間にクロエの家の方へ忍び寄っている。しかももうあたしが言って指した窓に張り付いて、中の様子を覗き込んで見ていた。
な、なんて奴だ。しかし確かにカルビなら、パッと見つかったとしても、ゴロツキ共にしたら街をうろついている単なる野良犬程度にしか思われないだろう。
「まったく……あたしを置いて行くなよな」
あたしもササッと素早く移動し、ゴロツキ共の目を掻い潜って、なんとかクロエの家の方まで移動した。路地に入ると窓から光。その窓にカルビが張り付いている。
ワウ。
「ワ、ワウじゃねえ。あたしを置いていくなっ」
クロエ・モレットの家。窓まで近づくと、カルビを少し押しのけて一緒に中を覗き込んだ。




