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第578話 『心の中 その2』



 もう一度身体を動かそうと試みたけど、まったく動かせない。わたしの身体は拘束具によってしっかりと鉄の椅子に固定されていた。


 ゲース・ボステッドに針で太腿を刺された場所、折られた左手の小指、殴られた顔がとても痛くて熱を持っている感じがした。


 わたしは、ここであの男に何日も何カ月も……ひょっとしたら何年も長い時間をかけてじわじわと殺される。拷問の限りを尽くされていたぶり殺される。


 わたしがいくら許しを願っても、絶対的服従を示しても、あの男の目的がわたしの身体の破壊と悲鳴である限り、余計に喜ばせるだけ。もう……未来はない。


 わたしは自分の心の中の奥深くにある、黒い塊に意識を集中して願った。



「ヴァサルゴ!!」


(おう、なんだいお嬢ちゃん)


「あなた、悪魔なんでしょ? わたしの心に巣くうわたしの作り出した悪魔」


(いや、そりゃ違うな)


「違う? どうして? わたしは両目が見えず、いつも自分の部屋で過ごしていた。両親にも重荷に感じられ、ついにはあの悪魔のような男にわたしは売られた。その絶望の中で産まれた、わたしのもう一つの心じゃないの?」


(だから違うっつってんだろーが! 俺は悪魔ヴァサルゴ様だ。お嬢ちゃんが俺を作ったあ? 違うね。俺はもっと遥か何千年も昔、(いにしえ)の時代から存在していた大悪魔だ。お嬢ちゃんのようなちんけな、なんの力もないガキが作り出せる訳がないだろうがよ。自惚れんなよな)


「ち、ちんけって……」



 急に不思議に思った。普通なら、こんな場所に閉じ込められてあの悪魔のような男に拷問をされて生きていく。それだけで、気が狂いおかしくなってしまいそうなのに――意外な事に、まだわたしは正常に意識を保っていた。それはきっと、悪魔……ヴァサルゴと会話しているお陰。


 こんな状態で……一人でいる事よりも、邪悪な者であったとしても誰かと話せるというのは、まともでい続ける為に必要な事だった。



「ヴァサルゴ……」


(なんだい、お嬢ちゃん?)


「じゃあ、整理するとあなたは、わたしの作り出した想像物でなくて、何千年も昔から存在する大悪魔なのね?」


(そうだぜー。俺様は、大悪魔さ。すげーだろ?)


「そんな大悪魔がなぜ、わたしの中にいるの? 今まで生きてきて、身体の中に感じた事は一度としてなかったわ」



 言って、はっとした。わたしには目で見る事はできないけれど、今いる拷問部屋の悍ましさは臭いや雰囲気で感じる。


 だからこの部屋であの悪魔のような男に、きっと何人ものわたしみたいな子が、拷問の末に殺されている事が解る。だとしたら、この部屋は絶望と怨念が詰まっていっぱいになった部屋。もしかしてヴァサルゴはこの部屋で……



(違うってー。もっと引き延ばして、お嬢ちゃんとの会話を楽しんでもいいんだがな。このまま長々と会話を続けてあの子爵が戻ってきて、お嬢ちゃんに対して拷問を再開したら会話どころじゃなくなっちまうからな。だから早々に俺様の正体を言ってしまうと、俺はお嬢ちゃんがブレッドの街の近くの泉でキャンプをしていた時に、取り付かせてもらった悪魔だよ。思い出したか?)


「キャ、キャンプ!?


 泉でキャンプって……もしかして!



「もしかしてあの魔物……アテナさん達が言っていた鰐の魔物があなただったの? でもあの魔物は水蛇(すいじゃ)に食べられちゃったんじゃ……」


(ギャハハハ。だいたいあっているが、少し違うなあ。確かにあの時に、水蛇に喰われかけた時に俺はそこにいた、何とも住み心地抜群の優良物件を見つけてそこへ逃げ込んだって訳さ。なんとも絶望に塗られた少女で、悪魔が取り付くには申し分なかった。それがお嬢ちゃんだぜ。水蛇っていうのはな、魔物ではなく水の精霊なんだぜ。精霊っていうのは天使と同じく、俺達悪魔の天敵だ。だから、焦ったぜ。まあそんな訳であの時に、俺はお嬢ちゃんの身体の中へ咄嗟に入って住み着いたって訳さ)


「で、でも確かに……食べられたはず……」


(あーーあーー、アレね。水蛇が喰ったあの大きな鰐の化物は俺じゃない。俺の正体は鰐の姿をした悪魔だが……あいつは、俺がトニオ・グラシアーノの身体を支配していた時に殺した冒険者の死体を媒体にして、召喚したバリオニクスという戦闘力と機動力が極めて高い鰐の魔物さ)



 トニオ・グラシアーノ? その人は知っている。ブレッドの街の外れで屋敷を建てて住んでいる商人。



(トニオ・グラシアーノも実に住みよい物件だったぜ。ギャハハハ! 俺は悪魔だからな。絶望や恐怖、怒りなんて感情は大好物なんだよ。何度も言うが、もちろんお嬢ちゃんもかーなーりーの優良物件だぜ)


「ヴァサルゴ、あなたに頼みたい事があるの。わたしの身体をあなたにあげるから……」


(わたしを助けてってか? それは今は無理だ。お嬢ちゃんの身体を俺が乗っ取れば、もちろん可能だがそれにはまだ時間が必要だぜ)


「わたしは、こんな恐ろしい思いをして自分を保っていられる自信がないわ。もう一度あの悪魔のような男がこの部屋へ入ってきて、拷問を再開したらきっとおかしくなって何度も殺して欲しいって思うはずよ。だから、ヴァサルゴ。わたしの身体を今すぐ乗っ取る事が出来なければ、わたしを今すぐ殺して!! あの男が戻ってくる前に殺してちょうだい!!」


(だからそれもダーメだって。乗っ取れば自害もできるが、乗っ取るのには時間がかかる。だから、祈れ。俺がお前の身体を乗っ取るのが先か、あいつがこの拷問部屋に戻って来るのが先かってな。ギャハハハ。でも間に合わなければ間に合わなければで、俺にとっては美味しいんだぜ。なんせ拷問が始まればお嬢ちゃんの、とんでもなく甘美な絶望や恐怖を味わえるんだからよ。ギャハハー)



 わたしの心の中に巣くう悪魔に、悪魔のような男。


 舌を噛んでも、それで死に切れる自信もない。わたしに残された道は、わたしの身体をヴァサルゴに差し出してここから逃げ出してもらうこと。


 結果、そのままわたしの身体がヴァサルゴのものになってしまっても、この地獄から抜け出せるのならかまわないと思った。


 だけど……だけど、グーレスやアテナさん達と楽しんだあの泉でのキャンプの事が、どうしても忘れられなかった。もっとアテナさん達と、キャンプとかそういうのを楽しんでみたい。


 とても楽しかったから……


 閉ざされた自分の部屋だけでなく、わたしももっと色々なものを聞いて感じて触れてみたいと思った。

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