第576話 『悪趣味 その2』
男は上機嫌だった。鼻歌を歌いながらも持ってきた何かを、わたしの横で並べてガチャガチャと音を立てていた。
これから何が起こるのか想像すると、歯がガチガチと音を立てて身体が震えあがった。男にはわたしのその様子が伝わっているはずなのに、特に何も気にしている様子は無い。
「たたた、助けてください!! なんでもします!! なんでもしますから、助けてください!!」
「何を言っている。クロエ、君はもうワタシが買ったんだよ。大金を君の母親に支払って、正式に買ったんだよ。それなのに助けるというのは、どういう了見なんだ? 君を生んだお母さんから君を正式に買った訳だし、代金も支払い済みだ。クロエ、君はもうワタシのものだ。ワタシが自分のものに何をしようと、ワタシの勝手だとは思わないか?」
「そ、それじゃ殺してください! わたしを直ぐに殺して!!」
「ほう、これは驚いた!! ここへ来る少女は皆、泣き叫んでいい絶望の歌声を聞かせてくれた。そして死にたくないー、死にたくないーって歌う。だがそれも、徐々に自分を失っていくにつれ殺してくれと懇願する。歌に例えたが、丁度サビに入るとそんな感じだろうか。ブフェッヘッ。しかしーー、来た直後に殺してくれという者は初めて見たな。やはりクロエ、君は逸材だ」
「あ、あなたは誰なんですか?」
「ワタシかね。それは……まあいいだろう。クロエ、君の事は凄く気に入ってしまった。きっとワタシはクロエ、君の身体の血の一滴も残らず絞りつくす程に堪能してしまうだろう。だからクロエ、君は二度と生きてこの部屋から外へは出られない。ならば、名前くらいは教えてやってもいいと思える。ワタシの名はゲース・ボステッド。クラインベルト王国、ブレッドの街を含め、この辺りの領地を治めている領主だよ。驚いたかね、ブヘヘヘ」
りょ、領主様!? そんな領主様がなぜこんなひどい事を……
「なぜ、領主がこんな酷いことをと思っているだろう。でもね、コインにも必ず表裏があるように、人間にも表と裏があるんだよ。当然ワタシの表の顔は、この領土を治めている者としてセシル・クラインベルト陛下に忠誠を尽くす立派な領主であり、子爵としての姿。そして裏の顔はクロエ、君にはもはやご存じこの姿だ。ワタシは、少女の苦しみ悶える姿に極めて興奮をする性癖をもっていてな。それを解消せんと、公務に支障をきたす可能性を否定できないのだ。だからこの国の為にも、クロエ、君のような幼気な少女の犠牲が必要なのだ。ブッヘッヘ」
く、狂っている。狂っていると思った。刹那、太腿に激痛が走った。
「ぎゃああ!! い、痛い!!」
「おいおい、この位で……単なる小さな針で、太腿を刺しただけだぞ。これ位でそんなに騒いでいたらどうするんだ? これから生爪をはいだり、皮を剥いだり、腕や足をすこーしずつ鋸で引いたりとまだまだ色々とやる事は待っているんだぞ?」
「ななな、なんでこんな事をするんですか!? やめて!! やめてください!!」
「クロエ、君こそ何を言っている。言っただろ、これはワタシの欲望を満たす、ストレス解消方なんだよ。クロエ、君のお陰でワタシの心は、平穏に保たれるのだ。ブヘヘヘ。それ、もう一本!」
また別の場所に痛みを感じた。針で身体を刺されている。
「ぎゃああああ!! おお、お手洗い!! お手洗いに行かせてください!! お願い!!」
「パターンだな。皆、そう言って逃げ出そうと考える。だが、こうなってしまったら無駄だ。クロエ、君の座っている鉄の椅子は特別製だ。今、尻を置いている場所の中心に穴が空いているだろう? どうせ指を折っていく所で皆、失禁するから改良したんだよ。それにその穴は拷問にも使えるからな。ブッヘッヘ」
「いやあああ!! ぎゃああああ!!」
「そうだ、その顔だ。いいぞクロエ。最高だ、ブヘヘヘ。いいぞ、いいぞー。これは本当に素晴らしい買い物をしたよ。クロエ、君の事は凄く気にいったからね、これから毎日可愛がってやろう。少なくとも一年は絶対に死なないようにして、拷問を繰り返す。飽きたら売り払ってもいいと思うが……その頃には、両手両足――耳に鼻に舌、その役立たずの両目もくり抜いて無くなっているだろうからね。買い手がつくかは難しいだろう。まあそうなれば逃げ出す事も、もう何をする事もできんから、ペットとして飼うかうちの番犬の餌だな。ブへへ」
ボギィッ!!
「ぎゃああああ!!」
左手の小指を折られた。も、もう駄目……もう……
意識が飛びそうになると、頭から冷たい水をかけられた。だけど、痛みと恐怖でもう意識を正常に保ってはいられなかった。わたしの頭の中は、わたしを裏切ったお母さんへの怒りよりも、この絶望の世界から助けほしいという悲痛の叫びだけだった。
グーレス……アテナさん……ルキア……マリンさん……ルンちゃん……
助けて!! グーレス、わたしを助けて!! こんな酷いことに耐え続ける自信なんてない。でもここからも逃げ出せない。誰か――
指を折られた後、ゲース・ボステッドはわたしの胸に自分の顔を押し当てると暫くじっとする。わたしの心音を聞いているのか、それともただただ胸に顔を押し当てていたいのか。
それからゲースは、急に豹変してわたしの顔を何度も殴った。
殴られいたぶられる最中、わたしは何度もグーレスやアテナさんの事を思い出して何とか耐えようとしたけれど、やがて意識を失ってしまった。




