第573話 『チェルシーとフランク』
わたしは着ている服を脱がされて、その場に立たされていた。なぜ、このような事になってしまっているのか、理解ができない。
「下着も脱げ、全部だよ。全部脱いでみろ。ノロノロすんな、早くしろ!」
フランクさんの声は、命令するような口調でとても怖かった。わたしのいるこのリビングには、わたしとお母さんとフランクさんの他にもう一人、初めて聞く声の男の人がいる。
「早く脱げってんだよ、それくらいいくら馬鹿でも解んだろー? スッポンポンになって身体の隅々までお見せするんだよ!! ああっ、早くしねえと俺が無理やりひん剥くぞ!!」
フランクさんはそう言って、わたしの長い髪の毛を鷲掴みにして引っ張った。
「ひいいっ!! い、痛い!! お母さん、お母さん!! 助けて!!」
お母さんに助けを求めた。だけど、お母さんがわたしに対して言った言葉は、とても助けを求める娘に対して言うような言葉ではなかった。
「クロエ!! フランクの言ったように早く下着も脱いでしまいなさい! それが今後のあなたの為になるのだから!! フランクとこの方が、全部上手く取り計らってくれて全てが上手くいくのよ!! だから、早くしなさい! 裸になる位、簡単な事でしょ!」
簡単ではなかった。わたしだって恥じらいはある。フランクさんに裸を見られるなんて嫌だし、今まで会った事もない男の人にだって……耐えられない。怖いし……気持ち悪い……
「フーー、フランク。ワタシも忙しい身でありながら、わーざわーざ時間を作ってまで、ここに来たんだよ。君がいい子がいるっていうからねえ。確かに見た目は、とびきりに可愛いし……目が見えないっていうの逆にもそそるねー。ブヒャヒャ。しかしちょっとあれじゃないか、積極性にかけてないかね。聞いていた話じゃ、犬猫のように縋ってすり寄ってくるという話だったではないか」
「いやー、旦那! そうなんですがね、ちょっと今日は調子がよくねえようでして! いつもは、もっと言う事を聞くんですがねー、へへへ。ちょっと待ってくださいね、すぐに聞き分けよくしますんで!!」
犬猫のようにすり寄る? 聞き分け? それっていったいなんの事!?
「クロエーー!! ってめえ、旦那の前でこの俺に恥をかかせる気か!!
バシィッ!!
「きゃああッ!!」
顔を平手打ちされた。わたしの細い身体は、その衝撃でふわりと浮いて大きく部屋の壁に打ち付けられた。痛み。
なぜ、こんな事をするのか、まったく理解ができない。お母さんは? お母さんはわたしがこんな事になっているのに、助けてはくれない?
「フランク!! ちょっと、ぶつのはやめて!!」
「ああ、チェルシー。解ってるって。すまねえ、俺の悪い癖だわ。少しカッとなっちまった。誰だって、そういう時あんだろ? カッとなって手がでちまう事なんてな、へへへ」
「と、兎に角、娘には手をあげないで。それに傷をつけてもいいものなの?」
お母さんの言葉に口を噤むフランクさん。すると、もう一人の男が言った。
「ブッヒャッヒャ。そうだぞ、フランク。傷物にしちゃいかん。それにもうこの娘はもう逆らっては、いかんと十分に解っただろう。なあ、クロエ。おじさんが笑っている間に、下着を脱いで裸になった方がいいと思うが、どうする? 私も忙しい身でな、拒むのはかまわんが、どんどん事態は悪くなるぞ。ブッヒャッヒャ」
フランクさんの舌打ち。わたしは、恐怖に震えながらも身に着けていた下着も脱いだ。気持ち悪い笑い方をする男が言う。
「そう、それでいいぞ、ブへへ。だが手で身体を隠すな。足も肩幅に開き、両手は普通に下げて立つんだ。全てをワタシに見せるんだ。とても簡単な事だ、できるな?」
気持ち悪い、怖い、気持ち悪い、怖い、気持ち悪い、怖い!! お母さんは助けてくれない。わたしが会った事もないこんな気持ち悪く、恐ろしい男の人に好きにされているのに……それをすぐ目の前で見ているはずなのに助けてもくれない。
助けて……助けてグーレス! 助けてアテナさん!!
「クロエ!! 早くしろ!! 旦那の気が変わる前に言われた事をしろ! 服従するんだ!! これはお前とチェルシーの為でもあるんだぞ!!」
「うっ……」
わたしは泣きながらもフランクさんと男のいう事に従ってみせた。すると、気持ちの悪い男が声をあげる。
「おおー。なるほどなるほど。身体は痩せ細ってあばら骨も浮き出ておるが、肌は雪のように白い。ふーむ、目は完全に見えないんだな」
「はい、旦那! この少女は全く目が見えやしねーですぜ。旦那がこの少女に何をしようと、この少女は何もわかりやせん! ただ感じるだけですぜ。へへ」
「おーおー。ただ感じるだけか、それはいい。ブヒャヒャ!! それ、気に入ったわ! よし、今日からだ、今日からにしよう! このままこのクロエを連れて行く事にしよう!!」
連れて行く? 何処へ?
ガサガサという音がしたかと思うと、何かずっしりとした重い、ジャラっとした金属の重なる音がテーブルの上にした。この音は硬貨の音。きっと、大金の入った袋が置かれた音だと解った。そして直ぐにお母さんの歓喜する声。
「ええ! こんなに頂けるのですか!?」
「ブへへへ!! 美少女だし、華奢なのもワタシの好みだ。盲目だという所も、実は気にいっておる。後で屋敷に連れ帰り、この目の見えぬ幼気な少女にどんなプレイを……おっと、すまんな。流石に母親にすべき話ではないな。兎に角、ワタシは気に入った。まずは十分な額の手付金だ。そして店に回して客を取る様になったら、更にここへ金を届けさせよう。これが契約書だ」
「ええ!? こんな額を!! ありがとうございます、ありがとうございます!」
「なあ、言ったろチェルシー。このお方はな、お前と娘を救ってくださるってな! これで生活費……っていうか暫く遊んで暮らせるぜ。それにゆくゆくは、クロエの目だって治してくれるっていうしな。マジでありがてー話だぜ」
「なんて感謝すればいいのかしら、ありがとうございます」
「ただ、クロエにも頑張ってもらわなきゃならねえ。大金を稼いで、自分の目まで治すとなったらそれなりの代償も必要だ。だが不可能じゃねえ。クロエならやってくれるぜ、な、おい!」
「フランクの言う通りだわ。ありがとうフランク!」
お母さんもフランクさんも何を言っているのだろうと思った。
少し考えて、ようやくわたしは悟った。お母さんはフランクさんに騙されて、わたしをこの気持ちの悪い人に売ったのだと――――
裸にされて羞恥心でいっぱいだった心が、絶望へと変色していく。もしも時間を巻き戻せるなら、グーレスやアテナさん達と、あの泉でキャンプする直前に戻りたいと思った。
あの心躍る楽しいだけの思いで溢れていた昨日へ。




