第572話 『街での事件と予期せぬお客様』
ブレッドの街へ戻ると、街は大騒ぎになっていた。
街中はどこも、自警団や冒険者ギルドから派遣された冒険者の人達があちらこちらをうろうろしていて、とても物々しい雰囲気になっている。
アテナさんとコナリーさんが、街で何があったのか自警団に聞きに行く。そして戻って来ると、アテナさんは慌てた様子で何があったのか、わたしやマリンさんやルキアに説明してくれた。
わたし達がキャンプに行っている間に、事件があった。アテナさん達と一緒にこの街に商売で来ていたお友達が、魔物に襲われて怪我をしたのだ。
しかも恐ろしい鰐の姿をした魔物だったみたいで、冒険者が何人かその鰐の魔物に殺されてしまったらしい。あの泉でわたしに語り掛けてきた鰐の魔物。あれの事だと思って、はっとした。
コナリーさんが言った。
「アテナちゃん達は、直ぐにその仲間のもとへ行って様子を見てきた方がいい。私は、クロエちゃんを家に送り届ける」
「お願いできますか?」
「勿論だとも。御近所様だしね。それよりも、直ぐに行った方がいい」
「ありがとうございます、コナリーさん。それじゃクロエ、一緒にうちまで送ってあげたかったけど、仲間が心配だから先に行ってみてくるね」
「あ、あの!」
「うん、なに?」
「も、もしかして、こ、このままアテナさん達とお別れになりますか? 今日、この街を出ていく予定なんですよね?」
また一人であの部屋に籠る生活。アテナさんの仲間が、怪我をしているっていうのに、わたしはわたしの事しか考えていなかった。そんな自分に嫌悪してしまうけど、アテナさんやルキアやマリンさん、そしてグーレスを失いたくなかった。もっと皆と一緒にいたい。
「うん。今日街を出るつもりだけど、仲間が怪我したみたいだから様子を見てからだね。街で騒ぎになっている魔物も気になるし……恐らく、泉でマリンと水蛇がやっつけた、バリオニクスって魔物がその例の鰐の魔物だとは思う。だけど、それをちゃんと確認した上で、この街に危険が無いって解ったら旅立つつもりだよ」
「そ、そうですか……」
「勿論、黙って行ったりはしないから。ちゃんと、クロエにもう一度会って、ちゃんとお別れを言ってから行くから大丈夫だよ。とりあえず騒ぎになっているから、クロエも一度うちに戻った方がいいんじゃないかな。お母さんもきっと心配しているからね」
「は、はい……」
明らかに沈んでいるのを察して、ルキアやマリンさんも声をかけてくれた。グーレスもわたしの足に身体をこすりつける。
「私も後でクロエに会いに行きますから。だからまた後で会いましょう」
「はい……」
「ボクも行くよ。君の目の事……下手に期待させるのは良くない事だけど、希望自体を持つ事は悪い事ではないと思う。断言はできないけれど、目を治療する魔法はボクはあると思うし。この街で知り合ったのも何かの縁だし、君がそういう話に興味があるようならまた今度話してあげるよ」
「ありがとうございます、マリンさん」
ワウワウ……
「グーレス……ありがとう。わたしもグーレスが大好き」
グーレスがわたしから離れると、今度は小さな手がわたしの手を握る。
「じゃあまたねクロエ。また一緒に遊ぼうね」
「うん、また遊ぼうルンちゃん」
「それじゃあ、お母さんも心配しているだろうし――行こうか、クロエちゃん」
「はい、お願いしますコナリーさん」
わたしはアテナさん達と一旦別れると、コナリーさんと手を繋いで自分の家に向かった。
……アテナさんの仲間……皆、無事だといいなと思う。だけど……特に何も問題が無ければアテナさん達は、今日にもこの街を旅立ってしまう。旅を重ねている冒険者だから……
何が正しくて、どうしていいのか解らない。グーレスだけでも、わたしの傍にいてくれたら寂しくはないのに――
家に帰るまでの間、コナリーさんがわたしを気遣って何か話しかけてくれていたが、わたしは返事をするだけで、まるで抜け殻のようになってしまっていた。もし叶うなら、また泉でしたキャンプ直前に戻りたい。
家に帰ると、お母さんが声を張り上げてこちらに駆けてくると、そのままわたしに抱き着いた。
「クロエ――!! あなた……心配したのよ!! 今、ブレッドの街には魔物がいて、それを退治しようとした冒険者が何人か殺されたっていうから……泉まで迎えに行こうとしたんだけど……帰ってきて良かった」
「冒険者のアテナさんや、マリンさんもずっと一緒だったし、コナリーさんも一緒だったから何も心配なかったわ」
「それじゃチェルシー。私も家に戻るよ。また良かったら、うちの店にクロエちゃんと一緒に来てくれ。美味しい珈琲とケーキを御馳走するから。テレサも会いたがっているしね」
「コナリーさん、ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます」
「それじゃ、クロエちゃん」
「ありがとうございました、コナリーさん」
こうしてわたしの人生初めてのキャンプは終わった。お母さんは、わたしの手を引いてうちの中へと入る。
「本当に心配したのよ、クロエ」
「うん……心配かけてごめんなさい」
「もういいわ。行って良いって言ったのは私だし。こうして無事に戻ってきてくれただけでも良かった」
お母さんはフランクさんと知り合ってから、変わってしまった。だけど、やっぱりお母さんはわたしの事を、心の底では大切に思っていてくれているのだなと思った。
だけど家に入りリビングに行くと、何かゾっとする感じがした。悪寒のようなもの。
「さあさあさあ、とりあえず椅子に座りなさい。あなたが今日帰るのを、心待ちにして待っていたお客様よ。ちゃんと、失礼の無いようにご挨拶して」
え? お客様?
何か悪寒を感じた理由が解った。リビングには、わたしとお母さんの他に何人か人がいる。そしてその一人が口を開いた。
「ようやく帰ってきやがったか、クロエ。お前が帰るのを首を長くして待っていたんだぞ。ああ、解ってんのか?」
「ブッヒャッヒャ、まあまあフランク君。こうして帰ってきたんだし、詳しい話もまだ聞かされていないんだろ? もう少し優しく気遣った言い方をしてやりなさい。ブヒャ」
フランクさん……それに誰かは解らないけれど、男の人の声がした。
誰か来るなんて聞かされていない? それに、とても嫌な感じがする。
これから何が起こるのか必至になって頭を巡らせたが、混乱して何がなんだかもう何も解らなくなってしまっていた。




