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第571話 『泉』



 草むらから泉の方へ行きそこで座り、暫く佇んでいると後ろからアテナさんの声がした。



「終わった?」


「はい……」


「それじゃ、皆のいるキャンプへ戻ろうか?」


「…………」



 手を泉へ伸ばして、水に触れようとしたその時だった。目の前で水が舞い上がった。


 バシャアアッ!!


 水蛇(すいじゃ)⁉ でも直ぐにそれとは違うと思った。水蛇のその大きな気配と迫力に、最初は恐ろしいって思ってしまったけど、なんて言うか……優しさのようなものも感じていた。


 だけど今は、恐怖しか感じない。わたしには見えないけれど、わたしの直ぐ目の前にいる何かは、とても異質な気を放ち禍々しさも感じる。



「クロエ! さがって!」



 アテナさんの声。こちらに駆けてくる。でもわたしはその恐ろしいもと直面しているのに、まるで金縛りにでもあったかのように、なぜか全く足が動かずこの場から逃げ出す事ができなかった。


 そして目の前にいるだろうそれは、口で喋るのではなく直接わたしの心に語り掛けてきた。



(盲目の少女……)


「だ、誰⁉ 誰なのあなた?」


(盲目の少女よ……絶望の中で溺れる少女よ……俺にその身体を捧げよ。そうすれば絶望の淵から、この偉大なる俺様がお前を救ってやる。身体を俺にゆだねるのだ)


「な、なに⁉ いったい!!」



 心に直接語り掛けてくる、禍々しい何かに言ったつもりだった。


 わたしの心に直接語りかけてくる言葉は、アテナさんには聞こえていない。だけど、目の前に突如現れたその禍々しい何かは、私には見えないけれどアテナさんには見えている。



「サヒュアッグ……リザードマン? ううん、鰐の魔物よ。リザードマンのように二足歩行の人型の魔物で、手に矛を持っている!!」


「わ……ワニ⁉」


 バシャアアア!!



 うそ!? もしかして、わたしに直接話しかけていたものの正体……それが鰐の魔物だなんて。

 

 水の音。手に矛を持った人型の鰐の魔物は、泉から飛び出しわたしに迫ってくる気配がした。



(盲目の少女……そうか、お前の名前はクロエというのか。クロエ・モレット。クロエ、こっちにこい。そして俺の為にその身体を差し出すのだ。なに、至極簡単な事だ。ギャハハ……)



 掴まれる。そう思った。そこで、金属音が鳴り響いた。何度もするそれを聞いて、アテナさんがその鰐の魔物と剣で打ち合っているのだと解った。



(クロエ……この仮面を受け取れ。絶望に溺れるお前に俺が力をくれてやろう。圧倒的な力だ。だから俺と一体になるのだ)



 仮面? 一体になるって? 


 わたしの腕をアテナの手が掴んだ。そして、後ろへ引っ張られると同時に、鰐の魔物がいる方へ駆け抜けるアテナを感じた。また連続する金属音。



「させない!! クロエには近づかせない!! あなたは、大人しく泉へ戻りなさい!!」


 ギャアアア!!


「クロエ!! 大丈夫? 助けにきました!!」


「アテナ、ボクに任せて! 魔物はボクが、倒す。《貫通水圧射撃(アクアレーザー)!!》



 ルキアに、マリンさんの魔法詠唱をする声。それから鰐の魔物の叫び声がしたと思うと、更に泉の方から大きな水飛沫がした。そして鰐の魔物よりも大きな雄叫びと共に、大量の水が空から降ってきてわたし達を包み込んだ。それは急に降り出した、豪雨のよう。


 いったい何が起こっているのか――アテナさんに聞いた。



「い、いったい何がどうなっているんですか? アテナさん」


「えっと……水蛇が泉から出てきて、鰐の魔物を食べちゃった」


「え? それじゃ……やっつけたって事ですか」


「うーーん、どうだろう? マリンはどう思う?」


「ボクの放った貫通水圧射撃(アクアレーザー)は、バリオニクスの肩の辺りを貫いた。そこでいきなり泉から現れた水蛇に、バリオニクスは丸飲みにされた……ようには、見えたけれど見えただけで、その(じつ)逃げられてしまったかもしれないね」



 ルキアが首をかしげる。



「バ……バリオニクスって何ですか?」


「バリオニクスっていうのは、端的に言うと鰐系の魔物だよ。とても狂暴で恐ろしい危険な魔物なんだ」



 バリオニクス……そんな魔物の名前をわたしも全く聞いた事がない。あんなのがブレッドの街からも近いこの泉に生息している魔物だとしたら、大騒ぎになって冒険者ギルドの人達が沢山やってきて騒動になってそうだけど……今までに、そんな話は聞いた事がない。


 ベテラン冒険者のアテナさんでさえ、そんな魔物を知らなかったようだ。



「バリオニクスなんて魔物、聞いた事がないわ。そもそもクラインベルト王国に生息している魔物じゃないんじゃない?」


「そうだね。バリオニクスは、クラインベルト王国には生息していない魔物だと思うよ。だけど凶暴で強靭なバリオニクスを、自分の使い魔にしているという者も過去にはいたそうだ」



 使い魔っていうと、グーレス。でもバリオニクスという魔物は恐ろしかったけど、グーレスはモフモフでとっても可愛らしい。使い魔って言っても色々あるのだなと思った。



「使い魔……例えばだけど、何処かに主がいるか、いたけど主を失って彷徨っているバリオニクスという線も考えられるという訳ね」


「ふむ、そうだね。だけど他にも考えられる事はあるよ。例えば召喚魔法。何者かが、バリオニクスを召喚したという風なね」



 マリンの話を聞いてまた唸るアテナさん。すると、泉の方からバシャバシャと水音がしてきた。バリオニクスをやっつけた水蛇が泉に帰ったのだと思った。


 わたしは助けてくれたアテナさん達と水蛇さんにお礼を言うと、心配して待っているだろうコナリーさんとルンちゃんのいるキャンプへと戻った。

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