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第570話 『テレサの頼み』



 ――――グーレスに顔をペロペロと舐められて目が覚めた。朝のにおい。同時に美味しそうなパンと卵を焼く匂いが漂ってくる。


 隣に手を伸ばすと、何か柔らかい物に手が当たる。これはきっとルンちゃんの頬っぺた。



「う……うん……クロエ?」


「あっ、ルンちゃん、おはよう」


「おはよう、クロエ」



 ムニュムニュと聞こえる。ルンちゃんは、まだ寝ぼけていて顔を擦っているのだと思った。バサっという音と共に、わたしがいるテントの中に誰かが覗き込んでくる気配。



「おはようクロエ、ルン、カルビ。そろそろ起きてー。今、コナリーさんが朝食の準備をしてくれていて、もうパンも焼き上がるし珈琲も入るから」



 まるでお母さん……もしくは、わたしにお姉さんがいたらこんな感じなのだろうかという感じの声がした。アテナさんの声。



「クロエ、行こう。今日は霧も晴れているし気持ちのいい朝だよ」


「うん」



 ルンちゃんの小さな手に引かれてテントを出る。



「クロエ、こっちです」


「もう、お腹減ったよー。早く食べよう」



 ルキアとマリンさんの声もした。わたしはルンちゃんに手を引かれて、パチパチと焚火の音のする方へ歩いて行くと、皆が集まっている場所に座った。


 ルンちゃんと反対側には、グーレスが座る。モフモフの感触のするものがやってきたので直ぐに解った。



「さあ皆、美味しい珈琲だよ。朝食は、温めたパンとハムエッグだ」



 皆がコナリーさんにお礼を言う。わたしも慌ててお礼を言った。


 そして朝食が全員に配られると、ルキアがわたしに「珈琲にミルクと砂糖を入れるでしょ」と聞いてくれたので、お願いをした。


 こうして昨日に続いて、特別な時間が続く。アテナさんやルキアやマリンさんにとってはいつもの事でも、わたしにとってはとても特別な体験。最高の朝食が始まった。


 いつもは、家から一歩も出ずに自分の部屋で一人籠って食べるご飯。アテナさんに誘われてきてみたキャンプでは、もうずっと楽しくてドキドキが止まらない。こんな毎日が、ずっと続けばいいのに。コナリーさんが自慢げに言った。



「さあ皆遠慮せずに……ってマリンちゃんは、もうムシャムシャと美味しそうに食べていたな。はっはっは」


「モッチャモッチャモッチャ……美味い! これはかなり美味しいパンだね。端的に言って、絶品だ」


「こら、マリン! コナリーさんがどうぞって言ってからでしょ。勝手に食べない!」


「ええ? もう言ったよ。よし、今度はハムエッグも頂いてみよう……ムッチャムッチャ、ほう、これはなかなか」


「だから、ちゃんと! こら、マリン!」


「アテナもマリンさんも食事が終わってからにしてください!」


 ワウッ


「ルンのフォークがないんだけど? 何処探してもルンのだけ無いんだけど! 何処にもないんだけど!!」


「なに、そうか。ちょっと待ってルンちゃん。フォークならあるから」



 賑やかで楽しい食事。いつまでもこうしていたいと思ってしまう時間が流れる。だけど楽しいキャンプも今日で終わり。


 もうこの食事を終えたらブレッドの街へ――自分の家に帰らなければならないんだと思った。またあの自分の部屋に戻るのだ。


 もしもわたしの目が見えるなら、このままアテナさんに一緒について行く事もできるのに。そんな事を思った。


 気落ちしているのを気づかれてしまったのか、アテナさんがわたしとルンちゃんの間に入り込んできて言った。



「ほら、どうしたの? コナリーさんの作ってくれた朝食美味しいよ。珈琲も最高」


「は、はい。頂きます……はむっ……むっぐむっぐ……美味しいです!」



 コナリーさんが言った。



「うんうん。このパンは、うちの店で作っているものだからね。珈琲同様に自慢の商品だ。って言ってもパンを作っているのは、うちのテレサだがね。はっはっは。また以前のように、クロエちゃんがうちのお店に来てくれたらいいね。いつも、テレサとはそう言って美味しい珈琲やパン、ケーキなんかを用意して待っているんだよ」



 そう、以前はよくお母さんと一緒にコナリーさんのお店、それに他にも色々と出歩いたりはしていたけど、最近はまったくしていない。


 お父さんが出て行ってしまってから、お母さんは変わった。フランクさんがうちへやってくるようになってからは更にもっと以前とは変わって……


 わたしは、精一杯微笑んでコナリーさんに言った。



「コ、コナリーさんのお店には行きたいです。で、でもうちは生活が厳しくて……」



 本当の事。食事も最近は朝と夜、二回作ってもらえれば良くて通常は一回。お母さんがフランクさんと何処かへ外出して帰ってこない時は、その日は何も口にはできない。


 だけど一人で食べ物をどうにかできないわたしには、お母さんにその事を言って責める事はできなかった。生活も厳しい。


 コナリーさんは、ご近所さんという事もあって、わたしの事をなんとなく察していて心配してくれている。



「クロエちゃんのうちから、私の店まで距離も大したものではないだろ? 目と鼻の先だ。それにね、テレサがうるさいんだよ。クロエちゃんは元気か? クロエちゃんは店にこないのか? クロエちゃんの顔をもう何カ月も見ていないってね。だからこれは、私達からの頼みなんだよ。代金とかそういうのは気にしなくていいから、うちに来て好きな物を毎日でも食べて帰って欲しい。だから、すまないがテレサのわがままを聞いてもらえると、助かるんだがね」



 コナリーさんの優しい言葉に涙が出そうになった。わたしは「ちょ、ちょっとおトイレに……」と苦しい言い訳をして立ち上がると、逃げるようにこの皆のいる焚火から少し離れた草場のある方へ移動した。



「クロエ、私も行きますよ! ちょっと待ってください!」



 ルキアの声。でも、泣き顔を見られたくないくて、ルキアにも「ちょっと一人にしてください!」と優しい言葉に対して、砂をかけるような言葉を言ってしまった。

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