第569話 『可能性』
「マリンさん……これはいったい……」
「もしかして何かを期待させてしまっているとしたら、凄くがっかりするかもしれないから先に言っておくよ。これは【測量投影魔術】という、上位の光属性黒魔法。一時的な効果でしかないけど、ちょっとしたサプライズにはなると思ってね」
上位の光属性黒魔法? わたしは魔法を見たことがないし触れたこともない。だけど存在は知っているし、お母さんに読んでもらった本にも黒魔法に関する知識が記されているものもあったのを覚えている。
確か……火属性や水属性や雷属性、それに風属性と氷属性……それから土属性とかあったはず。でも光属性なんて聞いた事がない。しかもマリンさんは上位の黒魔法って言ったけど、それって物凄い魔法なんじゃ……つまりマリンは、とんでもない魔法使いってこと!?
「ほら、クロエ。もっと目を見開いて――そしてしっかりと集中して見てごらん。神経を集中させる感覚だよ」
「でもわたしには、見る事なんてできない……」
「そう? それはおかしいなあ。だって今、光を感じたんじゃないか。もしくは、光を見えたような反応をしていたけど、それはボクの見当違いかな? もっと目を凝らして、ちゃんと見ようとして。君が可能性を信じるなら、多少の勇気とそれに伴う行動は必要不可欠だよ」
マリンさんの言葉に耳を傾け、目を見開いて集中する。すると本当に見えた。いや、普通には見えていない。だけど、見ることはできている。
白黒の世界、光と闇を上手く使って目の前の世界を私の目の前に再現している。見たままありのままに答えると、そういうふうに見えている。
「どうだい、クロエ? 君にはこの世界が見えるかい? 目が見えるようになった訳ではないけれど、ボクの魔法の効果で、この周辺の風景がどういうふうな感じかは、簡単にだけど見えているはずだ。ボクとアテナも見えるだろ?」
「マリンさんとアテナさん……」
確かに見える。二人がどういう顔をしているのかは解らないけれど、シルエットとしては捕らえる事ができる。これが魔法の力だとすれば、想像を絶するものだと思った。
顔や表情、来ている服のデザイン、色、そういった物は何ひとつとして判別がつかない。だけど、例えばマリンさんやアテナさんの体形や仕草、今どこにいてどういうふうな行動をとっているか程度は解るのだ。
なんて魔法なのだろうか。暗闇しかないわたしの世界に、希望の光がふりそそいでいる。マリンさんは、間違いなく大魔法使いだと思った。だって、こんな事をできる人なんて聞いた事がない。
「見えます!! 今、そこにアテナさんがいてマリンさんがいる。あ、マリンさん顔を右手で触った! 目の前には泉が確かにあります!! 凄い、凄い、なんて凄いのかしら!!」
「フフフ、落ち着いて。でも良かったね、クロエ。まさかマリンが、こんな魔法まで使えるなんて……」
「ボクは確かに水属性魔法にこだわりを持っているけれど、別に水属性魔法しか使えない訳ではないからね。これでも魔導大国オズワルトでは天才と呼ばれた時もあったんだよ。それでも、君の師匠のヘリオスさんには全くかなわなかったけどね」
「アハハ。いくらマリンだって師匠には、かなわないよ。師匠は、なんて言ってもSSランク冒険者なんだからね」
わたしは試しに泉に近づいてみた。そして手を伸ばして水面を触る。
波紋――全てが簡単な絵で、わたしの目の前に映し出されているけど、何がどうなっているっていうのが手に取る様に解る。
マリンさんのこの魔法があれば、わたしの世界は今後とんでもなく広がって一遍すると思った。でもマリンさんは、当然わたしがそう思っているだろう事を予測して言った。
「クロエ、これはあくまでもちょっとしたサプライズのつもりなんだ。喜ばせて置いて申し訳ないけど、一定時間の効果しかない。それにこの魔法はとても古い魔法で、この国の墓地に隠されていた魔導書を解読して覚えた魔法なんだ。だからまだ完璧だとも言えないし、魔法発動の魔力消費量が著しい。できればこの魔法をクロエにずっと継続して唱えてあげたいけれど、それは無理なんだ」
ちょっと期待はしたけれど、そんな都合よくはいかないだろうなと心の片隅では思っていた。でもこれは、ぬか喜びなんてものじゃない。わたしはマリンさんの魔法で、可能性も見せてもらった。
「それなら仕方がないです……でもこんな魔法があるだなんて、驚きを隠せません。もし、これからマリンさんにお願いして、たまにでもこの魔法をかけてもらえれば、わたしはもっと色々な事に挑戦できます」
アテナさんもポンと手を叩いた。
「確かに! マリンも冒険者だからしょっちゅうって訳にはいかないと思うけれど、たまにでもクロエに会ってこの魔法をかけてあげるって事、お願いできないかな。私ができればいいんだけど、墓地に隠されていた魔導書に記されている魔法なんて、私に覚えられるか自信ないし」
「うーーん。それについては考えてもいいけれど、でも根本的な解決策にはならないよ。この魔法【測量投影魔術】は、周囲の地形などを簡単なデータにして、術者の頭の中に再現して見せる魔法なんだ。つまりね、はっきり言うと周囲がどうなっているのかは簡単には解るけど、見えなくなった目が見えるようになった訳ではないんだよ」
諦めていた目の事。だけどマリンさんがこの魔法を見せてくれるまで、こんな魔法があるなんて事も想像もしなかった。だからわたしは必死で食い下がった。
「そ、それじゃあ目が見えるようになる魔法は、ありますか?」
わたしの質問を聞いたアテナさんは驚いた様子で、わたしと一緒にマリンさんを見つめた。唸るマリンさん。
「うーーーん、解らない。あるかもしれないし、ないかもしれない。でも当然クロエ以外にも盲目の人はいるからね。治療する魔法があっても、別に不思議じゃない。ただ、もしかしたら治療魔法だから神聖系の法術に該当するものかもしれない。だとしたら、ボクの専門分野じゃないからその方法を知ったとしても、ボクにクロエの目の治療はできないかもしれないよ」
そう言えば、わたしのお父さんが昔、わたしの目を治す方法を見つけるといって家を飛び出して言った時にそういう魔法があるらしいから、その魔法を使う事ができる術者を探し出して戻ってくると言っていた。
それからお父さんは、家には戻っていない……だけど、魔法があると言っていた事を思い出した。
わたしはその頃、もっと今よりも幼かったけれど、それを聞いたという事は、今鮮明に思い出した。




