第568話 『闇夜の座談会』
「それで、クロエはどうしたの?」
「え? わたしですか?」
「そう。もしもクロエが今、誰かの助けが必要なら、私はできる限りあなたの助けになりたい。それにフランクって人は、話を聞く限りあまりいい人じゃないみたいね。って言うか、異常。クロエのお母さんとフランクの関係も気になるし、このまま放ってはおけないかな」
「…………」
「誰しも全てが嫌になる時や、心にゆとりのない時もあるし、うちひしがれる時もある。お天気にも、晴れと雨があるようにね。それに思っている事と、口にする言葉が違っている時だってある。クロエとお母さんの事は、あなた達親子の問題だと言えばそうかもしれない」
「……はい」
「だけどあなたは、まだ子供でしょ。誰かに助けを求めるのは、至極当然の事だと思うし、協力が必要なら私はいくらでも力になるわ。だからまずクロエがどうしたいかって事を、はっきりと口にする事が大事なんじゃないかな」
「わたしがどうしたいか……ですか」
「ええ。ハンデがあるのは解るけど、さっきも言ったけどあなたはまだ若いでしょ? 歳はルキアとそう変わらない。人生はこれからなんだよ。じっと自分の部屋で毎日を過ごしている方がいいというのなら、それはそれでいいと思うけど……もっと外に意識を向けてみるべきだと私は思う」
わたしだって何かを変えたい。アテナさんやルキアのように、心躍る冒険をしてみたい。だけどわたしは自分の住んでいる街でさえ、一人で外出すれば彷徨って家に戻れなくなるのだ。
アテナさんは、落ち着いた優しい声で続けた。
「どちらにしても、お母さんとの事はあなたの気持ちが大事。そしてフランクさんの事は、私に任せて。エスカルテの街のギルドマスターが、バーン・グラッドって人なんだけど、私の身内みたいなものだし頼りになるから、どうにかならないか話しておく。恐らく経験上、フランクさんはきっと真っ当な人じゃないと思う。だから、それを正す形になると思うわ」
「それってフランクさんを逮捕するとかそう言う事ですか? もしそうなったら、お母さんが……」
「お母さんとそのフランクって人の為に、あなたが犠牲になる必要なんてないんだよ。それにどう考えても勝手に部屋に忍び込んだり、ゴロツキを家に呼んだりっていうのは、真面な人の行動だとも思えない。それについては、放ってはおけないわ」
「…………」
正直、どうすればいいか解らない。アテナさんの心配してくれる気持ちと、もしもフランクさんに何かあった時に、お母さんがどうかなってしまうのではという不安。
そしてこのままにしても、わたしがフランクさんに何かされるんじゃないかという恐怖で、どうしたらいいのか訳がわからなくなって頭の中が混乱してしまう。
「ふーーむ。困った事があるなら、誰かに相談するというのが適切な方法だよ。もちろん信頼できる相手に限る事だけど……その点、アテナはその条件を十分に満たしているようだね」
急な声の登場に、振り向く。するとアテナさんが彼女の名を言った。
「マリン! 起きたの?」
「うん。誰かさんの――ええええ!! っていう声で起きた」
「あちゃーー、ごめんなさい」
「別にいいよ。それより途中からだけど、ボクもクロエの話を聞いてしまったんだけど……どうしようか。忘れて無かった事にした方がいいかな」
「そういうのは、察してくれれば特に言わなくていいの!」
「え? そうなのかい?」
「っぷ! うふふふ」
「あっ、笑った」
やっぱりアテナさんとマリンさんの掛け合いは面白い。不安でどうしようもない気持ちを和らげてくれる。わたしは、マリンさんに答えた。
「いいです。別にマリンさんになら、いいです」
「そ、そうか。どうやらボクも、クロエに認められたようだ。なら、ボクも闇夜の座談会に参加させてもらおう」
「なによそれ、闇夜の座談会って。まあいいわ。良かったわね、マリン」
マリンは、自分の頬をポリポリと掻いた。
「ふむ。クロエは……端的に言うと、もしかしてボクの事を信頼してくれているって事でいいのかな」
「はい。マリンさんもアテナさんも、ルキアもルンちゃんも……そしてグーレスもわたしの大切なお友達だと思っています。わたしの方こそ、厚かましいかもしれないですけど、そう思ってもいいですか? わたしには、何の力もありませんけど」
「力があるかどうかなんて、それはこれからのクロエを見てみないと解らないよ。もしかしなら、他の誰にもない力や良さが、クロエにあるかもしれないしね。因みに私は、クロエの将来性を考えると可能性に溢れていると思うけどな」
「その通りだね。ボクも右に同じだ」
「アテナさん、マリンさん……」
「これからの事なんて、神様だってきっと解らないんだから。わたしは、クロエにはクロエにしかできない才能があるんじゃないのかなって感じる。クロエは、まだ若すぎるんだから、これからなんだよ! なんなら賭けてもいいよ、フフフ」
「ボクも感じたよ。クロエはきっとビッグになる。ビッグクロエになる」
「それに損得で付き合う間柄を、友達とは言わないんじゃないのかな。お互いがお互いを大切に思っていて、信頼し合える間柄――それが友達だよ」
「アテナはいいことを言うね。ボクもそう思うな、その通りだ」
「ちょっと、マリン! ボクもボクもって、さっきからそれなんだか鬱陶しいんだけど!!」
「え? そうかい? だってボクが思っている事をアテナがまるで代弁してくれているかのよに言うもんだからさ」
「嘘つけーー!!」
「プフーー、プフーー!! や、やめろ!! くすぐるな、くすぐるなアテナ!! や、やめてくれ、まいった! まいったから、ボクの敗けだーー!」
「アハハハ、アテナさんもマリンさんもやめて!! 笑いすぎて苦しいよー」
左右の腕を伸ばして、アテナさんとマリンさんの身体にそれぞれ振れてそう言った。すると、マリンさんが思い出したように言った。
「そうそう、そう言えば一つ試そうと思っていた事があったんだった。ちょっといいかな、クロエ」
マリンさんはわたしの手を取って立たせると、少し歩かせた。
自分の立っている位置は解っている。でもなぜマリンさんは、泉の真ん前にわたしを移動させたのかと思った。聞こうとしたら、アテナさんが代わりに聞いてくれた。
「マリン、何かする気なの?」
「まあまあ。明日起きてからでもいいかなって思っていたんだけれど、よく考えたらあまり人に見られているのも、ボクの性質上やりにくいからさ。今、やっちゃおうかなって思ったんだ」
「え? だから、何を?」
足音……それに息遣いと気配で解る。マリンさんはわたしの真正面に立つと、両手をゆっくりと伸ばしてきた。
そしてわたしの顔、丁度こめかみのあたりに触れると何かを呟き始めた。そう言えばマリンさんってウィザードだった。もしかして、魔法を詠唱している!?
「ちょ、ちょっとマリン?」
「大丈夫だから、ボクを信じて――――周囲に漂う豊富なマナと、水の精霊水蛇の力よ。我に力を与え、術の発動を助けたまえ。《測量投影魔術》!!」
マリンさんがそう唱えると、辺りが少し暖かくなったような気がした。そして次の瞬間、とても驚く事が起きた。
わたしの両目は全く見えず、光すら感じないはずなのに、眩しい位に光を感じた。とても明るい光。
目が見えるはずなんてないのに、わたしの両眼には、見渡す限り真っ白く光り輝く世界が広がっていた。




