第567話 『クロエの生活』
「どう、そろそろ眠れそう?」
キャンプは、明日まで。はいって答えると、それでこの楽しい時間は終わってしまうと思った。
まだまだアテナさんの冒険の話を、延々と聞いていたい。アテナさんやマリンさん、ルキアやグーレスといる時間がとても楽しくて心地いいと思った。ずっとこの時間が続いて欲しい。
「……はい。眠れそう……かもしれません」
でもアテナさんは、用事があると言っていた。今度はパスキア王国に旅立つのだという。
冒険者という人達は、なんて凄い人達なのだろう。世界にはいい人だけでなく、悪い人や魔物もいるのに……アテナさん達は、そんなのまるでものともしないで旅を楽しみにしている。
「もしかして、まだ眠れない? それだったら私のテントで一緒に寝る? マリンもいるよ。さっき見たら、鼻提灯ができあがってた。アハハ」
「あの……もしよければ、わたしの話も少し聞いて頂けないでしょうか?」
「なになに、聞くよ。なんでも話してみて」
「わたし、全く目が見えないんです。こうやって普段は目を開けたりしていますが、実はまったく目が見えてなくて……それで、わたしの両親はわたしの事を心配して家から出ちゃ駄目、危ないからって外に出してもらえなくなりました」
「そうなんだ……でも、ぜんぜん家の外に出ないというのも、どうかと思うけど。爺が言っていたけど、人間は太陽の光からも必要なエネルギーを取り込んでいるんだって。だから、少しは外に出て太陽の光を浴びた方がきっと健康的だよね」
太陽からエネルギーって、初めて聞いた。でも考えてみれば、植物だって日の光を栄養にしているんだもの。人間だって、エネルギーにしていても不思議な事ではない。
流石、冒険者だと思った。アテナさんはそんな凄い知識も持っている人なんだ。でも、爺って?
「あの、爺ってどなたですか?」
「え? アハハ! いやその! 爺は爺だよ、お爺さん!! 私のお爺さんじゃないけど、お爺さんみたいな感じの人かな。アハハ……」
「もしかして、アテナさんって何処かのお嬢様……だったりしますか?」
「え? あ、うん。まあそんなところかな。アハハ。そんな事よりも、クロエの話だったよね。続きを話して」
誤魔化した。でもやっぱりそうだ。マント一つにしても、とても高価な物を身に着けている。目に見えなくても、なんとなく感じる気品と清潔感。
「そうでした……こんな話をするのもどうかと思いますが……」
「いいよいいよ、話してみて」
「実は以前は、こんなわたしにも友達がいたんです。だけどわたしは家の外にも出れないし、自由に色々な事を一緒にできなくて。それでその友達も、次第に家に来てくれなくなって……わたしは孤独になっていきました」
「……そうだったんだ」
「それからは、毎日一人で過ごす事が普通になって……ある日お父さんが、わたしの目を治す方法を見つけたと言いだして、家を飛び出して行きました。だけど、何日何ヵ月何年経っても、お父さんは帰ってこない。それでやっとわたしとお母さんは、お父さんに捨てられたんだとやっと気づきました」
「…………」
「それからお母さんは、以前と変わってしまいました。私にだけでなく、コナリーさんやアンお姉さん、近所の人にもなんだか冷たく接するようになって……それから、わたしに誰一人会いにきてくれる人はいなくなりました」
「あれ? ちょっと待って。クロエを家に送っていった時にいらっしゃった人。あの人がお母さんと、お父さんじゃないの?」
「お母さんはそうです。でも今話した通り、お父さんは随分と前に、わたしの目を治療する方法を見つけて戻ってくると言って、出て行ってしまいました。もうかれこれ何年も音沙汰がありません。アテナさんがわたしのお父さんだと思った人は、フランクさんです。リオリヨンの街からやってきた人で……フランクさんがよくうちに来るようになってから、お母さんはもっと変わってしまいました」
アテナさんは、わたしの肩に手を伸ばして、優しく抱き寄せてくれた。
「そうなんだ。フランクさんは私も会ったけど……もしかして、あまりいい人じゃない?」
「……わたしはあまり好きではないです。あの人のお母さんを見る目が好きじゃないです。目が見えていないのにって思われるかもしれませんが、感じるんです」
お父さんが出て行ってからは、お母さんに何度か言われた。あなたの面倒をみるのは大変だって。お母さんにはお母さんの人生があるんだって。
そんなの解っている……だけどそれをどうにかできる力はわたし一人にはない。どうしようもない!!
「お父さんがいなくなってから、家に入ってくるお金もなくなって……でもお母さんはお酒や……高価な物なのに……煙草にも手を出すようになって……夜もわたしを置いて何処かへ行くようになって……でも、何処に行っているかはわたし知っていて……酔っていたし、ニオイでわかるから……」
自分の言葉が、たどたどしくなってきている。声が震えているのに気づいた。するとわたしの頭をアテナさんは優しく撫でてくれた。
「話したくない事は、話さなくていいんだよ。でも話してスッキリする事もあるんだよ」
「……はい、すいません。お話を聞いてもらっているのに、わたしったら…………お母さんは、酒場でフランクさんと知り合ったんです。それからフランクさんは、度々家にも来るようになって……何度か、他の誰か知らない人達を……フランクさんが自分の友達を、勝手に家に連れてきた事もありました。その時はわたし怖くて部屋に逃げ込んで、じっとドアノブを握って震えていました。お母さんはわたしが部屋で震えているのに、そのフランクさん達とお酒を飲んでずっと笑っていました」
「そう……なんだ……」
「それからは、お母さんはわたしを置いて何処かへ出て行く事が多くなりました。その時はいつも決まってフランクさんが迎えに来ていて。そして家にいる時は、度々フランクさんがうちへ来て、まるで自分のうちみたいな感じで……」
「そう、それはクロエ……大変だったね」
「一番怖いと思ったのは、フランクさんが家にくるようになってから。わたしは、今までよりも部屋に閉じこもっていました。するとある日、自分の部屋の中で気配を感じて叫んだら、部屋に慌ててお母さんが入ってきてくたんですけど……フランクさんをわたしの部屋から引っ張りだしている様子でした」
「え!? どういうこと? ちょっと理解ができないんだけど? そ、それってフランクさんがこっそりとクロエの部屋に入り込んでいたってこと?」
「……はい。フランクさんが来ると、わたしは部屋に逃げ込んで、鍵は閉めていました。だから水を飲みにとか、おトイレに部屋を出た時に入り込んで……それで、じっとわたしの様子を見ていたんだと思います」
「ええええ!! ちょちょちょ、ちょっと待って!! それって!」
こんな話をしたら、アテナさんはとても驚くんじゃないかと思った。だけど予想以上に驚いたアテナさんは大声をあげた。だから慌ててアテナさんの口を塞いだ。皆が起きてしまわないように。
「ご、ごめんごめん、ちょっと取り乱しちゃった。って、ちょっとじゃないか……かなり衝撃的な話だったから。それで?」
こんな話をしたら、きっと誰でもドン引きするだろうと思った。フランクさんやそのフランクさんの連れてくる怖い感じの人達の事を知ったら、誰でもわたしとかかわろうなんて思う人はいない。巻き込まれるかもしれないから。
せめて、わたしの家がお金持ちだったなら……色々と違ってもくるかもしれない。だけど、うちは貧しい暮らしをしている。
なのにアテナさんは、こんな普通は巻き込まれたくないような事にも興味を示してくれる。それでと言って、わたしの話を続けて聞いてくれようとしていた。
わたしは、この優しい女神様のような人に、なにもかも話してしまいたいと思った




