第566話 『ドキドキする物語』
「クロエ?」
「ひっ!」
変な声をあげてしまった。キャンプの直ぐ傍、草むらに入った所で、アテナさんに声をかけられた。皆は、もう寝静まっていると思っていたので、アテナさんが起きていた事に驚いた。
考えたら、わたしがコナリーさんのテントから這い出していたのも、見ていたのかもしれない。
「一人じゃ危険だから、一緒の方がいいよ。でも、あれだね。霧もまだ完全に晴れてないし……夜になると、この辺結構ヒヤっとするね」
「は、はい。泉の近くですしね。それはそうと、起きていたんですね。もしかして、アテナさんもですか?」
「えへへ、うん。珈琲飲み過ぎたかな、ちょっと眠れなくて」
アテナさんは、ちょっと照れた感じで言った。そして、さりげなくわたしの手を握って誘導してくれる。
急にわたしは、ルキアが羨ましくなった。いつも傍にグーレスがいるのも羨ましいし、アテナさんまでいる。アテナさんみたいな優しいお姉さんが、わたしにいたらいいのになって思う。
用を済ませる間、アテナさんは少し離れた所でずっと「今日は楽しかったね」と話をし続けてくれた。
近くにいると気になってしまうし、だからと言って遠く離れた所にいる訳ではなく、何かあったとしても直ぐにわたしのいる場所まで助けにいけるからねと、気を遣ってくれている。ますますアテナさんのようなお姉さんが、欲しくなる。
わたしのお母さんは、目の見えないわたしの事を気遣ってよくしてくれている。だけど、最近はあまり家にいる事も少なくなった。
身体を拭いてくれる事さえなくなって、最近は自分で身体を拭いたりしているけど、わたし一人では火も使えないのでお湯は使えない。
以前は、肌寒い日などは冷たいからと言って、お母さんはわざわざお湯を沸かしてくれて、それを使って身体を拭いてくれていた。
……フランクさんが、うちにやって来るようになってから、何かお母さんとの距離が遠くなった。
「大丈夫? それじゃテントに戻ろうか?」
「は、はい」
アテナさんの手を握る。柔らかくて暖かい手。
テントの前に戻る前に、手を洗う為に泉の近くまでまたアテナさんが誘導してくれた。
「フフフ、落ちないように気を付けてね。こんな夜に泉に落ちたら、風邪ひいちゃう」
「は、はい。気を付けます」
手を洗い終えると、わたしはアテナさんに聞いてみた。
「あ、あの」
「ん?」
「お、お月様って見えますか?」
「うーーん、どうかな。ちょっと今日は、見えないかな。ずっと曇り空だし、霧がかっているからね。お月様より、どちらかというとオバケが出てきそう」
「オ、オバケ……ですか?」
怖くなったので、アテナさんの手を握ろうとしたけれど、彼女が何処にいるか解らない。両手を前に出して探す仕草をすると、また柔らかくて暖かい手がわたしの手を握った。
「どう? 眠れる?」
「え? ど、どうでしょう。いつもは眠れるんですけど、外出するのも久しぶりですし、キャンプなんて初めてだからなんとなく興奮しているみたいで……それでなかなか眠れなくって」
「そっかーー、そうだよね。それじゃ、このまま泉の前で座って眠くなるまで少しお喋りする?」
「え? いいんですか?」
「うん、いいよ」
魚が跳ねる音がした。
その音にビクッとすると、アテナさんがまたクスクスっと笑った。なんだろう、この人と一緒にいると安心できる。
泉の畔に二人仲良く座ると、肌寒く感じたので身を寄せた。するとアテナさんは、羽織っているマントをバサっと広げてわたしにも被せてくれた。
「あれ?」
「どうしたの?」
「アテナさんのこのマント、羽織ったら凄く暖かいような気がして」
「フッフッフ、それは気じゃないんだよ」
「気じゃない?」
「この私のマントは、とっても高価な代物でちょっと簡単には手に入らないんだけど、すっごく優秀なんだ」
「凄い……そんなマントなんですか?」
特別なマント。それに高価だって言ったので、どんなものなのか、アテナさんのそのマントに触れてみた。
柔らかくて丈夫な感じがする。それにいい匂い……でもこの匂いは、アテナさんの香りだと思った。だってとても優しい匂いだから。
グーレスと出会った時もそうだけど、わたしは目が見えない分、その人を見た目で判断するという事ができない。口調や声色、雰囲気などでその人がどういう人か判断している。だけど優しい人は、優しい匂いがする事をわたしは知っている。
「このマントはね、冷気だけでなく、炎とか雷とかも防ぐ事ができるんだよ。きっとドラゴンの口から吐く炎にも耐えられる強度はあると思う」
「ド、ドラゴン……それってとんでもなく凄い事ですよ。ドラゴンが本当に存在するのかは、解りませんけど」
「え? ドラゴンならいるよ」
「たまにお母さんに本を読んでもらう事があって、その中に登場したりする事はありますが……あんなに大きくて、恐ろしいものが存在するのか信じられなくて。きっと想像上の生き物なのではと思っていました」
「それがね、いるんだよ。因みに私もルキアもマリンも、この間までノクタームエルドを冒険していたんだけど、ドワーフの王国で地竜に遭遇したんだよ」
「ち、地竜ですか! それって、土属性のドラゴンって事ですよね。本当にいるんですね。アテナさん達は、よくドラゴンから逃げる事ができましたね」
「え? 逃げてないよ。倒したんだよ」
「え? どうやって?」
「どうやってって……それ話すと、長くなるよ」
「いいです! アテナさんのお話、もっと聞きたいです。わたしは、目が見えないからずっと家の中で暮らしていて、世界がどんな形をしていてどんな風に広がっているのか何も知らないんです。だから、もっと知りたい」
「うーーん、そう? じゃあ話してあげよう。眠くなったら我慢しないで言ってね」
「はい!」
アテナさんは、ブレッドの街に残してきたルシエルさんやノエルさんとの出会いの事、ルキアやマリンさんとの出会いや、これまでの冒険の話を色々話してくれた。
中でもアテナさんはガンロック王国も旅していて、ルシエルさんがクルックピーという馬のように早く走る鳥に跨ってレースに出場し優勝した事や、ガンロックフェスという音楽フェスに皆で出て可愛い衣装を着て歌って踊った話など、とても刺激的で面白い話だった。
それは今まで読んでもらったどんな本よりも、ドキドキする物語だった。




