第565話 『クロエの初キャンプ』
夕御飯は、コナリーさんが絶品料理を作ってくれた。鶏肉と野菜のシチューと、トーストサンド。
やや厚めにスライスした角食パンに色々好みの具材を入れて、大きなサンドイッチを作ったら表面を焚火で炙って食べる。
バリバリという食感と、卵やハムや野菜などの具材が口の中で一緒になって最高に美味しかった。午後のコーヒーブレイクでケーキも二つも食べちゃったから、晩御飯が食べられるか心配だったけど、無用の心配だった。
夜も更けて、そろそろ眠りに入る。
結局コナリーさんの大きなテントに、わたしとルキアとルン、あとグーレスで入って眠る事になった。
だからマリンさんは、アテナさんのテントで寝る事になったんだけど、アテナさんのテントを設営するのをマリンさんは手伝わずに逃げちゃっていたから、物凄く謝っていた。
「マリンは、手伝わなかったから私のテントは使わせませーん」
「そんな意地悪を言わずに、許しておくれよー。今度はちゃんと手伝うからー」
「ホントに?」
「ほ、ほんとだよ」
「目が泳いでいるんだけど」
「そ、そんな事ないよ。ほ、本当だよ」
「……っもう、仕方がない。それじゃ、私のテントをマリンも使っていいよ。でも畳む時にちゃんと手伝ってよ」
「はーーい」
入っていいと言われた瞬間に、マリンさんはテントに入り込もうとしたので、アテナさんにちゃんと返事をしなさいとまた怒られて、引きずり出されていた。本当にアテナさんとマリンさんは、面白い人だな。
ワウウッ
グーレスを抱きしめると、落ち着く。フワフワで優しい香り。
アテナさんとマリンさんにおやすみなさいと言うと、そのままコナリーさんのテントに入って横になった。すると、誰かが毛布をかけてくれた。毛布をかけてくれた誰かは、そのままわたしの隣に横になったので直ぐにルキアとルンちゃんだと解った。
「暫くお喋りしていてもいいが、色々あって疲れただろう。早く眠って明日、早く起きてからまた行動するといいよ」
「はーーい、じゃあルン寝ます。お休みなさい。ぐーーーー」
コナリーさんの言葉を聞いて、ルンちゃんはすぐに眠った。流石にふざけているのだと思ったけれど、それからぜんぜん起きている気配がしてこないので本当に一瞬で眠ったんだと驚いた。
隣にいるルキアがわたしの手を握る。ルキアとわたしの間にはグーレスがいたので、二人でグーレスを挟みこむ形になった。でもグーレスは、嫌がっている気配はなく大人しくしている。やがてルンちゃんに続いてグーレスも寝息を立て始めた。
「クロエ、おやすみなさい」
「うん、ルキア。おやすみなさい」
目を瞑っても、開けていてもわたしには変わらない。真っ暗な世界。だけど、眠る時には目を瞑る。そうじゃないと眠れないから。
わたしにとっては、どちらでも一緒なはずなのにそうしないと眠れないっていうのは、少し不思議に思えた。人間の身体っていうのはそういう風にできているのかもしれない。
目を閉じる。
暫くすると、ルンちゃんやグーレスに続いてルキアの寝息も聞こえてきた。可愛い寝息。わたしには、ルキアがどういう風な顔をしているのか見えないけれど、絶対とても可愛らしい女の子だと思った。そんな子と友達になれるなんて……夢みたい。
わたしの世界はずっと自分の家の一室だけ。毎日毎日そこで過ごしている。たまにお母さんが表に連れ出してくれる事もあったけど、それでも近所だけ。
自分の住んでいる街の中とはいえ、勇気を出して家から外へ出て良かった。他人から見ればとても無謀な事で、家で待つお母さんをとても心配させる行いだったのかもしれない。だけど勇気を出して表に出てみなければ、わたしはグーレスに出会う事もなかった。
グーレスに出会っていなければ、ルキアやアテナさんやマリンさん、ルンちゃん達とも知り合う事もなかった。
アテナさん達は冒険者だからいつも旅していて、キャンプしているって言っていたけどわたしは違う。今日のキャンプだってわたしにとっては、とんでもなく大きな大冒険だった。灰色で塗り固められた毎日に、鮮やかな色が塗られたような感覚。
興奮していつまでも今日あった事を考えてしまって眠れないでいると、急にもよおしてきた。どうしよう。自分の住んでいる家なら、一人でおトイレにも行ける。だけどここでは……
わざわざコナリーさんやルキアを起こしてしまうのも悪いと思った。でもトイレは済ませないと、このままでは眠れない。
隣で眠るルキアとルンちゃん、それにコナリーさんを起こさないように静かに毛布から抜け出すと、ゆっくりと手探りでテントから這い出した。よし、大丈夫。
街で迷って彷徨って、アテナさんとグーレスに迷惑はかけたので、どの口で言っているのかと思われるかもしれないけれど、一応方向感覚には自信はある。記憶力も。だから、だいたい自分の位置は解る。
向こうに泉。それで、あの辺にアテナさんとマリンさんの眠るテントがあってそこに焚火。まだ少し、薪の燃えるニオイと小さな火の音がするから間違えない。すると、このまま右を向いて歩いて行けば草場があるから……そこで……
目が見えず、夜も深い。ブレッドの街から離れている場所ではないと言っても、魔物がいつ出てきてもおかしくない場所だった。
昼間は、ルキアがついてきてくれたりしたから良かったけど、今はどうしようもない。だからキャンプの近くで用を足すしかないと思った。
右を向いて少し歩くと、足に草が当たる感覚がした。




