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第563話 『美味しい珈琲の入れ方講座 その3』



 コナリーさん曰く、珈琲の味の楽しみ方は、苦み・酸味・コク・香りらしい。


 わたしの普段食べているご飯のメニューは、パンと珈琲がほとんど。珈琲はお母さんが入れてくれる。


 何も入れないで飲む事をブラックって言うのだけれど、わたしにはそれが本当に黒いのかどうか解らない。もしかしたら、ブラックなんて言ってはいるけど、とてもカラフルな色をしているのかもしれない。


 でもカラフルな色の食べ物って、甘いお菓子のようなイメージがある。じゃあやっぱり、苦くて酸味のある珈琲は黒が似合う。


 最初、珈琲を飲んだ時はブラックの意味が解らなくてそのまま飲んだ。飲むと苦みや酸味が強くて、まだ子供のわたしにはとても美味しいなんて思えない飲み物だと思った。こんな飲み物、喜んで飲む人は本当はいないのかもしれない。いても変わり者。


 顔を顰めるわたしを見てお母さんは、大笑いした。そして珈琲が美味しくなる魔法をかけてくれた。するとあれだけ、うええってなっていた不味い珈琲がとんでもく美味しくなった。


 甘くて香ばしい、それでいて優しいクリーミーな味。苦みと酸味の強い珈琲の味に、お母さんの魔法がかかると絶妙な味になる。わたしのお母さんは、不味い物を美味しいものに変える事のできる魔法使いだと思った。


 でも、少しずつ大人になるにつれてその魔法の正体はミルクとお砂糖だという事に気づいた。


 でもたったそれだけでこうも珈琲の味が変わるなんて、とっても不思議に思える。苦くて不味いものが、美味しいものに変わる。


 コナリーさんの隣にはアテナさんがいて、美味しい珈琲の入れ方を手取り足取り教えてもらっている。わたしも珈琲を落とす準備をなんとか終えたので、ここからはルキアにバトンタッチしようと思った。



「それじゃ、ここからはルキアにお願いしてもいいですか?」


「はい。それじゃ、やりますね。でも、上手く落とせるかな」



 ルキアのセリフを聞いて、コナリーさんが笑った。



「はっはっは。お菓子作りと一緒だよ。美味しくなーれって心の中で何度も唱えながら珈琲を落とすと、不思議と美味しさは増すんだよ」


「えーー、それってお菓子作りっていうか大根おろす時みたい。ルンのお母さん大根下ろすときに、美味しくなれ美味しくなれって呪文みたいに何度も言ってたよ」



 ルンの言葉にコナリーさんの、唸って頭を掻く音が聞こえた。するとアテナやルキアの笑い声が続く。気が付くとわたしもつられて笑っていた。



「ルンちゃんには、敵わないな。それじゃネルの中に珈琲の粉を入れたら、中心に親指で軽く窪みを作ってごらん。そしてまずは蒸らしだ。その作った窪みにコーヒーポットを使って、細く湯を注いで軽く蒸らす。じゃあそこまでやってみてくれ」


『はーーい』



 アテナさん達の声。ルキアが言った。



「じゃ、じゃあ窪みはルンが作って。お湯は私が注いでいくから」


「うん! 極めて重大な任務だけど、ルン頑張る!!」



 ルンは張り切った様子で、ネルに入れた珈琲の粉の中心に親指で窪みをつけた。



「ふう……で、できた……とても緊張したけど、なんとかルンはやり遂げる事ができたよ」


「う、うん。そうだね。ありがとう、ルン。それじゃ私がお湯を注いでいくね」



 珈琲の粉の真ん中に親指をすっと入れて窪みを作っただけだったけど、ルンは物凄く興奮していてそれをやり遂げた事に満足しているみたいだった。



「ふう……オペ完了。確かにこれは、ルンでないとやりとげられない」



 いつも自分の部屋の中で一人。何も見えないわたしには、一人で何もできる事がなく、友達もできず孤独がつきまとっていた。だけど、今はアテナさん達とのキャンプが自分でも驚く程に楽しいものに思えた。


 ずっと、この時間が延々と続けばいいのに。


 グーレス……アテナさんやルキア、ルンちゃんにマリンさん。皆何処にも行かず、ブレッドの街でこのままずっと住んでくれて、わたしの友達でい続けてくれたなら、どれ程幸せだろう。とても言葉なんかじゃ言い表せない。


 だけど現実は、暗闇が広がる毎日。グーレスやアテナさん達皆がいてくれるなら、わたしは別に暗闇だって……怖くはない。


 色々思いを巡らせていると、ルキアがお湯を注いでいる音が聞こえてきた。珈琲の物凄く香ばしくいい匂いが漂って来る。不思議と不安が消えて安らぐ。


 ブレッドの街は喫茶店の多い街だから、いつも何処かから珈琲のいい香りが漂って来ていた。その度に、ミルクやお砂糖を入れればとても美味しいけど、あんな苦くて酸味の強い物が、どうしてこんなにいい香りを漂わせるのかと不思議に思った。


 コナリーさんが、珈琲の入れ方を説明する。



「それじゃ、いいかい?」


『はーーい!』


「珈琲豆を軽く蒸らしたら、ゆっくりとお湯を注いでいく。注ぎ方は、もうアテナちゃんもルキアちゃんもできているけど、中心からスタートして螺旋状に外側へ注いでいき、また螺旋状に内側へと戻って中心で止める。それの繰り返しだ」


「は、はい!」


「これは、なかなか難しいかも」


「うん、いい感じだよ。珈琲の粉が注いだお湯でシフォンケーキのように膨らんだら、それが崩れてなくなりきらないように、上手にお湯をまた注いでいく。それの繰り返しだが、注意としては珈琲豆が膨張して出来上がったシフォンケーキのような膨らみを、綺麗な形のままで抽出し続ける事だ。それが美味しい珈琲をドリップするコツの一つだね」


「なるほどね。でも、不思議。私がキャンプでいつも使用している珈琲豆よりも物凄く膨らむし香りもいいわ。なんでだろう」


「それは単に、今日持ってきているうちの店の珈琲豆がいいものだからだよ。ぶっちゃけて言うと、味は珈琲豆と焙煎方法で8割程度決まってしまう。だけど、私達喫茶店を営む者は、それを10割の美味しさにしてお客様に提供している。もちろん、残り2割だからといって、珈琲の入れ方がなってないといくら珈琲豆が最高のもので焙煎が良くても、そこからマイナスになってしまう場合もあるからね」


「なるほどねー。うん、やっぱり奥が深くて面白い」



 アテナさんは、何度も頷いている様子だった。私とルキアとルンちゃんで力を合わせて入れた珈琲は美味しく入れられただろうか? 


 考えると、あの苦味と酸味の飲み物を味わうのが、待ちきれない気持ちになってきた。

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