第562話 『美味しい珈琲の入れ方講座 その2』
「それじゃこれから皆で、午後のコーヒーブレイクに向けて美味しい珈琲をいれてみよう」
『はーーい』
コナリーさんの呼びかけに皆、返事をした。ううん、マリンさんだけはいない。マリンさんは、水蛇との遭遇からキャンプに戻って昼食を終えると、一人コナリーさんのテントの中へと転がり込んでしまったようで……出てこない。
眠ってしまったのか、それともテントの中で一人何かをしているのか……それは解らない。
「今更だけど、クロエちゃんも今日はキャンプに来てくれて本当に嬉しいよ。アテナちゃん達と知り合えて良かったね」
「は、はい! コナリーさんともキャンプできて、嬉しいです」
普段からあまり家を出る事はありませんでしたから、アテナさん達には凄く感謝しています――――コナリーさんにそう続けるつもりだったけど、上手く言葉にできなかった。
でもコナリーさんに、ポンポンと優しく頭を撫でられた。男の人の大きな手だから、すぐに解る。
「それじゃ早速、珈琲を入れてみよう。珈琲豆は既にミルで挽いて持ってきたからこれを使おう。それとドリッパーとコーヒーサーバーも」
「はーーい! それは私達もブレッドの街のコーヒーショップで買ってきたので、それを使いたいです」
アテナさんが元気よく言った。ブレッドの街のコーヒーショップと言えばいくつもあるけれど、アテナさんの事だからきっとコナリーさんの経営するお店から近場のお店かもしれない。
つまり、アン・サーウェイ……アンお姉さんのお店。うちの近所の事なら、ある程度予測がついた。
「ふむ、それはいいが……わざわざ買ったのか」
「はい、アン・サーウェイさんというお姉さんのお店、コナリーさんのお店から一番近いコーヒーショップで購入しました」
ほら、やっぱり。アテナさんは、アンお姉さんのお店で珈琲を入れる為に必要な物を購入したんだ。
「ほほう、確かにアンのコーヒーショップなら間違いはない。商品もいい物を取り扱っている」
「ほら、コナリーさん。ルンもカップ買ったんだよー、見てーー」
「おーー凄いな、ルンちゃん!! これはとても素敵なコーヒーカップだね。これで珈琲を飲んだらきっと更に美味しくなるよ」
「ほんとにーー!? じゃあ、それってまるで魔法のカップだね」
ルンちゃんの嬉しそうな声。和やかで楽しい会話を続けていると、急に何か水が沸騰する音が聞こえた。ルキアとコナリーさんの慌てる声。
「あっ! お湯が湧きましたよ!」
「おお、そうか。それじゃ早速ドリッパーのセットをして珈琲を落としてみよう。アテナちゃんは、よければもっとこっちへ来て落としなさい。一緒に並んで落とした方が、よく解るだろう」
「はい、ありがとうございます。それじゃよろしくお願いします」
コナリーさんの珈琲の授業が始まった。わたしは、ルキアとルンちゃんとチームを組むと、二人がわたしを挟む感じでスタンバイし始めたので、自然とチームの真ん中になってしまった。
アテナさんは、アンお姉さんのお店で購入した自分のサーバーとドリッパーを使用し、わたし達はコナリーさんが余分に持ってきてくれたものを使わせてもらう事になった。ルキアが道具一式を受け取って、私に手渡す。
「クロエは、今までに珈琲を落とした事がありますか?」
「いえ、ないです。でも抽出方法は、話には聞いた事があるのでなんとく手順位は……」
「それじゃ、クロエが準備してみてください。私はアテナやルシエル達と旅やキャンプをしている時に、よく珈琲を落としたりはしているので」
「え? わたしがですか?」
「はい、お願いします。でも、もちろんチームですから手伝いますよ」
「ルンも、チームなんだけど!」
「うん、ルンもチームだよ」
てっきりルキアが中心になってやるのかと思っていたわたしは、動揺してしまった。だけど確かに目が見えなくても珈琲のセットくらいはできる。ルキアやルンが傍にいて手伝ってくれるなら、尚更だ。
ルキアがコナリーさんから借りてきたものを、ひとつひとつ手で触って確認していく。
これはコーヒーサーバー。感触が硝子だし形ですぐにわかる。それを手前に置くと、その上にドリッパーを乗せた。わたしはルキアがいるだろう方を振り返って言った。
「じゃあ珈琲を入れる準備まではわたしがやりますから、珈琲を落とすのはルキアにお願いしてもいいですか? 流石にわたしだとお湯をこぼしたり、溢れさせてしまったりしてしまうと思うので」
「はい。じゃあそれでいきましょう。ルンは私とクロエをサポートしてね」
「うん。ルン、頑張る。頑張ってサポートするよ。任せて」
コーヒーサーバーとドリッパーのセッティングが終わると、コナリーさんが次に必要なものをくれた。布?
「こ、これはなんの布ですか?」
「ははは。これはネルだよ。うちの店では紙のフィルターを使って珈琲も落とすが、普段はだいたいこのネルを使って珈琲を落としているんだよ。だから今日は君達にはネルドリップで珈琲を落としてもらう」
「ネルってなーに? 眠ること?」
「ははは。眠る事じゃないけど、いい質問だねルンちゃん。ネルっていうのはね、そういう種類の布生地だよ。もっと詳しく言うとこの今手渡したネルは、綿と羊毛を合成させて作った生地だ。これが珈琲豆から美味しいエキスを抽出してくれるんだよ」
「へえーー、なんかよくわからないけど凄いね」
ルンがそう答えると、皆大笑いした。
ドリッパーの中にネルを入れると、いよいよその中に珈琲豆を入れる。既にお店でコナリーさんが挽いてきた、厳選された珈琲豆。
量を図らなければならないので、それはルキアにお願いした。ほのかに挽きたての珈琲豆のいい香りが鼻を通ると、一気に珈琲が飲みたい気持ちが高まってきた。




