第56話 『テトラ・ナインテール その2』
――――――クラインベルト王国。王宮。
私は陛下に再び呼び出され、執務室に向かった。
「ししし……失礼致します。テトラ・ナインテールでございます」
「入れいいっ!!!!」
ゲラルド様の雄叫びにも思えた大声がして、ビクっと身体が震えた。…………危なかった。もう少しでまたお風呂に入らなければならない所だった。ゲラルド様は、なぜあんなにも、恐ろしい声で、人を威圧されるのだろう。
…………違う。それは違う。ゲラルド様のように物凄く強い方は、私みたいな弱虫がきっと不快なんだ。
「し……失礼致します。入らせて頂きます」
執務室には、陛下とゲラルド様。それに眼鏡をかけたメイドが一人。…………長くて、綺麗な黒髪。私と違って、凛としていて素敵な人…………
「おー、きたか。早速だが、事態は急を要しておってな。早速だが、要件を話そう」
「は……はい」
「テトラよ。そなたは、そこにおるメイドと一緒に、我が娘ルーニを探し出して、連れ帰って欲しい」
ルーニ様? 連れ帰る? それって、どういう…………?
「状況が飲み込めんじゃろうが、単刀直入に話すと、ルーニは誘拐されたのじゃ」
「ゆ……誘拐⁉ ルーニ様が⁉」
そう言った途端、ゲラルド様は、とても恐ろしい顔で私を睨みつけた。そして吐き捨てるように言った。
「なんとも白々しい小娘よ!!」
「やめよ、ゲラルド。…………テトラよ。ルーニは、昨日誘拐された。…………そなたは、その件について何か思い当たる事がないかの?」
「いえ! そんな私!! 知りません! ルーニ様が誘拐されただなんて!! ……………!!」
濡れ衣だと言うとした。濡れ衣だと言おうとして、はっとした。
………………思い当たる事が…………ある。
昨日の夜の事、私の部屋へ、私と同じこの城内で働く下級メイド、シャノンがやってきた。
「テトラ! 助けて!」
「シャノン? こんな時間に、どうしたの?」
「頼れるのがあなたしかいなくて! あなたなら素早く動けるし、身のこなしもいいから」
「それって、どういう……」
「ルーニ様が、内緒で貴族のお友達を王宮に招待していたらしいんだけど、その子が高熱を出しちゃって」
「え⁉ それは、大変! 私でお役にたてるのであれば、手伝いますが……でも…………」
「ありがとう!! テトラなら、そう言ってくれると信じてた! ルーニ様が、こんな事になってしまって、もし王妃様にこの事が知られたら、大変な事になるとおっしゃってて…………だから、ルーニ様の為に、なんとか内密にしたいの」
「つまり、そのお友達をこっそりと、親の所へ帰すって事ですか?」
「そう! ちゃんとお詫びもするし、もうその子の親とは、話もついている。王宮内の医者だって、手配しているから大丈夫。…………大丈夫、なんだけど…………なんとか他の兵士とかに、バレないように外へ抜け出せないかなって」
「解りました。私に任せて。私なら、その子を抱いて、素早く動けるから」
私は、シャノンの頼みを聞いて、その子供を城から連れ出して、その子の家だという、王都のある貴族の館の前まで連れていった。その日は雨だった上に、城内でボヤ騒ぎも起きるという事が重なったので、連れ出すのは、思ったよりは容易だった。
冷汗が背中をつたう。
「思い出したようだな、テトラ。そなたが連れ出した子供が、ルーニじゃよ。丁度、昨日の夜は雨じゃったな。その子は、雨に当たれば具合が悪化するからと、深々とローブでも着せられていたであろうな。そなたには、ルーニではない他の子に見えたか?」
そういえば…………確かにそう言われてみれば、あれは、ルーニ様だったような気もする。でも、私のような下級メイドがルーニ様と触接…………お会いしたことなどほとんどない…………
違う。そんなの言い訳だ。自分が本当に嫌いになる。ルーニ様が誘拐されたのは、私のせいだ。冷汗だけでなく、目から涙が…………私は、その場に崩れ落ちた。
「わああああああん!! 申し訳ありません!! 申し訳ありません!! 私! 私、死んでお詫びをします! 死んで! わああああああん!!」
泣いた。蹲って泣き崩れた。死にたくない。死ぬのは怖い。でも、死にたくないが、仕方がない。死に値する事をしてしまったのだから。もうどうにも弁解の余地もない。
「泣き止め!! 小娘!! 泣けば許されるとでも、思っているのか? お前は、知らなかったとはいえ、ルーニ様が誘拐された事に加担したんだぞ!! ルーニ様は今もなお、おまえごときが想像もできぬ程の、苦しみにあっているのやもしれぬのだ!!」
「うわあああああ! 本当に申し訳ございません!!」
「そして、陛下はまだ話されている!! 泣き止んで、頭をあげて陛下の話に、耳を傾けろ! でないと、その狐色の髪の毛を掴んで無理やり顔をあげさせて、嫌でも話を聞かせるぞ!!」
怒り狂うゲラルド様の様子を見かねてか、陛下が割って入った。
「おいおいおい、よせ。怖い。怖いぞゲラルドよ。落ち着け。お前にそんな感じに迫られて、そんな風に凄まれれば歴戦の大男もうずくまって泣き出すぞ」
「は……はっ! 申し訳ございません!」
「ひっく、ひっく」
「テトラよ。訓練室で戦わされて怖い思いをしたのは、ルーニが誘拐された事に加担した罰だと思え。知らぬ事だと申しても、ルーニは誘拐された。その罰は、受けねばならん」
「は……はい」
「それと、戦わせた理由がもうひとつ。そなたの力量を見たかった。ルーニを探しだせる度量と、その気構えがあるかどうか。それに、おまえはモニカと仲が良かったと聞いた」
「いえ! そんな! モニカ様には、剣や槍の練習のお相手をさせて頂いただけです」
「それでも、モニカの為になる程度の武術を身に着ける努力は、したんじゃろ? モニカの為にの。そこらのやつでは、多少努力したところでモニカに太刀打ちできん。それを考えると、モニカの相手をするために、お前がどれだけ努力したのか伝わってくる」
「うっ……うっ……」
「そしてそういう者にならきっと、モニカの妹であるルーニを探し出してくれる気がしてな。余が自ら、探しに行ければ良いのじゃが…………それはこちらの都合上、今はかなわん。それに、この件は王妃のエスメラルダには、内密にしたい。丁度、エスメラルダは、ガンロック王国へ向かっておるらしくてな。つまり、エスメラルダがここへ戻ってくるまでが、タイムリミットじゃ」
……私が……私がルーニ様を……助ける………
ゲラルド様が再び、迫った。
「打ち首という選択でもかまわんぞ! それともルーニ様を、探し出すか!! 探し出すなら、解っていると思うが必ずだ!! 必ず探し出せ!! もしもルーニ様に、何かあった場合、おまえは拷問室送りだ」
「よさんか! ゲラルド!! お前がルーニの事をどれだけ大事に思ってくれているかは、誰もがわかっておる。わかっておるが、今のような事をおまえみたいなのに、迫って言われたらドラゴンも泡を吹いてぶっ倒れるぞ」
「は……はっ!」
「解りました!! 陛下!! 私…………私、必ずルーニ様を見つけて、連れ帰ってきます!! 必ずです!!」
「うむ。そこにおる、眼鏡をかけた黒髪のメイドも、おまえと共にルーニを探す。協力して、探すんじゃ」
え? この人も?
「はじめまして。私は、国王陛下直轄王室メイドの、セシリア・ベルベットです。あなたと共に、ルーニ様の捜索の任務を受けています。これから、よろしくお願いします」
「は……はじめまして。私もよろしくお願いします」
「シャノンは、もはや行方不明。恐らく何処かへ逃亡しておるが、ルーニはシャノンと共におる可能性が高い。すぐに、おまえたち二人は出発して、あとを追うんじゃ」
「承知致しました」
「は……はい!」
私とセシリアさんは、自室に戻るなり、すぐに荷物をまとめてルーニ様の探索の為に城を出た。
城の門を通ると、セシリアさんはすでに荷物をまとめて門の外で待っていた。セシリアさんも私も、服装はメイド服のままだったが、ルーニ様はすぐに見つけて帰るつもりだ。だから、メイド服で問題ないと思った。
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〚下記備考欄〛
〇ルーニ・クラインベルト 種別:ヒューム
クラインベルト王国、第三王女。セシル王とエスメラルダ王妃の間にできた子供。アテナやモニカと父は同じで、エドモンテと母は同じという事になる。でも、アテナやモニカの事が大好きで、特にアテナに懐いている。
〇シャノン 種別:ヒューム
クラインベルト王国、王宮メイド。テトラとは、同僚でそれなりに親しかった。しかし、何者かと共に王女誘拐の計画を立て、テトラを利用してルーニを誘拐した。
〇エスメラルダ 種別:ヒューム
クラインベルト王国、王妃。セシル王の妻でルーニとエドモンテの母。貴族が支配する大国、ヴァレスティナ公国の国主であるエゾンド・ヴァレスティナの娘。現在、エスメラルダ王妃は私兵の鎖鉄球騎士団を連れて、アテナを連れ戻しにガンロック王国へ向かっているようだ。
〇セシリア・ベルベット 種別:ヒューム
クラインベルト王国、国王陛下直轄王室メイド。王宮に大勢いるメイドの中でも、トップに位置するエリートメイド。眼鏡をかけていて、長く美しい髪は知性だけでなく気品も感じる。戦闘能力は特にないが、国王陛下に対する忠誠の厚さは凄まじい。誘拐されたルーニを救出する為、テトラと共に選ばれたメイド。もちろん、彼女がその使命をやり遂げるのに適しているという判断のもとに選ばれているのは言うまでも無い。
〇執務室 種別:ロケーション
クラインベルト王国、王宮にある王の執務室。セシル王はこの部屋に一日こもって仕事をしている事もある。クラシックな部屋の作りで、書類が沢山ありいくつもの並んでいる棚には沢山のファイルや本が並んでいる。セシル王は仕事だけではなく、読書や考え事をするのにもこの執務室を良く使用しているようだ。
〇ガンロック王国 種別:ロケーション
クラインベルト王国の南東にある隣国で、一面荒れ果てた荒野が広がっている国。アテナ一行が現在旅をしている国。




