第559話 『鰐の屋敷 その3』
安っぽい言葉だったけど、上手く乗ってきやがった。敵を挑発して、敵意をミャオ達からこのオレへ向けさせる事が、まず最初に行う肝心な事。
フフフ……こう見えてもオレは、ハイエルフ。
エルフっていうのは、森の守護者の他に森の知恵者とも言われている。まあ、オレ位になると知恵者というよりは策略家だがな。フヒヒ。
ミャオが叫んだ。
「ルシエル、気を付けるんニャ。その鰐の仮面を被っている男はトニオ・グラシアーノ。もともとは、アサシンニャ」
「アサシン……暗殺者か」
トニオは二本のナイフでオレ目掛けて襲いかかってきた。は、早い! しかもブンブンと振り回す素人特有の攻撃じゃなかった。
ミャオの言った通り、暗殺者の攻撃。無駄のない動きで、的確に急所を突いてくる。
「ギャハハハ!! エルフめ、なかなかやるようだがもう後がないぞ! どうする? どうするんだ?」
ギィインッ!
首を狙って突き出してきたナイフを防ぐと、トニオは素早く二本のナイフで、オレのナイフを挟んで絡め取った。こ、こいつはなかなか器用な奴だ!!
トニオは少し距離をとって、そこからナイフを勢いよく投げてきた。
「エルフの分際でこの俺に、ナイフ勝負で挑んだのが大間違いだったな。お前のナイフはもうない、チェックメイトだ。死ね!! スローイングダガー!!」
仮面のせいで笑ってんのか、怒ってんのかも解らねえ。だけど、勝ち誇った顔をしているんだろうなという事は解る。避けろっていう、ミャオやノエルの声も聞こえてきた。
……ふう。
まったく、皆オレの事をあまく見すぎているぞ! オレは、あのドワーフの王国へ攻め込んできたリザードマン達の帝国の帝王、ザーシャって奴を倒した者だぞ。変な仮面を被ったアサシン一人なんて物の数ではないぜ!
「死ね!! 死んで俺の糧となれ、ハイエルフ!!」
「嫌だね!! 風よ、剣となりて我の力となれ!! 《風の剣!!》 二刀流、しかもミニバージョン!!」
ノクタームエルドでした地底湖キャンプ。その時にファムから教えてもらったとっておき魔法。
風属性の剣を生成する事ができるという、かなり使える黒魔法。これはそれをアレンジして、もっと風の剣を短く生成し、ナイフの形状にしたものだ。
鰐の仮面の男――トニオは、オレ作りだした風の短剣を見て明らかに動揺していた。
「風の剣か。しかも魔力の他に精霊力まで宿しているとはな。やはり、エルフを相手にするにはリスクが多いか」
「ヒャッヒャッヒャ。鰐野郎の分際でよく解ってんじゃねえか。しかも風の剣二刀流、ナイフバージョンってだけじゃないぜ。お前……悪魔だろ? 悪魔って確か神聖攻撃が苦手だけど、精霊魔法にも敏感だよな? つまりこの精霊力多めの風の短剣でお前を叩き斬れば……相当痛いんじゃないのか、あーん?」
「ダメージは甚大と言いたいんだろ? しかしいいのか、俺を叩き斬っても? 俺は、ブレッドの街の商人トニオ・グラシアーノだぞ?」
「そんなのオレは知らん! だから、気にしなーい。叩き斬ってもいいんだよ!!」
トニオ目掛けて突っ込んだ。風の短剣で攻める。だがやはり、ナイフ捌きはトニオの方が少し上回っているのか次々と攻撃を弾かれる。
何としても、一太刀入れてやるっていう俺の強引な攻めを見てミャオとクウが叫んだ。
「ルシエル!! トニオはその鰐の仮面に操られているだけニャ!! それにトニオはニャーの友人ニャ、殺しちゃ駄目ニャ!!」
「ルシエルさん、トニオさんを救ってあげてください!!」
「言われなくたって解ってるわいー!! オレにドーンと任せとけー!!」
「ギャッハッハッハ!! 叩き斬ってやると豪語していたがやはり、叩き斬れまい!!」
「いや、違うね。お前を叩き斬るんだよ!!」
ズバアアッ!!
トニオの握る二本のナイフを、ついに圧倒し弾き飛ばす。そしてすかさず懐に入ると、トニオが被っている鰐の仮面目掛けて風の短剣を縦に斬り下ろした。
トニオ……いや、鰐野郎の悲鳴。仮面の斬られた亀裂からドス黒い煙のようなものが、大量に吹き出す。
「ギャアアアアア!! おのれこのドゲスエルフがあああ、やりやがったなあああ!! ゴブリンやオークのゲロよりも汚ねえ精霊の力を、この俺様に浴びせやがったなあああああ!!」
「ワッハッハッハ!! ざま見ろ!! 悪魔が大好きな精霊の力、オレがいくらでもご馳走してやっからよー、遠慮なく召し上がれー。ワハハハハ!」
「ブチンッ!! モウ、ユルサネエ!!」
トニオは、仮面の亀裂から漏れ出す黒い煙を止めようと両手で顔を覆った。馬鹿め、一気に畳みかけてやる。そう思った刹那、トニオの身体が一瞬にして膨張し巨大になった。
人間の身体は鰐のように変化していく。被っていた仮面は本物の鰐の頭になった。
「うおおおお、すげええ!! こ、こいつも鰐の化物になれるのか!!」
「どけええっ!!」
「ぐはあっ!!」
大きな鰐人間になったトニオは、その大きな腕でもって、オレを殴りつけるとそのまま廊下の方へ走り出した。
部屋からは出しはしないと、ノエルが立ち塞がったが、ノエルも俺と同じく殴り飛ばされて部屋に山積みにされていた木箱に突っ込んだ。
「どけえ、どけええ!! 精霊魔法の使えるエルフは厄介だ!! この場は一度引いて、体勢を整えてから改めて貴様らを血祭りにあげにきてやる!! ギャッハッハッハ!!」
トニオは、ドスドスと廊下にでると先に破壊していた窓から外へ飛び出した。身体が大きくなりすぎていて、飛び出る際に窓のサッシ周りの壁も破壊して出て行った。
「くそ、待て鰐野郎!! 逃がさねえぞ!!」
ミャオとクウ、それにシェリーが無事な事を確認すると、オレはノエルと一緒にトニオが飛び出した窓から勢い良く飛んで、後を追いかけた。




