第554話 『ルシエル&ノエル その2』
酒場に入るなり、バーン・グラッドの姿を目で捕らえた。そして、一目散にこの場から逃げ出さねばならないと思った。
だけど逃げ出さなくて良かった。
オレとノエルは、バーン達がいるテーブルへ同席させてもらうと、バーンはオレとノエルになんでも好きな物を注文していいと言った。つまり昼飯をご馳走してくれると言っているのだ。
フッフッフ。何も知らないってのは、恐ろしい事だ。身体が小さくて少女に見えるし、ノエルの事をそれ程食べないと思っているようだが……それは違う。
この女は、オレやアテナ並みに食いしん坊なのだ。
いつもバーンに会うと玩具にされているので、今日はその仕返しに、バーンの財布に大ダメージを与えてお灸をすえてやろうと思った。
でも思っただけだ。
注文したものがテーブルに並ぶと、オレとノエルは夢中になってそれらにがっついた。うんめーー!!
特にハンバーグ。以外にと思うかもしれないが、酒場で出すハンバーグっていうのは、拘りのある美味しい店が多い。まあ、あくまでもオレの経験上の話でだけど。
サラダも最高。シャキシャキしている。信じられないかもしれないが、店によってはクッタリしたサラダを出す店もある。そういう料理に重視を置いてない店は駄目だ。酒場というのは、酒さえ置いておけばいいというものでもないのだ。
ノエルが今度はオムライスに手を付けると、めちゃくちゃ美味そうに食べる。オレはそれを見てノエルの食べているオムライスを一口横取りして食べた。美味い!! 卵がふんわり、モチモチしている。
「こら、てめえ!! またあたしの食い物を奪いやがったな!!」
「なんて人聞きの悪い!! 奪ったんじゃねえ、味見だよ味見!!」
「はあ? じゃあ、あたしも味見だ!!」
めちゃウマだったので、ラスト2本をあえて残していたエビフライ。それをノエルは容赦なく摘まみ上げて、自分の口に放り込んだ。
オレは絶望した。
「うわああああ!! ノエル、お前なんてことをするんだ!! 残していたエビフライ全部食った!! わああああああんんん」
「ハハ、気にするな。味見だよ、味見」
「このヤローー、なんてひでー事をしやがるんだ!! 血も涙もありゃしねえ!!」
エビフライを返せとばかりにノエルの腕を引っ張ったが、ノエルは全く気にもせず、もぐもぐと咀嚼する。なんてとんでもない奴なんだ!!
悲痛に身を捩っていると、オレとノエルの食事を目の当たりにして放心状態になっているバーンとそのお連れの人、二人が目に入った。ちょ、ちょっと反省。
「いやー、凄まじいな二人とも。ルシエルもそんなに泣き叫ぶな。店には、他の客もいるんだぞ。エビフライがまだ食べたければ、また注文すればいいだろ」
「え? いいのか?」
「いいよ、今日はなんでもおごってやるって言ってるだろ。ギルドマスターなめんなよ。遠慮すんな」
いつもは変なおじさん……っあ、変なお兄さんに見えていたバーンが天使様に見えた。オレは、ピンっと挙手して店員を呼ぶ。
「すいませーーん。っあ、すいませーーーん」
「はーーい。何でしょうか?」
「っあ、すいませーーん。エビフライ、追加で1皿……いや3皿もらえますかー?」
「ああ、申し訳ないです。エビフライですが今日はもう売り切れてしまいまして」
目から涙が溢れてきた。絶望。しかしそれを拭わずに、無言で下唇を噛み、バーンの顔を見つめる。
ノエルは全くオレを気にする様子もなく、素知らぬ顔でオムライスを平らげて、今はカルボナーラに着手している。もんぐりもんぐりと、もくもくと食事を続けている。
悲痛な顔して見せると、バーンが言った。
「し、知らねーーよ!! お、俺のせいじゃねーだろが!! エビフライが無いんだったら、別に他のものを食べればいいじゃねーかよ!」
ちょっとした茶目っ気でノエルの頼んだオムライスを味見しただけなのに……まさか、大切なエビフライを失うとは……失って初めてわかる、エビフライの大切さ。
切ない顔で頷くと、メニューを手に取った。
まあ、そんな感じでバーンには……バーンさんには、物凄くご馳走になってしまった。
この酒場では珈琲も出してくれるというので、たらふく食った食後の珈琲を頂いて食休みさせてもらった。
しかしこの街の酒場は料理も美味いが、こんな美味い本格的な味の珈琲も出してくれるなんて、流石は喫茶店が栄えるブレッドの街だと思った。
オレとノエルが食事や珈琲に満足したのを確認すると、バーンは店員に皆の食事代を支払った。もう行くらしい。
「そういえば、バーンはなんでこんな街へいるんだ?」
ノエルとバーンに、両サイドから頬っぺたをつねられる。いててて!!
「バーンじゃねえ、バーンさんだろ」
「ほえ? だってオレの方が年上じゃん。それ言うならバーンがオレにさんつけないといけねーんじゃ……アテナもバーンって呼び捨てにしているし」
「むっ! じゃあ今の無し」
そう言ってバーンは、オレの頬を抓るのをやめた。いてて! ノエルにも言う。
「痛いって! なんだよ」
「こんな街っていうな、失礼だぞ。今は霧に覆われているが素敵な街だろうが」
そ、そういう事か。
「す、すいませんでした……言葉を間違えました。こんな街じゃなくて、この街って言いたかった」
「よし」
ようやくオレの両頬は解放された。ちょっと赤くなっている部分を擦りながら、気になっている事をバーンに聞く。
「それで……そちらのお連れさんは?」
「おっせ、今頃かよ!! テーブルに着いたときに言えよ!」
バーンがオレの肩を軽く叩いて突っ込んだ。
「まあいいや。この二人は、俺と同じくエスカルテの街の、冒険者ギルドの者だ。まあ簡単に言うと、俺の部下だな」
バーンがそう言うと、二人はオレとノエルに頭を軽く下げて名乗った。
「ジャロン・ビリングスだ。よろしく」
「私はオーベル・ノクシーです。お見知りおきを」
オレとノエルが、二人と交互に握手するとバーンが笑った。
「ガハハ。何かお見合いみてーだな。こう見えて、二人とも冒険者ランクCだしな。頼りになるぞ――ってそう言えば、ルシエル……お前またランクが上がってたぞ。ドワーフの王国を救った件での評価だろうがな」
「え? うそ、マジか!! もしかして、ようやくアテナに追い付いたか!!」
「まあその話は後だ。俺達はそろそろ行かなきゃならない。ちょっと野暮用でな」
「え、そうなのか? それは、もしかして仕事か?」
「ああ、そうだよ。だからなんだ?」
「オレとノエル、実は今日は暇なんだ! 飯をご馳走になったからな、お返しに手伝ってやるよ。嬉しいだろ? 特別だかんな」
満面の笑みでそう言うやいなや、バーンとノエルは凄く嫌な顔をした。
そんな表情を見せられれば、余計についていくしかないと思うだけ。
なんの仕事なのかは解らんけど、折角このオレが手伝ってやると言ってるんだ。ルシエルさんついてきてくれてありがとう。流石、ルシエルさんッス! そう言わせてやろうと思った。
そうすれば、また何かしてもらえるかもしれんからな。フヘヘへ。




