第552話 『朝』 (▼ルシエルpart)
――――目が覚めると、目の前に尻があった。小さくて可愛らしいケツ。
暫くまじまじと見ていると、なんだか凄くムカっ腹が立ってきたので、その尻を思いきり叩いた。
バシーーンッ
「いってーー!! 何しやがるんだ、このやろう!!」
隣で寝ていたノエルが飛び起きた。そして自分の尻を擦りながら、オレの事を凄い形相で睨んで怒っている。
「人様の顔の前に、尻をもってくるからだろーが!! 人のベッドに勝手に入りこんで寝るわ、オレの顔の前にその可愛らしい尻を、惜しげもなく見せつけてくるわ!! どうなってなんだ、ハーフドワーフって種族は、いったいどういう感性をしとるんだね、チミは!!」
「はあーー? ふざけんなよ、何言ってんだ、てめーこのクソエルフ!!」
「ク、クソエルフだと!? こ、このラブリーチャミーなオレ様に向かって……」
くそっ! 悪いのはノエルの方なのに、朝っぱらからなんて悪い口の利き方をしやがるんだ、このハーフドワーフの娘さんはよ!! ちゃんと、幼い時にしつけとけよ、デルガルドさん!!
「そういう、怖い口の利き方やめろ! オレのガラスのように繊細な心が砕けちまったらどーすんだよ!! 責任とって、ケアしてくれんのか? ああ? やっさしー感じで、メンタルケアしてくれんのかよ!!」
「はあ? よく言うぜ! 剛毛の心臓している癖に! 言っとくけどな、このベッドはあたしんだからな」
おうん?
「お前は隣! よく見ろ、お前はそっちのベッドだったろ! 昨日部屋に入るなり、こっちがいいって言ってお前が先に寝床を確保しやがったんだ! まあ、あたしはそれでもいいけどよ、だが濡れ衣を着せられるのはごめんだ!」
「そ、そんなのおかしーーし! ぜってーーおかしーーし!!」
「何がおかしいんだよ。おかしいのは、てめえの頭じゃねーのか? まだ寝ぼけてやがんのか!!」
「このやろー!! て、てめえ……言わせておけば……」
「なんだ? やるのか? 今から宿の外に出て喧嘩するか? いいぞ、それならいくらでも買ってやる」
ちくしょー、ちくしょー、ちくしょー!! ノエルめええ!! こうなったら、後悔させてやる!!
ノエルは魔法を使えないからな。ちと卑怯かもしれないが、精霊魔法でノエルの身体の自由を完全に奪い、ルキアにも味合わせた事の無い位のくすぐり地獄をお見舞いしてやる。謝っても二時間位、くすぐり続けてやる!! フヘヘヘヘ。
オレは怒った! あとで、アテナに怒られるかもしれないけど、大義は我にあり。ノエルに天誅を与えてやるしか……
…………おん?
あれ?
いきなり記憶が蘇ってきた。そう言えば、昨日はノエルと二人でこのブレッドの街で食べ歩き、飲み歩きのお楽しみツアーを開催したんだっけ。それでオレもノエルもご機嫌になって、かなり遅くまで飲んでしまって、フラフラになりながらこの宿に戻て来たんだっけな。
その時、アテナはまだ戻ってなくて……あれってなったんだけど、ミャオが先に寝てていいって言ってくれたし、オレもノエルももういい感じだったから、「お先にーー」つって、お言葉に甘えてそのまま自分達の部屋で寝たんだっけ。
それで俺が部屋に入るなり、「こっちのベッド、とっぴー!! はーーい、早い者勝ちでーーす!」とか言ってそっちの寝床を取ったんだっけか。
それで眠ってしまったけど……明け方寝てる途中でトイレに起きて、そのまま寝ぼけてたのか面倒くさいと思ったのか、ノエルのベッドに横になりスヤスヤと……それはもう、安らかにスヤスヤスヤスヤと……おうん?
「……そのマヌケ面……ようやく何か、思い出したか?」
ノエルにちくりとそう言われて、汗が噴き出した。口笛を吹いて誤魔化そうとしたけど、ノエルのオレを見る目は、更に何か哀れな者でも見るかのような感じになってしまっていた。
べべべ、別にノエルのオレに対する不信感を誤魔化そうとしたわけじゃないけど、パッと思いついた事を口にした。
「そ、そう言えばアテナや他の皆はどうしたのかな?」
「話をすり替えようとしているな、お前」
「そ、そんな事ないよ……えーーと……オレは、悪いハイエルフじゃないよ」
「どうだか」
「アハハ……だってそれにほら! もう昼回ってるだろ? 皆きっともう起きて何かしてんぞ! オレ達は、置いてけぼりかもしれない! だったら、こりゃ一大事だね、ハヒヒヒ」
置いてけぼり――そう言うとノエルは、部屋の外に出て行った。そして直ぐにまた戻ってくると真顔で言った。
「察しの通りだ。あたしらは、置いてけぼりだ」
「…………ち、ち、っちっきしょーーーーう!!!!」
ベッドの上で暴れ回り、この切なさと怒りをフカフカの布団に叩きつける。
ノエルは、そんな哀れなオレを見つめると、溜息も吐かずに無言で服を着始めた。
無意識だろうけどスカートを履こうとした時に、またオレの方へ向かって尻を突き出してきたので、オレは両手を組んで人差し指を突き出し合わせると、それでノエルの小さな尻の真ん中を狙って突き刺した。
「えいっ! 天誅!」
ズブッ!
「いたっ!! お前、何するんだ!! し、信じられねえ! 馬鹿か!!」
ゴツーーンッ!
「いったーーーい!!」
ちょっとした茶目っ気なのに、本気で怒られた。
そんなちょっと短気だけど、可愛くて頼りになる新しいオレ達の仲間であるノエルと、戯れながらも出かける用意を整える。
そう言えばオレもまだ服を着ていなかった。ノエルはパンツ一丁で、さっきアテナ達全員の部屋を覗きにいったようだけど、途中で他の客にその姿を見られたらどうするんだと思った。まったく、はしたない。
準備も整い部屋を出てロビーに降りる。すると、フロントにいる宿のおじさんに呼び止められて1枚の紙を渡された。これは……伝言か。
ノエルは、既にそれがアテナかミャオからの伝言だと察していたようで、読んでいるオレの横から内容を見ようと覗いてくる。
しかし背の小さなノエル。オレはわざと意地悪して、高く手に持ってノエルがのぞきにくい位置に紙をもっていった。
それでもノエルは必死になって、背伸びをしてミャオからの伝言を読もうとする。その姿に、実質114歳のオレは凄く癒された。
アテナに悪戯すっと、後で何されっか解らないので怖いけど、ノエルはいい。凄くいいよ、んーんーんー。
ルキアに続いてこれはまたいいものが、オレの傍にやってきたと思った。




