第551話 『鰐の仮面 その4』
「扉を開けろー、ミャオ!! 大人しく出てこないとシェリーを殺すぞ」
「それは、駄目ニャ!! やめるニャ!! そんな事をしたら、トニオ自身が後で後悔するニャよ!!」
「それだったら出てこい!! 5秒だけ待ってやる」
「ま、待つニャ!! わ、解ったニャ! 直ぐ出て行くからシェリーを傷つけないでニャ!!」
「よーーし、いいだろう。それでこそ我が友、ミャオ・シルバーバインだ。商談と同様に話がわかる」
「やめろ、ミャオ!! 出てくるな!! こいつは、お前の友人のトニオ・グラシアーノじゃない。出てきたら確実に全員殺されるぞ!!」
「うるさい、黙れ!!」
ドガアッ!!
「うっ!」
このままこの倉庫に立てこもっていても、どちらにしても皆殺しにされる。
またトニオがあの大きな鰐に姿を化えたら、あの大きな口のひと噛みでこんな扉、噛み破られてしまう。それならもうこの手しかないと思った。クウの手を握る。
「クウ、ニャーはシェリーを置いて逃げる事はできないニャ」
「私もです!」
「聞くニャ! どちらにしても、このままじゃ皆殺しにされるし、ニャーはこの足じゃどっちみち走れないニャ! だから今、扉を開けてニャーは出て行くニャ。それで精一杯気を引いてチャンスを作るから、クウはその隙にトニオをすり抜けて逃げるんニャ」
「嫌! ミャオを置いてはいけない!」
「頼むニャ! ニャーも死にたくないから、抵抗するニャ! それにクウが助けを呼んで来てくれないと、どちらにしても駄目ニャ!!」
「出てこいミャオ!! 出てこないというなら仕方がない。やはりシェリーには死んでもらおう……」
「待つニャー!! 今、出るニャー!! ……クウ、隙を作るからその瞬間を見計らって逃げるニャ」
クウはまた何か言おうとしたけど、顔を振って拒んだ。これ以上問答していてもシェリーが殺される。それは、クウも十分に理解している。
もう一度倉庫内をよく見てみるけど、この部屋には窓がない。
廊下には窓がいくつかあったけど、流石商人と言うか、防犯の為にすべての窓には格子のようなものが施されていた。全部が全部そうなのかは解らないけど、調べている暇なんてない。
そう考えるとやはり逃げ道は、やはりこの屋敷に入って来た一階エントランスにある出入口しかないのだ。
ガチャッ
恐る恐る扉の外に出る。すると廊下の先、一階へ続く階段の前の広間で、仁王立ちになりこちらを見ているトニオとその場に横たわるシェリーの姿が目に入った。
「シャリー! 大丈夫かニャ!!」
「ああ……でも、出てくるなって言ったろ」
「どちらにしても、トニオに扉を破られるニャ。だから、今はこれでいいニャ」
まだ倉庫の中にいるクウに目配せをする。まだ――まだだ。チャンスは必ず作る。トニオはナイフをシェリーの喉元に当てると言った。
「よーし、こい。そのままこちらに歩いてこい。抵抗すればシェリーは殺す」
「ま、待つニャ。今、そっちに行くニャ」
ゆっくりと歩く。トニオに近づいていく。
「待て!!」
「え? な、なにかニャ!?」
「クウちゃんもだ!! クウちゃんにも倉庫から出てきて、こっちへ来るように言え!!」
「そ、そうしたら3人とも殺すつもりニャ!!」
「いや、そんな事はしないさ。俺とミャオの仲だろ? 特別にクウちゃんは助けてやるよー」
信じられない。この男は、トニオの姿をしているけどトニオじゃない。トニオは決してこんな事をしないからそれは解る。つまり、呪いの仮面。あの鰐が、ニャー達を殺して食べようとしている。
「早くしろ、クウちゃんを呼べ。でないと、シェリーは今すぐここで死ぬぞ……ギヒヒヒ」
「ま、待つニャ!! クウは今倉庫で震えてるニャ! ちょっと待つニャ!!」
「あーーもういいか。とりあえず、倉庫からお前は出てきた訳だし、シェリーを殺して今度はミャオ、お前を餌にクウちゃんを呼び寄せる。それでいい」
トニオは、そう言ってシェリーの方を見る。ナイフ。
「駄目!! やめるニャーー!!」
この得体の知れない邪悪な鰐に操られているトニオなら、きっとシェリーをためらいなく殺す。そう確信したニャーは、懐に隠し持っていた自作の煙玉を取り出して床に思いきり叩きつけた。煙玉は破裂し、廊下中は煙で真っ白になる。
更に一階エントランスから大きな破壊音。誰かが屋敷に突入してきた事がすぐに解った。チャンスは今しかない!!
「クウ、走って逃げるんニャ!! 早く!!」
「は、はい!」
クウを走らせた。白い煙の中へ突入するクウ。トニオがいる辺りを突破する。それを確認すると、ニャーは今この屋敷に突入してきた者達に十分に聞こえる声で叫んだ。
「助けてえええええ!! 助けてニャアアアア!! 二階にいるニャよおおおおお!!」
ドカドカと音を立てて、階段を人が上がってくる音。煙が晴れてくると、屋敷に突入してきた者の姿が見える。
3人の男。そのうちの一人はバーンさんと共に、エスカルテの街から一緒にやってきた剣士風の男だった。クウがその男に抱き着く。
「助けて!! ミャオとシェリーさんを助けて!! グラシアーノさんが鰐の仮面を被って……それからおかしくなって……」
男は既に全てを察しているかのような表情で、軽くクウの頭を撫でた。
「解っている。ミャオとシェリーは、僕が助けるから君は逃げなさい。酒場にバーンさんが待機しているから、そこへ行って何があったのか話しなさい。ここは我々に任せて」
クウが振り返りニャーの顔を見たので「行って!」と叫んだ。するとクウは頷いて、急いで階段を駆け下りてブレッドの街の方へ走って行った。
煙が完全に晴れると廊下には、変わらずトニオが立っていた。クウに大丈夫だと告げた剣士の男と、別の2人が既にシェリーを救い出している。
トニオは、鬼のような形相――いや、猛り狂う爬虫類のように変化した目で、突入してきた男達を睨みつけた。




