第550話 『鰐の仮面 その3』
シェリーは、鰐の怪物に変化したトニオを見て目を丸くした。
「な、なんだこの魔物は!! いつの間に、この屋敷に入り込んだんだ?」
「シェリー! そいつは、トニオニャ!! でもトニオニャけど、トニオじゃないんニャ!!」
「はあ!? なんだそりゃ? なぞなぞか?」
「ニンゲンノブンザイデ、ヨクモオレノカラダニキズヲツケテクレタナ!! コノダイショウハ、タカクツクゾ! ギヒヒヒ」
トニオの目が激しいものに変わる。ニャー達を食べようとしていたトニオは、今度はシェリーの方を振り返り、彼女に向かって襲い掛かった。
「シェリー!!」
「シェリーさん!!」
「うおっ!! なんだ、この鰐のバケモンは!!」
トニオの大きな一撃。爪。シェリーはそれをさっとかわす。すると空振りしたトニオの大きな鰐の腕は、廊下の壁に命中して粉砕した。とんでもない破壊力に、驚きを隠せないシェリー。
「に、逃げるんニャ!! シェリー、逃げるんニャよ!!」
「に、逃げるったってそんな……お前らを置いていける訳がないだろ!! こう見えてもアタシは、Cランク冒険者だ!! しかもあんたらの護衛依頼を受けている!」
「やめるんニャ!! ニャンだかよく解らニャいけど、兎に角この鰐は異常だニャ!!」
言った瞬間、トニオがシェリーに向けて再び襲い掛かった。ここはトニオの屋敷2階の通路、こんな危険な相手と戦うには圧倒的に不利。自由に剣を振って戦える程、廊下の幅も広くはない。
「こうなったら、やるしかない!! うおおおおお!!」
トニオの攻撃を、起用に避けながらも反撃するシェリー。トニオの一撃は、壁も簡単に破壊する。避けないで、受け止めてしまおうものなら衝撃で飛ばされるかもしれない。
シェリーがどんどん後退し、追い詰められていく。ニャーにできる事はないかと必死に考える。
そうだ! シェリーに対して怒りを露わにしているトニオの背中。今なら背後から、トニオをやれるかもしれない。
でもトニオの身体は、全身が鰐そのものになっていて、短剣で攻撃してもまったく貫けなかった。じゃあ、何処か刃が通る所を探して突き刺す!!
いや、それもできない。あれは、トニオ・グラシアーノだけど、トニオじゃない。今、ニャー達に襲いかかってきているのは、彼の本心でもない。間違いなくあの鰐の、呪われた仮面に精神も身体も乗っ取られている。トニオはニャーの友達だ。殺す事なんてできない。
戸惑っていると、シェリーがまるでニャーの思っている事を見透かしたように叫んだ。
「逃げろおお、ミャオ!! こいつはトニオなんだろ? なんとか殺さないように善処はする。って言っても、逆にアタシが殺されそうだけどな。まあ兎に角ここは、アタシに任せてクウを連れてさっさと逃げろ!! そしてそのまま冒険者ギルドへ走っていってバーンさんを呼んで来い!!」
「で、でもニャ……」
「早く行けって!! こんなやべー奴、いつまでも相手してられないぞ!! 今、一番最良の策は、アタシの雇い主のお前らが無事に脱出して、ここへバーンさんを呼んでくる事だ!! そうすりゃ、こんな鰐野郎イチコロだ!!」
それでもシェリーを置いて逃げるなんてできない!! 逃げるなら3人で脱出したい!!
この屋敷は、ブレッドの街の外れにある。屋敷を脱出し、霧に紛れて街へ逃げ込めばなんとかバーンさんと合流できる、そう思った。
そう思った刹那、トニオの身体がグニグニと動き出す。そう見えたかと思うと、一瞬にしてトニオの身体は大きな鰐の身体から、もとの人間サイズに縮んで本来のトニオの身体に戻った。
鰐の頭部だったものも、トニオの頭に変わる。だが、鰐の仮面は被っているまま。
ニャーは、トニオの名を叫んだ。
「ト、トニオ!! もとに戻ったのかニャ?」
「もとに戻ったのかだって? 俺は別に何も変わっちゃいないさ。これが俺本来の姿さ」
今まで大きく厳つい鰐の腕だったものも、人間に戻っている。だけど、その手にはナイフが握られていた。商売がら、それがどういった種類のものか解る。暗殺用のナイフ。
トニオは、シェリーに向かって両手に持っているナイフを投げると、直ぐに振り返ってニャーの方へもナイフを1本投げた。
「まずは逃げられなくして、ゆっくりとお前らの肉と魂を頂く!! スローイングダガー!!」
勢いよく飛んでくるナイフ。狙いはクウじゃなくて、ニャーだったのは不幸中の幸いだけど避けられない。
グサッ!!
「ニャアア!!」
「ミャオ!!」
右足の大腿部に深くナイフが突き刺さった。倒れる。クウが駆けよってきて、ニャーの身体を後ろから掴んで引っ張った。右足から脳へ激痛が伝わってくる。
「さあ、逃げろ逃げろ!! そして怯えて震えろ!! お前らの肉と同じく、絶望から生み出される恐怖もまた俺の糧となり、力となる!! ササゲロ、オマエタチノダンマツマヲ!!」
「うおおおお!! させるかああ!!」
シェリーが、トニオ目掛けて斬りかかった。しかしトニオは人の身体に戻っている。
両手に握るアサシンナイフをクルクルと器用に回すと、巧みに使ってシェリーと互角以上の戦いを繰り広げていた。
そして少しずつ、トニオの放つナイフがシェリーの身体を斬り刻む。シェリーは、絶叫ともかわらない声で叫んだ。
「ボーーッとしてんな!! 早く今のうちに逃げろっつってんだろ!! アタシの事はいいから、早く逃げてバーンさんを呼んで来てくれええ!! 早く!!」
トニオが二刀のナイフで連続してシェリーの喉を狙った。シェリーは、すかさずその攻撃を紙一重で避ける。避けた所を狙ってトニオは、迫る。残したシェリーの足の甲へ向かってナイフを思いきり突き立てた。
シェリーの悲鳴――
「クウ!! 早く、手をかしてくれニャ!! 奥の部屋に逃げるんニャ!!」
「お、奥って……」
「一番奥の部屋なら、今扉は開いているニャ!! トニオが鰐の仮面を被って立っていた倉庫に戻るんニャ!!」
右足に突き刺さったナイフを思いきり引き抜くと、ニャーは御守り代わりにいつも持ち歩いている回復ポーションの小さなボトルを取り出して、傷口に半分垂らし残りを飲んだ。
そして、ハンカチを広げて伸ばすと、傷口をきつく縛る。クウの肩を借りて立ち上がった。




