第55話 『テトラ・ナインテール その1』 (▼テトラpart)
――――――クラインベルト王国。王室。
私は、国王陛下に呼びだされていた。凄く緊張して身体は、まるで凍り付いたかのようになっていた。
私は、王国のメイド。メイドの中でもランクがあり、私はそのランクの底辺に位置づけられていた。だから、陛下がそんな私ごときを呼び出された理由が、なんなのかなんて知る由もなかった。
「お……お呼びでしょうか? 国王陛下」
「おお、来たか。待っておったぞ。この者なのか? ゲラルド」
ゲラルド・イーニッヒ様。国王陛下直轄の近衛兵隊長。同じ部屋にいるだけでも、凄まじく恐ろしい威圧感をびりびりと感じる。身体が震えて、気を失いそうになる。――――怖い。
「はっ! 仰せの通りでございます! ――おい! メイド! 貴様、名前を申せ!」
「は……はい。テトラ・ナインテールと申します」
「テトラ・ナインテールと申すのか。ふむ。ふむ。獣人じゃな。…………フワッとした狐色の長い髪に、狐の耳と尻尾が生えておるのう。ゲラルド。して、このメイドが、そうなのか?」
陛下は、優しい声をされていてゲラルド様とは、とても対照的に思えた。でもその私を見る目には、私の存在自体を責めるような何かそういったようなものが感じられた。
「はっ! 獣人の中でも、希少種と呼ばれる存在のひとつ、九尾でございます」
「九尾とな……」
「九尾とは、狐の獣人の中に、極稀に誕生すると言われております、9本の尻尾をもつ獣人でございます。そして、その九尾と呼ばれる獣人が、体内に保有する魔力は――――極大。その力を使いこなせれば、数千人の兵士の戦力に匹敵すると言われております。………………ただこの娘、その一族である事は間違いないと思われますが、尻尾がその…………」
「ふむ。4本しかないのう。九尾なのに」
品定めをされているようだった。私は、これから、どうなってしまうのだろうか? 不安で身体が震えている。国王陛下は、情にあつく慈悲深い方と聞いた事がある。ひどい目にあわされるという事は、ないと信じたい。でも、悪い方へ考えてしまう。
「事は急を要しておる。よし、では早速、訓練室へ移動しよう。テトラとやら、ついて参れ」
――――訓練室⁉
訓練場は、主に兵士を鍛えるところで、訓練室は普段は陛下や王子…………位の高い騎士団長様が使用なされていると聞くけど。一体そこで、何がはじまるの?
訓練室に移動すると、2人の騎士が待っていた。騎士は、頭部を守る為の面を被っており、顔も表情も解らない。それが、不気味に見える。手には、剣。
「では、テトラ。そこに様々な武器があろう? 好きな武器を選ぶがよい」
え? それってどういう?
「聞こえぬのかメイド!! 陛下のおっしゃるとおりにせよ!!」
「は……はい!!!! 直ちに!!」
ゲラルド様に怒鳴られた。雷鳴のように激しく恐ろしい怒号。恐ろしくて、少し…………ほんの少しだけど、漏らしてしまったかもしれない。それくらいに、ゲラルド・イーニッヒ様は、恐ろしい。恐怖と緊張で汗も大量に吹き出す。
でも、早く武器を選ばないと…………また、怒られる…………
色々な武器が並んでいる。焦りながらもその中で、大鎌に目を付けた。これがいい。
「大鎌とな。面白い。…………ゲラルドよ」
「はっ!」
「テトラと申すメイド、あのような武器を、上手く扱う事ができるのかの?」
「どうでしょうな。他のメイドや担当官の話から、棒か槍を選ぶのではないかと、予想はしておりましたが」
「ふむ。まあ、これで解る。では、始めい!!」
唐突な陛下の掛け声。え、うそ? これからいきなり戦うの⁉
まだ私は、大鎌を手に取った所…………訓練室に先に来ていた2人の騎士のうち、一人が剣を構える。この大鎌も、全く安全対策がされていない。まさか、真剣勝負⁉
「でやああああ!!」
剣を構えた騎士が、突進してきた。
「あ……危ないっ!!」
咄嗟に剣をかわす。その避ける動作に合わせて、くるっとコマのように一回転。そのまま流れるように、大鎌の石突の部分を突進してきた騎士の脇腹へ、押し込んだ。
――――《方円撃》!!
そう言う棒術の技だった。
「ぐはあっ!!」
騎士は、胃液を吐いて転がった。怖くて、加減ができなかった。やりすぎてしまったかもしれない。
「おおーー!! やるでは、ないか! テトラとやら。ゲラルドもそう思うであろう?」
「はっ。なかなかやりますな。モニカ様やアテナ様と比べましたら、まあ見劣りはしますが素質はあります」
…………モニカ…………モニカ様。
「ふむ。では、おまえとであれば、どうじゃ? テトラとやらは、ゲラルド・イーニッヒを超えそうか?」
「いえ。それはありません。私が勝ちまする!」
「ほ……ほう。即答じゃな。――――よし! では、次の者。勝負せよ!」
「はっ!! 参ります!!」
もう一人の騎士が剣を抜いて出て来た。
私は、いったいなぜこんな所に連れてこられて、次々と騎士と戦わされているのだろう? どうして?
「チェストーーー!!!!」
今度の騎士は、レイピアを使って攻撃をしかけてきた。
初撃の大きな突きを避けると、今度は連続で突いてきた。だけど急所を狙ってきてはいない。わざとなのか、そうでないのか凄く雑な攻撃。
だけど、次々と繰り出される素早い連射突きは、執拗に足や腕を狙って来る。
ザシュッ!
「痛いっ!!」
大腿部に一突きもらってしまった。メイド服…………スカート部分の一部が赤く染まってきた。
「ふむ。ここまでじゃな。勝負は、ここまでにせよ」
陛下がそう言って、勝負を止めた。その声は私の耳に入っていたが、やらなければやられるといった恐怖で止まれなかった。レイピアで串刺しにされる恐怖。自分の顔が引きつっているのがわかる。
私は、レイピアを構える騎士に向かって行っていた。騎士が驚いた様子でレイピアを突き出してきたが、まるで舞っているかのように、くるりと回転して回避する。その遠心力でメイド服のスカートが、ふわりと跳ね上がる。
そう。この動きは、一人目の騎士を倒した技――――《方円撃》!! 回転して回避する動作を利用して、大鎌の背の部分で騎士の頭部を強打した。
騎士は、大鎌で強打された勢いで、高速でお辞儀するかのうに、地面に激突した。
勝負に勝った。しかし、ゲラルド様は、私のその行為に激高した。
「貴様っっ!! 陛下がなんとおっしゃられた!! 聞いていたのか⁉」
「ひいいいい!! も……申し訳ございません!!」
私は慌てて大鎌を投げ出すと、床に額を擦りつけて許しを請うた。
「陛下は、勝負はここまでとおっしゃられたのだ!! 解るか? 小娘ええ!! 国王陛下の命令は絶対だっ!! なぜ、命令を無視した!!」
「ひいいいいい。申し訳ありません!! 申し訳ございません!!」
恐ろしい!! ゲラルド様の顔を見上げる事ができない。恐怖で漏らしてしまった。床に水溜まりができる。私は、そこで更に潰れた蛙のように床に這い蹲って何度も許しを願った。
「貴様……失禁したのか? 馬鹿な⁉ 陛下の前だぞ? …………もういい! 不愉快だ! 首を刎ねる!!」
ゲラルド様のその言葉に、ようやく顔を見上げた。そして、まるで子犬のように縋って命乞いをしたが、ゲラルド様は鬼の形相で剣を抜いた。
「ひええええ!!!! お許しを!! お許しを!!」
私は、必死に許しを請うて、再びゲラルド様の足元にすがった。冷たい視線。ゲラルド様は、無情にも剣を振った。
――――ガキンッ!!
死んだと思った。死んだと思ったが、まだ私は生きていた。恐る恐る目を開けると、私に振り下ろされた剣は、その途中で陛下の持つ剣に阻まれて、止められていた。
「なっ⁉ 陛下…………?」
「やめよ。いたいけな娘を勝手に殺すでない」
「も……申し訳、ございません!! しかし、この小娘、陛下の命令にも従わず、無礼にも陛下の前で小便を垂れ流すなど……不届きな…………」
「もうよい!! ゲラルド! そなたも、言ったであろう? 国王陛下の命令は絶対だと!」
「は……はっ! 御意にござります!!」
「なら、もうよい。テストは、合格じゃ」
…………テスト?
陛下は、私の近くへきて優しい口調で言った。
「ここは、他のメイドを呼んで掃除させよう。そなたは、とりあえず風呂に入って、着替えるてくるがいい。それから、執務室の方へくるように。それから話をしよう」
私は、再び陛下に深々と頭をさげた。
「ゲラルド!」
「はっ! 陛下」
「メイドに言って、テトラの足の傷も手当してやれ」
「はっ!!」
これから、いったい私はどうなってしまうのだろう…………
気が付くと、緊張と恐怖であれだけ発汗していた汗が、止まっていた。
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〚下記備考欄〛
〇テトラ・ナインテール 種別:獣人
狐の獣人。本作第二章の、もう一人の主人公。クラインベルト王国王宮の下級メイドだが、伝説の狐の獣人、九尾の一族である事からセシル王に呼ばれテストを受ける。これから、彼女に何かが待ち受けている。九尾でありながら、尻尾は4本しかなく伝説の獣人と呼ばれる九尾とは比べ物にならない位に弱い。だが、テトラ自身は棒術や槍術といった長柄武器を巧みに扱う事ができて戦闘力は非常に高い。それに加え、獣人特有の身体能力に恵まれている。栗色の長い髪に、丈の長いロングスカートのメイド服に身を包んだ姿の娘。
〇ゲラルド・イーニッヒ 種別:ヒューム
クラインベルト王国、近衛兵隊長。凄まじい剣の使い手で他の武器も巧みに使いこなす。その強さはクラインベルト王国最強と言われ、常にセシル王の傍に侍っている。威圧感も物凄く、兵士達にも恐れられている。常に厳格で恐ろしい形相をしている事から、ラスラ湖でキャンプをするアテナを連れ戻しに行った時に、アテナでさえもゲラルドを見て大人しく彼に従った。
〇セシル・クラインベルト 種別:ヒューム
クラインベルト王国の国王。アテナやモニカ、ルーニの実の父。王国である事が起きた為、事態をゲラルドに話して戦闘力などに秀でているテトラを呼んでテストをした。
〇訓練場で待っていた二人の騎士 種別:ヒューム
テトラのテストの為に待機していた騎士達。二人目の騎士はレイピアの使い手。レイピアは突き刺す攻撃に特化した武器だが、彼が使用すると目にも止まらないスピードで突いてくる。先に彼と説明したが、鎧と面を装着しており顔も性別すらも解らない。名前もテトラは知らされなかったが、この騎士たちは何者なのだろうか?
〇モニカ・クラインベルト 種別:ヒューム
クラインベルト王国の第一王女。アテナの実の姉で、北方にある国境の城にいるらしく、王都にには暫く帰っていない。文武両道に優れ、剣の腕はアテナを凌駕すると言われている。テトラとも、何か関係が?
〇クラインベルト王国 種別:ロケーション
テトラの現在いる王国。緑が多く豊かな国だが、魔物も比例して多い。
〇レイピア 種別:武器
細身で先端が針のように尖った剣。目や首を狙って払ったりする攻撃をする事もあるが、基本的には刺す攻撃を主にした剣。自分よりも大きく筋肉の盛り上がった相手が大きな武器を振り回していても、一瞬にしてレイピアで首や心臓を素早く一突きにすれば、あっさりと死に至らしめる事も出来る為、兵士達の中でも好んで使う者も多い。だが、魔物と戦う事の多い冒険者は大きな剣を持つため、細身の剣を好まない傾向がある。
〇方円撃 種別:棒術
テトラの見せた棒術。相手の大きな振りに合わせて懐に回転しながらも懐に入り放つカウンター技。遠心力も加え、脇腹(脾臓や肝臓)や鳩尾などの急所を狙う為、威力も凄まじい。テトラが使用すると、テトラのメイド服のロングスカートが技の発動と共にフワッと舞い上がるので、技の見た目も綺麗で芸術的。まさにこういうのを武芸というのだろう。




