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第544話 『トニオ・グラシアーノ その3』



 トニオの話を真剣に聞くクウ。そんなクウにトニオは、まるで誰でも知っている昔話でも聞かせるように穏やかに語った。



「子供ながらに俺は、何人も人を殺した。それまでの俺は、人を殴った事すらなかったのにな。環境が変われば、人も変わるもんだ。それもそのはず、俺をいっぱしの暗殺者として育て上げた男は、『闇夜の群狼』の中でも、最も有名な暗殺者だったそうだ。その時は、その事を知らなかったけれど後で解った。そしてその男のお陰で、俺はアサシンになっても目標(ターゲット)に反撃される事も、しくじって殺される事もなかった」



 じっと話を聞くクウ。シェリーは、渇きものを貪りながら新しい酒瓶に手を伸ばしている。だけど、なんだかんだしっかりと耳は、トニオの方へ傾けている。


 『闇夜の群狼』と言えば、ヨルメニア大陸最大規模の盗賊団の名前。冒険者であるシェリーにとっても、凄く興味深い話なのかもしれない。



「それでな。徐々にそれまでの記憶や人間としての心を失っていく俺の前に、一人の商人が現れた。現れたっていうか、本当の事を言うと組織から殺してこいと言われた次のターゲットが、その商人だったんだけどな」


「……その商人の方は、どうなったのですか?」


「もちろん俺は殺そうした。正しいとか間違いとかいう前に、俺は誘拐されてからそういう風に調教されたから……そうするしかできなかった。なのにその商人は俺を救ってくれてな」


「ど、どうやってですか? 裏切ったらただじゃ済まなかったでしょう?」


「そこは流石商人だったよ。俺を犯罪組織から救いだしてくれた商人は、結構な豪商でな。『闇夜の群狼』が納得する金額を提示し、組織から俺を買い取ってくれたよ。ついでに自分自身がターゲットになっていた事も知っていたので、それも得意の交渉術と金の力で和解したんだ。それで俺は、その俺を救ってくれた恩人に感謝と、商人の力に感動をしてこの道を極めんと商人になったのさ」



 クウを見ると、口が開いたままになっていた。トニオの話はクウにとってかなり衝撃的であり、クウも商人を目指したいと思い始めている今、とても刺激的な話でもあったのだろう。


 クウは石化したようになっていたが、はっと思い出したかのようにトニオに聞いた。



「そ、それでグラシアーノさんはミャオと知り合ったんですか? もしかしてその恩人の方とミャオも知り合いだったとか……」


「ハハハ、予想以上に喰いついてくるね、君は。実はね、俺とミャオが知り合いになったのは……」



 クウは、バーンさんとの事を忘れてしまっている節があるし、このままこの話に盛り上がりすぎても夜になってしまう。そう思ったニャーは、話が一段落した所で強引に割って入った。



「ちょちょ、ちょっと待つニャ! 今日は商談で来ているニャから、昔話はここらへんにして商談を始めるニャ。そうでニャないと、夜になってしまうニャよ」



 やっとその事に気づいたという表情のクウ。それと対照的なトニオ。トニオの方も昔話をクウに聞かせている内に、内心気持ちが盛り上がってきてしまったのかもしれない。



「それならそれでいいんじゃないか? 晩飯も食って帰ればいい。なんなら、ここに泊まっていけばいい」


「それは駄目ニャ。ニャー達は、ブレッドの街で宿をもう借りているし、他に連れがいるんだニャー」


「へえ、どんな連れ? さっきクウが言っていたルンって子かい?」


「他にもいるニャ」



 バーンさんからの頼み事、それもまだ伝えてない。だから取引をさっさと済ませてしまいたかった。だからそのルンや、他の連れが今日はキャンプに行って明日まで帰らない事をあえて話さなかった。


 話せば本当に、ここに泊まる事になるかもしれない。そしたら冒険者ギルドで待っているバーンさんも、今頃は飲み歩いているルシエルやノエルもニャー達の事を、どうなっているんだと心配をする。


 でもトニオは、ニャーを待っている者がいると知ると、なんとなく察してくれたようだった。



「そうか、それなら仕方ない。ミャオとも久しぶりに会うし、クウというかなり見込みのありそうな子も紹介してもらったし、もっと話に花を咲かせたいと思ったんだかな。だが、かなり脱線してしまっているのも事実だ。それじゃ話の続きはまた今度にして、さっさと取引を終わらせるか」



 少し残念そうなクウを横目にニャーは、取引完了する為の証書を出して、テーブルに広げた。トニオも席を立つと部屋を出ていき、そして直ぐに戻ってきた。


 手には、ずっしりと重そうな革袋。それを同じテーブルに置く。



「金貨だ。62枚入っている」


「ニャニャ!! 凄いニャー!! 凄い儲けになったニャーン!!」



 ずっしりとした革袋に飛びつこうとした所で、トニオに額を押された。



「先に言っておくが、これは昨日お前が俺の店に運び込んだ品物全て一括の値段だ。そして支払代金は金貨60枚という事なっている」


「ニャ? そう言えばそうだったニャ。でも袋の中に入っている金貨は60枚。っという事は2枚は?」


「なんだろうな?」



 トニオはそう言ってクウを見て微笑んだ。



「も、もしかしてニャーが可愛いからお小遣いニャ?」


「違うわ!! クウが可愛いから、クウにお小遣いだよ」


「ニャーーンとニャーー!!」


「ええーー! そ、そんな私……」



 ニャーも驚いたけど、クウの驚きも凄かった。トニオは根っからの商人。その商人がいくらクウはニャーの身内って言っても、一従業員に金貨2枚もなんの見返りもないのにあげるなんて……


 トニオはにっこりと笑う。



「遠慮なく受け取れ、クウ。君も商人を目指しているならこの意味が解るだろ? さっきも言ったけど、君には見込みがある。だからこれは、お小遣いではなくて投資だよ」


「え? え? ミャオ、どうしましょう?」


「くれるって言ってるんだから、貰っとけばいいニャー。ちゃんとトニオにお礼を言うニャよ」



 本当にもらってしまっていいのかという思いと、金貨2枚という思いがけない臨時収入に戸惑うクウ。


 トニオに深々と頭を下げてお礼を言って喜んでいるクウの横で、ニャーはバーンさんから頼まれていた要件を話すなら、今が絶好のタイミングだと考えていた。

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