第543話 『トニオ・グラシアーノ その2』
トニオは、魚や芋などの渇きもの――つまり、酒のつまみを持ってくると、ニャーとシェリーに酒を進めた。
ニャーはあまり、お酒の席で取引の話を進めたいと思うタイプではない。だけど相手によっては、酒の場で成立させる商談もあるのだ。トニオは、どちらかというと後者だった。
ニャーはバーンさんから頼まれていた事も含め、取引を円滑に進めたかったので、酒を断る事もなく頂いた。郷に入れば郷に従え。ここは、トニオ・グラシアーノの屋敷――つまりは、トニオのホームグラウンドだ。
トニオはニャーの真ん前のソファーに座ると、前のめりになって言った。
「いやー、曰く付きの商品だと聞いていたけど、なんとまあ思ったよりもいい商品だったよ。流石はエスカルテの街一番の商人、ミャオ・シルバーバインだ」
「そ、そうかニャ? ニャーより凄い商人なんてエスカルテの街には、山程いるニャよ」
「ははは、ご謙遜ご謙遜。俺にとっては、俺に福をもたらしてくれるものこそが偉大なる商人さ。ミャオから取引した商品はな、どれもいいものだ。曰く付きって言っても大した話じゃない。武器は武器、酒は酒、煙草は煙草でバラ売りしちまえばいい。俺にはそれを可能にするコネクションもあるしな」
「そ、そうニャねー。昔のトニオは、なんか今よりももっとギラギラしていたニャ。今は、とても商談を進めやすいニャ」
「そうか? まあ当然今よりも若かったし、商人として成功しようとして必死だったからな。あまり、人に言えない事もしてきた」
トニオのその話に、クウが興味をもったみたいで食い付いた。
「ひ、人に言えない事ってなんでしょうか?」
「ははは。クウは好奇心旺盛だな。そもそも人に言えない事なのだから、それが何か聞いてみた所で言えると思うかい?」
「た、確かにそうですよね。お話し中、割って入ってしまって申し訳ありませんでした」
「こら、トニオ! うちの将来性ありまくりの大切な可愛い従業員を虐めるなニャー!!」
クウの頭をナデナデしながら、トニオに牙を向く。すると、トニオは「ごめんごめん」とクウに謝った。
「まあね、今回はミャオにかなり儲けさせてもらったし、気分もいいから特別にクウには教えてやろう」
「アタシとミャオはいいのかー?」
隣で一人酒を楽しんでいるシェリーが割り込んで言った。トニオは苦笑する。
「ミャオは俺の事を以前から知っているし、シェリー……君はほら護衛で今ここにいるのだろ?」
「モッチャモッチャ……ゴクッゴクッゴク……っぷはー! ああ、まあな」
「それなら聞き流してくれればいいじゃないか。そういう仕事だろ?」
「ああ、そうだな。そうする。別にアタシは冒険者だしな。商人たちの話にそれ程、興味はない」
ほんとにバーンさんは、絶妙な人選をしてくるなと改めて思わされた。シェリー・ステラは、本当に今回のニャー達の護衛にぴったりの護衛である事は、間違いがない。
「実は俺はね、もともとは闇の世界で働いていたんだ」
「……闇の世界?」
「闇夜の群狼って組織を知っているか?」
『闇夜の群狼』……このヨルメニア大陸全土で蔓延る巨大犯罪組織。ルキアやクウ達のカルミア村を襲った盗賊集団。
クウには、以前その者達に襲われて酷い目にあった記憶がある。だからこの話を続けても、少しでもその記憶を思い出してつらい顔をしたら、直ぐに話題を変えようと思った。
だけどクウはトニオの話に興味を持ち、そのまま聞き続けている。
「はい、私の住んでいた村はカルミア村という村ですが、以前その盗賊団に襲われました」
「そうか、そうだったのか。それじゃ、あまり話さない方がいいか?」
「いえ、お話を聞かせて下さい」
「……ふむ、いいだろう。実はな、巨大犯罪組織『闇夜の群狼』にはな、いくつものチームがあってそれぞれに役割が与えられているんだ。俺はまだ小さい時にな、その盗賊団に誘拐された」
「……誘拐。もしかして、グラシアーノさんは誘拐されて奴隷にされたのですか?」
『闇夜の群狼』についてのつらい過去を持つクウ。心配していたけど、トニオにグイグイ聞いている。それに驚いたけど、自分と境遇が似ているから興味を持っているのだろうと思うと納得もできる。
「いや、奴隷にはされていないが……なぜ君は俺に奴隷にされたと?」
「この街に一緒に来ている少女、ルンという女の子がいます。他にも何人かエスカルテの街に私の兄弟同然の友達がいて、今は前を向いて頑張っています。ですが私達は皆、以前にカルミア村という村に住んでいました。それである日、『闇夜の群狼』という盗賊団が村を襲撃してきて沢山の村人を殺め、略奪し私達子供を奴隷にして売り払う為に捕らえました」
クウの話を聞いてトニオは、溜息をつく。そしてクウの肩にポンと手を置いた。
「それは、クウ。それにルンか……皆、大変な思いをしたんだね。でも、今はこうして元気にやっている。それは何よりだと思う」
「私達もそう思っています。今はミャオにもバーンさんにも、凄くよくしてくださっていますし……それで、グラシアーノさんは誘拐されてどうなったんですか?」
「あっ、そうだったね。さっき説明したけど、『闇夜の群狼』はとても大きな組織でね。様々な犯罪に手を染めているが、集団それぞれに役割があった。例えばクウ、君の住んでいた村を襲ったのは、恐らく誘拐を専門にする集団なのだろう。カルミア村と言っていたが、それならあの辺を仕切って人攫いを生業にしていた男はバンパと言う男だ。組織の幹部だ。因みに俺は、暗殺を専門とする集団の中で暗殺者として育てあげられた」
「暗殺……」
「そう、今でこそゆったりと商人をやってはいるけど、以前……まあ子供の時だけどアサシンだったんだよ俺は」
ニャーはもちろん、トニオ・グラシアーノが今話した彼の過去の事は知っている。だけど今回トニオと初めて会って、彼の話に興味を持って耳を傾けているクウは、じっとトニオの目を見つめていた。
そんなクウにトニオは、話の続きを語った。




