第54話 『タユラスの森の集落 その3』
恐ろしく強く、老練なその冒険者は、セルディック達を難無く救出した。
檻のあった洞穴を出ると、武装したコボルト8匹が待ち構えていた。冒険者は、あっという間にそのコボルト達を斬って捨てる。
すると、更に凶悪な魔物が姿を現した。双頭の大犬、オルトロス。なんとこの集落のボスコボルトは、オルトロスを飼っていたのだ。
ガルウウウウウウウ!!
「な……なんて化物だ。もう逃げられはしない……」
時折聞こえた恐ろしい魔物の雄叫びの正体はこの魔物だった。セルディックは、オルトロスのその恐ろしい姿を見て腰が砕けてしまった。
「くそ! ここまでか……」
セルディックがそう思った時、冒険者はオルトロス目掛けて飛び掛かり、両手に持つ剣を振っていた。血が噴き出す。オルトロスの二つの首が一瞬にして斬り飛ばされた。ズシーーンっという大きな音と共にオルトロスは、その場に沈んだ。
セルディックと他のコボルト達は、その信じられない光景に呆然としていた。
――――それから、どれ位か時が経った。
セルディックは、自分を助けてくれた3匹のコボルトの手を握り、精一杯の表現をしてお礼を伝えた。そして自分を救い出してくれた冒険者と共に街へ戻る事にした。
しかし、冒険者は街へ戻るのは明日の朝だと言い、集落のすぐ外にテントを設営し始めた。セルディックは、どういうつもりかその冒険者へ問いただしに行った。
「助けてくれてありがとう」
「ああ。かまわんさ」
「私はセルディック。良ければ命の恩人である、あなたの名前を知りたい」
「ん? そうか。俺はヘリオスだ」
「ヘリオス…………それで、ヘリオス。なぜこんな所でテントを?」
「ん? なぜって、見てわからんか? キャンプをするんだよ、ここでキャンプをな。直に陽も暮れる」
セルディックは、空を見上げた。確かにもう夕方になりつつある。
「ヘリオス。あなたは凄い冒険者だ。Sランクか、それ以上の強さだ。そんな凄い冒険者に会うなんて初めてだよ」
「はっ! 俺は、ただのキャンパーだよ。あんたが今、見ている通りさ。冒険者は、食ってく為にやっているだけだ」
「そうか……キャンパーか……それでテントを持ち歩いていたのか……それはそうと私は街へ戻りたいのだが、あなたは街へ戻らないのか?」
「俺は今日はここでキャンプする。もう決めたんだ。街へ戻りたいなら好きにすればいいさ。だが、もしも街まで俺に護衛して欲しいのなら、大人しく明日まで待て」
ヘリオスは、会話をしながらも焚火をし始め、ザックからフライパンを取り出して肉を焼き始めた。美味そうな肉の焼ける音とにおい。それが辺りに漂い始める。
「あんたも食うかい?」
セルディックは、そう聞かれて自分が唾を呑み込んだのが解った。
「え……ええ。ありがとう。実は、あなたが肉を焼いているのを見ていて、凄く美味しそうだなと思っていた」
セルディックが焼けた肉を受け取り食べると、そばで隠れていたコボル達も肉をもらいに焚火に近寄って来た。ヘリオスは、笑って肉を追加して焼くとコボル達にも分け与えた。そしてヘリオスは、コボルたちがその肉を美味しそうに食べる姿を、嬉しそうに眺めながら煙草を一本取り出して吸い始めた。
「っで、あんたはどうするんだ?」
「はい?」
「明日、街へ帰ったら、コボルト達に襲われた事をギルドへ全部話すか。そして更にこの集落へ冒険者を派遣させて、この肉を美味しそうに食っている奴も含めて、コボルト達を皆殺しにするか?」
セルディックは、この男が何を言いたいのか解らなかった。
「一緒にいた仲間は、皆殺しにされた。最初、一緒になんとか助かった友人も、コボルトの親玉に斧で頭をかち割られた。私を救出に来てくれた冒険者も、何人も死んだ。だから、これ以上また私と同じような被害者を出したくない」
ヘリオスは、口から煙を吐いた。
「そうだな。じゃあ、ギルドへ報告すればいい。あんたには、ここの集落のコボルトを皆殺しにして、焼き払う権利があるからな。だいたいの人間はその話を聞けば、誰でも納得するんじゃねーかな」
「………………」
セルディックは、これまでの怒りと恐怖、そして仲間を失った悲しみを思い出しながらも、必死になって肉を貪るコボル達に目をやった。
「この3匹のコボルトは私を助けてくれた。何度も何度も。自分たちが、あのでかいコボルトに殺されるかもしれないのに、それに顧みず助けてくれた。それには、私も精一杯恩を返したい」
集落に目をやると、生き残ったコボルト達がいる。残ったそのコボルト達は、ヘリオスや他の冒険者が襲撃してきても、ただ逃げ惑う事ばかりしていた者たちだ。敵意はない。セルデイック自身、とんでもなくひどい目にあったがそれは理解していた。
セルディックが肉を食べ終べ終わると、ヘリオスは続けて珈琲を入れてくれた。そしてまた新しい煙草を咥える。
「じゃあどうするんだ? 正直俺は、ここの親玉コボルトとオルトロスの首を持って、ギルドへ行ければあとはなんだっていい。それで、報酬がもらえるからな。ただ、あんたの様子……それを見たからこんな事を言っているんだ」
俯いて考えるセルディック。そして、何かを決意した顔で言った。
「…………それじゃあ申し訳ないが、それでもうここの凶悪なコボルトは討伐完了という事で、ヘリオス――あなたからギルドへ報告してもらえないだろうか?」
「ああ、あんたがそれでいいなら俺はかまわんさ。だが、死んだ者はもう生き返らない。さっきも言ったが、あんたにゃ、ここのコボルトを皆殺しにできる権利があるんだぞ。あとで、あれこれと言われたくないからな。だからもう一度聞いておくが、本当にいいんだな?」
セルディックは、ヘリオスの目をしっかりと見て頷いた。
「たまに、王国からの依頼で盗賊討伐の依頼がギルドに出たりする。悪い人間を退治しろって言ったものだ。だけど、勿論人間にも善人と悪人がいる。コボルトも同じだと思う。私は、ここにいる3匹のコボルトに現実に命を何度も救われた」
ヘリオスは笑った。
「はっはっは。よし、いいだろう。ギルドにはあんたの思う通りに報告する。俺は、金がもらえればそれでいい。しかし……っぷ」
「な……なんだ?」
「いや……すまん。あんたが言ったような事を、俺の弟子も言っていたなって思ってな。あんたと同じくらい、甘いやつだ。おまえけにとてもユニークなやつでな。お転婆姫ってあだ名なんだがな……っぷ。まあいいや」
「お転婆姫……?」
「……それと、あんた商人なら少しは貯えがあるだろ? 今回の件で何人も冒険者が死んでいるんだ。街へ帰ったら、冒険者ギルドへいくらか御礼金を届けておけ。コボルトの親玉とオルトロスの首、そしてそのお礼金があれば、この件はそれできっと終わりになる」
つまり、そうすればこのコボルトの集落は助かるぞとヘリオスは言っていた。
セルディックは頷いた。
翌朝、セルディックは街に帰り、自分を救ってくれた男――――ヘリオスが言った通りにした。そして、家に帰り妻と娘に再会することができた。セルディックは、妻と娘を強く抱きしめた。
それから数日後、コボル達の集落に荷馬車が一台やってきた。コボル達が見に行くと、そこにはセルディックの姿があった。
セルディックは、自分を助けてくれたコボルト達にお礼をしに来たのだ。荷馬車には、集落のコボルト達が喜びそうだと思われるものが山のように積んでいた。
コボルと、ルトはその中でも特に、釣り竿に目を付けた。このタユラスの森には、いくつもの渓流がある。そこで旅人たちがよく釣りをしているので、その姿を見て興味を持っていたのだ。
釣り竿を2匹にプレゼントすると、コボルとルトは顔を見合わせたあと、大はしゃぎして森の中へ出かけて行った。
ボコルには、鍋やらまな板やらをプレゼントした。あのキャンプ好きの冒険者が、あのテントを張ったあと色々な料理をしていたので、それをまじかで興味津々に見ていたボコルは料理に目覚めてしまったのだ。
セルディックは集落の中で、隠れてこちらを覗いて様子を見ている他のコボルト達にも、手招きをした。
――――一方、コボルとルトは釣り竿を片手に、森の中を駆け巡っていた。魚を釣るのに、餌になる虫を吟味し、色々な魚のいるポイントを探して回った。
それから月日は流れた。2匹のコボルト、コボルとルトは釣りをこよなく愛するベテランのフィッシングマスターになっていた。魚を釣れば、集落のコボルト達も喜ぶし、セルディックが取り扱っている商品と色々と交換する事もできる。
そんなある日、コボルとルトは、新しく見つけた釣り場へ向かった。茂みを抜けて、その渓流に飛び出す。するとその場所で、釣りをしているハイエルフと遭遇した。
ハイエルフは遭遇するやいなや、大声で威嚇し始めてナイフを構えた。しかし、そのハイエルフが一方的に襲い掛かってくる気配、殺気のようなものはないと判断したコボルとルトは、一応警戒はしつつも釣りを始めた。
すると、そのハイエルフも一応こちらに警戒はしているという素振りで釣りを始めた。それを見てコボル達は、やっとこれで穏やかな釣りができると思った。
しかしそれは長くは続かなかった。そのハイエルフは釣りが恐ろしく下手くそで、いくら頑張っても魚を釣ることができずコボル達の目前で苦しみはじめたのだ。
どうしていいのか解らない、コボルとルト。
それからそのハイエルフは、何を思ったのか唐突にナイフを放り出して、コボルとルトに必死に何か語りかけながら近づいてきて、信じられない事に二匹が釣りをする姿をすぐ隣で観察し始めた。これには、コボル達も目を疑った。
コボル達は思った。世の中にはなんて変わったエルフがいるのだろうか。
暫くして、何かを学んだ様子のハイエルフは、コボル達に感謝の気持ちとして、干し肉を渡した。そうして何事もなかったかのように、釣りを再開したハイエルフは、見違えたように魚を沢山釣り上げる事ができた。
コボルとルトは、釣り糸を垂らしながらもなんとなく頭上をみあげた。すると温かな木漏れ日が、森の中あちこちに差し込んでいた。
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〚下記備考欄〛
〇ヘリオス・フリート 種別:ヒューム
セルディックを助けた黒いマントを羽織った冒険者。SSランクの伝説級冒険者で、自分の事をキャンパーと呼んでいる。……あれ? 二刀流に自分の事をキャンパーという所、それに何かに首を突っ込むこの性格……誰かににている気がする…………おうん?
〇セルディックの妻 種別:ヒューム
行商や商談でちょくちょく家を離れる夫をいつも心配している妻。とある商人の娘で、セルディックとの馴れ初めはセルディックが妻の父親である商人と商談を進める為に彼の家に訪れた時に知り合って恋におちた。思い切って告白する時、彼は正装で整えて手には花束を持ち、彼の一年分の稼ぎに相当する指輪を買って彼女の住む家の扉を叩いた。
〇セルディックの娘 種別:ヒューム
行商や商談でちょくちょく家を離れる夫をいつも心配している娘。まだ幼いけれど、父セルディックとはいつかその仕事についていってクラインベルト王国のあらゆる街や村、風景を一緒に見て回るという約束をしており、ドキドキとその時を楽しみに待っている。
〇コボル 種別:魔物
セルディックを助けたいと思った心優しき3匹のコボルトのうちの1匹。セルディックの贈り物を受け取り、ルトと共にタユラスの森一番のフィッシングマスターになる。
〇ルト 種別:魔物
セルディックを助けたいと思った心優しき3匹のコボルトのうちの1匹。セルディックの贈り物を受け取り、コボルと共にタユラスの森一番のフィッシングマスターになる。
〇ボコル 種別:魔物
セルディックを助けたいと思った心優しき3匹のコボルトのうちの1匹。ヘリオス・フリートの料理をする姿と、その美味しい料理を食べて料理に目覚める。ここに、世にも珍しい料理好きのコボルトクックが誕生した。
〇お転婆姫 種別:ヒューム
ヘリオス・フリートの弟子。とんでもないお転婆のお姫様。瞳と髪の色は、透き通るような青色で髪型は可愛らしいボブヘアーが特徴の娘。師匠のヘリオスにキャンプや剣術、色々な事を学んだ。ま、まさかお転婆姫って……
〇恐ろしく釣りの下手くそなハイエルフ 種別:ハイエルフ
その正体は、ルシエル・アルディノア。丁度、タユラスの森にアテナやローザと共に釣りを楽しみにキャンプに来ていた。本作16、17、18話の出来事。
〇オルトロス 種別:魔物
とても大きい犬の魔物。二つの頭を持ち、双頭の犬とも呼ばれている。地獄の番犬との異名も持っている程の魔物。同じく地獄の番犬の異名を持つ魔物が他にもいるが、三つの頭を持ちケルベロスと呼ばれている。オルトロスより頭が一つ多いだけに思えるが、その強さは更にオルトロスを凌ぐとされている。
読者 様
当作品を読んで頂きましてありがとうございます。
そして、評価・ブクマ・イイね等をくださいました読者様には、
重ねてお礼を申し上げます。
本当に励みになっております。
さて、当作品ですが1章を完結しまして、外伝を書かせて頂いておりましたが、
この話で終わりとなります。
それで次回からは、2章を書かせて頂きたいなと思っておりますので、
よろしければ引き続きどうぞよろしくお願い致します。
読者の皆様には、少しでも楽しんで頂けるような作品を書いていければいいなと、
頑張って励んで参ります。m(>ω<)m




