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第535話 『ルキアとクロエ その3』



 水の蛇は、私とクロエ、そしてカルビをじっと見つめていた。襲って来る気配は、なぜかないように思える。なぜ?



 グググググ……



「ルキア、もしかして釣り竿の糸……引いている音がするようですけど」


「は、はい。釣竿をそのままにしていたから、魚が釣れているんだと思います」



 大きな水の蛇を警戒しながらも、ゆっくりと釣り竿に手を伸ばす。水の蛇は動かない。だけど私が動いた事には、意識を向けているようだ。


 釣り竿を立てると、青い大きな魚が針にかかっていた。ビチビチと跳ねる、息の良い青い魚。こんな緊迫した状況なのに……ルシエルが見たら、またきっとアテナ魚とか言いそうだなとか思ってしまった。



「ル、ルキア! そこにいますか?」


「い、いますよ! 大丈夫です、絶対クロエを置いて何処かにいったりはしませんから。運命共同体ですよ」



 そう言うとクロエは、また少し笑った。こんな時なのに――どうしてだろう? 最初は怖かったけど少なくともクロエに至っては、私よりも緊張が解れてきている気がする。


 水の身体を持つ大きな蛇は、もちろん迫力があった。だけど目の見えないクロエにとっては、大きくて恐ろしい得体の知れない魔物を目の当たりにしていない分、私よりも実は恐怖心が少ないのかもしれないとも思った。



「ええ、解っています。ルキアとグーレスは、わたしを置いては何処にも行かないって。わたしがもしも、目の前にいるという魔物に食べられるような事があったら、一緒に食べられてくれるって」



 あれ? クロエが笑ったのは、目の前の大きな蛇が見えないからではなかったようだ。


 グオオ……


 私もクロエもビクリとする。水の蛇が初めて唸るような声をあげたからだ。一瞬、またちょっと怖いと思ったけれど、蛇の目線はどうやら今釣り上げた青い魚に向けられているようだ。



「ル、ルキア。今の声……」


「はい。私達の目の前にいる、水の身体を持つ大きな蛇の唸り声です。さっきから襲って来ませんし、もしかしたら敵意はないのかもしれないです」


「じゃあ、その大きな蛇はなぜ唸ったのでしょうか?」



 なぜ唸った? なぜって――それって特に意味なんて無いんじゃ……でもクロエに聞かれてよく観察してみると……



「私の釣り竿……釣れた魚を見てから……今はその魚をじっと見ていますけど、もしかしたらこの魚が気になっているのかもしれないです」


「魚……」



 短く呟くクロエ。すると彼女は、意を決したような表情になり私に言った。



「ルキアが釣り上げた魚ですが、それをわたしに頂けませんか?」


「え? こんな時に!? 別にいいですけど……」


「ありがとうございます」



 するとクロエは手探りで、私の釣りあげた青い魚を探して見つけると、それを両手で掴み上げた。結構大きな魚だったので、痩せてて身体が細いクロエにとってはかなり重いかもしれない。その証拠に、身体が大きくよたついている。


 私はクロエに駆け寄って、釣り上げた大きな青い魚を一緒に持った。



「あ、ありがとうございます、ルキア」



 クロエがブルブルしている。私も力はないけれど、クロエの方がもっと力がなかった。



「そ、それでこれをどうするんですか、クロエ? もしかして、これを持ってアテナのいるキャンプまで逃げるとかですか? それだと、魚を置いて行かないととても無理ですよ」


「ううん、違うんです。そうじゃなくて……大きな蛇、どちらにいますか? その蛇にこの魚を差し上げたいのです。わたし一人の力じゃ無理だから……ルキア、その蛇がいる方向へ一緒に魚を放ってください」



 クロエは、水の蛇が魚を食べたいと言って唸ったのだと思ったようだ。確かに蛇に目をやると、相変わらず襲ってはこずに、じーーっと私とクロエの持っている魚を見ているような気もする。



「解りました! それじゃ、せーーのせっ! っで勢いをつけて、蛇の方へ魚を放りましょう」



 頷くクロエ。かなりの汗。きっとクロエは、物凄く緊張している。


 クロエは目が見えず、ずっと毎日を家にいるという生活を繰り返していると言っていた。それがある日、いきなりアテナに誘われて、街の外に出てキャンプする事になった。そして今は、こんな恐ろしい蛇の魔物に遭遇している。


 もしかしたら、クロエは私達と行動を共にしなければ、こんな怖い思いをしなかったかもしれない。だけど世界は広いし、恐れていては何も始まらない。


 クロエにも、今この瞬間のようにもっと多くを冒険して欲しい。私と同じように――



「それじゃあクロエ、いきますよ! っせーーのせっ!!」


「やあっ!!」



 二人で勢いをつけて魚を泉に放った。水の蛇の目が、魚を追いかけた。


 そして蛇は、私達の投げた青色の大きな魚をパクリと一口で食べてしまった。



「どう? どうなりましたか、ルキア!?」


「は、はい! 食べました! 魚を食べましたよ!」


「ほら、やっぱり魚を食べたかったんだ……」



 刹那、クロエが体勢を崩し、泉に落ちる。大きな蛇のいる泉へ!! 


 バシャーーンッ


 う、嘘!! 大変だ!! このままじゃ、クロエも放った魚と同じく蛇に食べられてしまう。それが頭を過った。



「きゃああっ!!」


「クロエーー!!」



 私とカルビは、クロエを助ける為に泉に飛び込もうとした。でも寸での所で、誰かに腕を握られ止められる。私は、腕を振り払いながらも腕を掴んだ者の顔を見た。



「ルキア、落ち着いて」


「アテナ!!」



 そこにはアテナがいた。アテナとマリンの姿があった。きっと私達の騒ぎを聞きつけて、助けに来てくれたのだろうと察した。だけど、それならなぜ私を止めたの? クロエは泉に落ちてあの大きな蛇に――



「アテナ、マリン!! クロエを助けて下さい!! クロエは、今あの大きな水の蛇のいる泉に落ちてしまって……直ぐ助けないとクロエが食べられちゃう!!」


「落ち着いて、落ち着いてルキア!! 大丈夫だから」


「なぜ落ち着けるんですか!! クロエが目の前で泉に落ちたんですよ!! それにクロエはきっと泳げない! 直ぐに助けないと死んじゃうんですよ!!」



 必死になって二人に迫った。こうしている間にもクロエは、食べられているかもしれないし……そうでなくても溺れているかもしれない。一刻を争う時なのに、アテナらしくないと思った。


 すると、マリンが湖の方を指さして言った。



「あれあれ。よく見てみて」


「え?」



 マリンの指さした先を見ると、そこには大きな水の蛇が変わらずこちらを見つめていた。……いや、違う。蛇の頭の上にクロエが乗っかっていた。


 私は、この信じられない状況に考えが追い付かず、目を擦りもう一度よく見た。すると、やはり蛇の頭の上にクロエが乗っていて、きょろきょろとして戸惑っている様子が見えた。ど、どういうこと?

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