第533話 『ルキアとクロエ その1』 (▼ルキアpart)
朝、ブレッドの街を出発した時よりも、だいぶ霧が晴れてきていた。
霧を見るのは、久しぶりなのでちょっと怖いという気持ちの反面、ドキドキとして楽しんでもいた。そして、コナリーさんに連れてきてもらったこの泉にも霧がかかっていて、まるで夢の世界のようにも思えた。
「大丈夫ですか? クロエちゃん」
「え、ええ。大丈夫です」
私の手にも、クロエちゃんの手にもコナリーさんから借りた釣り竿が握られている。もちろん釣り道具も、持っていた。
カルビは、目の見えないクロエちゃんが泉に落水したり木にぶつかったりしないように、上手に誘導している。クロエちゃん自身も、そういう生活が長いからか、初めてくる場所にもかかわらず、ちゃんと一緒についてくる。
釣り竿と釣り道具を一緒に同じ手に持ち、もう一方の手を正面に突き出して、探りながらも歩いている。
カルビの誘導と、自分の感覚を頼りに彼女はそれをやってのけていた。私はクロエちゃんの事を、心から凄いと思った。もっとクロエちゃんとお友達になりたい。
クロエちゃんが突き出した手に、優しく触れる。彼女は、ビクッとして驚いた。
「ご、ごめんなさい、クロエちゃん。もし、良かったら私と手を繋いでもらえませんか」
「え? ええ。いいですよ。でもわたし……グーレスに縄で引っ張られて、同時にルキアさんにも手を繋いで引っ張ってもらってって……ちょっと滑稽ではありませんか?」
ニコリと笑うクロエちゃん。目は相変わらず虚ろに見えるし、視線は私を捉えてはいない。だけど、クロエちゃんの心はちゃんと私の方を向いてくれているというのはしっかりと感じた。
「アハハ、大丈夫です。ここには、どうせ私達しかいません。……そ、それとですね。私……クロエちゃんに折り入ってお願いしたい事があるんですが……聞いてもらえるでしょうか?」
「え、え? な、なんでしょう? 頼みと言われても、わたしあまりお金も持っていないですし、目もこの通りですから……何かを頼まれても、それができるかどうか自信がないです」
「違うんです!! そういうのとは違うんです!! ……ど、どうかこの私とお友達になってくれませんか?」
「え? ルキアちゃんとですか?」
「……は、はい。クロエちゃん、私と同じくらいの歳に見えるから……それに気も合うと思って……」
「で、でもこんなわたしとお友達になっても……」
「クロエちゃんはどう思っていますか? 私とお友達になってくれますか?」
お友達になって欲しい。ただお友達になれば、この先も一緒にお喋りしてり、こうやってキャンプにも誘える。でもクロエちゃんは、私の申し出に躊躇している風に見えた。なぜだろう。でも暫くてクロエちゃんは、ちょっと頬を赤くすると頷いてくれた。
「……こ、こんなわたしでも良ければ……わたしの方こそ、是非ルキアさんとお友達になりたいです」
「やった! ありがとうございます! クロエちゃん!!」
両手でクロエちゃんの手を握りしめたかったけれど、今は釣り竿と釣り道具を持っていたので、片手だけで我慢をした。
それから、また魚が沢山潜んでいそうな場所を探して、二人で仲良く泉に沿って歩いた。手は繋いだまま。カルビもヒタヒタと歩いて、先導してくれて私達の行く先の安全を確かめてくれている。
「あの……」
「はい」
「これで私とクロエちゃんは、正式にお友達ですよね」
「ええ、そうです……ね」
また顔を赤らめるクロエちゃん。私は、勇気を出して言ってみた。
「じゃ、じゃあ私の事をルキアって言ってもらいたいです。そ、それで……クロエちゃんの事は、クロエって呼んでもいいですか?」
「え!? ええ。もちろんいいですよ……ルキア」
「ありがとう、嬉しいです。クロエ」
ドワーフの王国でもドゥエルガルの友達が沢山できたけど、ブレッドの街でもまた素敵な友達ができた。
アテナと出会い冒険者になってから、沢山の出会いがあったけど、その一つ一つがとても素敵なもの。大事にしたい。
ワウッ!
急にカルビが吠えた。クロエは、何かあったのかとはっとする。私は説明した。
「大丈夫ですよ、クロエ。どうやらカルビは、私達が泉の端にまで来てしまった事を教えてくれたみたいです。辺りは霧に包まれていて、視界が悪いですから」
「でも、何か水が流れる音が聞こえる……」
クロエの言葉に辺りを見回す。あれは――
クロエの手を引いて、進む。するとそこには、川が見えた。川の水が流れてきて、泉に流れ込んできている場所。しかもそこは、小さな滝のようになっていて、水が流れ込んでいる辺りの水は、色が暗い緑に見えた。きっと深い場所になっているんだ。
カルミア村でも、リアやクウ達と一緒に近くの川で泳いだり、水浴びしたりもしていたのでそれが解る。
そしてこういう場所には、大抵魚が潜んでいたりする。




