第532話 『泉で釣りを楽しもう その2』
ルンの身体がどんどん沈んでいく。私は、真っ直ぐに彼女の方へ泳いで行く。もう、まったくこの子は――
(ん? あれは?)
泉の中。水底の方に、ひときわ大きな魚を見つけた。なるほど、あれがこの泉の主ってとこかしら。他にも色とりどり、沢山の魚が水中を泳いでいた。この泉には豊富に魚はいる。
ルンの手を掴むと、直ぐに抱き寄せてそのまま水面を目指した。
ザバアアッ
「ぷはああっ!」
「こら、ぷはああ! じゃあないでしょ!」
「ごめんなさーい!」
「っもう、本当に。気を付けないと駄目だよ、ルン!」
そう言って、ルンのお餅のように柔らかな頬っぺたを軽く抓った。
ルンを抱きかかえたまま岸の方へ泳いで行くと、コナリーさんが血相を変えて手を差し出してきてくれたので、先にルンを預けて私は自分で這い上がった。
「だ、大丈夫かね! この泉は結構深さがあるからね、気を付けないと危ないよ」
「はい、すいません。気を付けます。……ってこら、ルンも謝りなさい!」
「ごめんなさーい!」
そう言いながらもルンは、転がった時に放り出した釣竿を取りに行った。私は溜息をつくと、ルンの手を引っ張って、テントと焚火のある方へ一度戻った。そしてビショビショになった服を着替え、濡れた私とルンの服を、焚火の近くの木にかけて干した。ふう……まったくもう、ルンは。
「ねえ、釣りしよ! 釣り! 早く早く、アテナ行こうよ」
もしもこの泉にルンだけが来ていたら、あのまま溺死していたかもしれないというのに……何処からあの子の元気はやってくるのだろうかと思ってしまう。
「じゃあ、今行くからちょっと待って。それと今度は走らないでね、ルン。もう、危険だって解ったでしょ!」
「はーーーい」
私とルンは再び、泉の畔に近づいた。そして、今度こそ釣りをする。さっき泉に落ちた時には、水中で沢山の魚を見たし、主だと思える大物もいた。つまり、釣りの仕掛けがしっかりとしていて、私達にそれに伴う腕があれば魚を釣り上げる条件は揃っている。
ルンに釣竿を握らせると、湖の方を向いて指をさした。
「あそこがいい。ルン、あそこを狙ってキャスティングしてみて」
「キャスティング?」
「えっと、仕掛けをあそこ……さっき泡がブクブクーって浮いてきた所を狙って投げてみて。魚釣りは、テクニックや忍耐力以外にも、観察力や作戦なんかも大切なんだよ」
「ふーーん、奥が深いね! それじゃ、投げてみるよ!」
ルンは思いきって釣り竿を振った。糸。釣針。
「きゃあっ!!」
次の瞬間、私のスカートがめくれあがった。ルンの投げた釣りの仕掛けの針が、私のスカートに引っかかったのだ。私のパンツを見たルンは、ゲーラゲラ笑い転げている。こんなお約束を……
ちらっとコナリーさんの方を振り返ると、幸い気づかれていなかった。良かった、お見苦しいものを見せつけてしまわなくて……
「こら! ルン!! もう!!」
「あっはっはっは! アテナ、きゃあって言った! アテナ、きゃあって言うんだ! あははは!」
「ちょ、ちょっと、もういいから釣竿を倒して! じゃないと、ずっとスカートがめくれあがっちゃってるでしょ!」
ルンを追いかけ回す。そしてようやく捕まえて釣竿を取り上げると、スカートから釣針を外した。もう、ほんとに!!
久しぶりの釣りでワクワクしていたのに、なかなか始める事ができない! そんな私の気もしらないで、笑い転げているルン! 腹が立ったので、ルンを押さえつけて思いっきりくすぐってやった。それで、ようやくルンは、自分のやった事を後悔して謝った。
フフフ。でも、ルンのはしゃいでいる姿と笑顔は、見ていて癒されると思った。
「ちょっと、いいかい?」
コナリーさんがまた話しかけてきてくれた。どうしたんだろ? 魚釣りをすると言ってなかなかする気配が無いから、いい加減にして食糧調達に真剣に取り組んでくれとか言われるのかな?
「はい?」
「釣り道具を持ってきているし、その辺にいい感じの木の枝があったんでな。試しに作ってみたんだ」
短い手作りの釣竿? そう言ってコナリーさんは、その釣竿をルンに手渡す。そして糸の先に結んである餌を指さして言った。
「この仕掛けはね、針を使わないんだ。餌は、干し肉。これで、岩の影や岸の側面を狙って獲物を探してごらん」
「え? でも、針がないと釣れないよ」
「それがね、不思議な事にこの仕掛けでも釣り上げられる獲物がいるんだよ。ルンちゃんなら、きっと釣り上げられるから挑戦してごらん」
「そうなんだ、面白いね! うん、解った! ありがとうコナリーさん!」
今度はちゃんと、コナリーさんの顔を見てお礼が言えたね。ルンは、もうそれで何が釣れるのかとにっこにこ。コナリーさんから借りた釣竿は、市販のもので大人用だったから、ルンが使うには使いづらそうでちょっと危ないかなって思っていた。
でも、流石コナリーさんだなって思った。ルンの事は、私の方が良く知っているはずなのに、コナリーさんはちゃんと皆の事を見守ってくれているのだと思った。
「よーーし、それじゃ今度こそ、ちゃんと釣りを再開しよう! 今度は、私もルンもそれぞれ釣竿があるしね」
「うん! 狙う獲物もきっと別々! ルン、このコナリーさんのお手製の竿で何が釣れるか楽しみ!」
「岩の影とか、岸の側面とかって言ってたね。そこへゆっくりと糸を垂らして探ってみよう」
「うん、解った。ルン、探ってみるよ!」
ルンが仕掛けをポチャンと泉に投げたのを見て、私も釣竿を振って仕掛けを投げた。そして、暫くするとビクビクっと感触がして引き上げると魚がかかっていた。
「やった!! やったよ、ルン!!」
久しぶりの感覚に興奮しながらルンの方を見ると、ルンも何かを釣り上げていた。よく見ると、それは15センチ位の海老。私の釣竿にも、ビリリと振動。
同時に獲物を釣り上げた私とルンは、もう大はしゃぎだった。




